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研究ハイライト

有機化学と合成生物学を駆使して植物ホルモンの作用をハイジャック ~化学の力でダーウィンの見つけた植物の運動の謎に迫る~

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の鳥居 啓子教授、萩原 伸也准教授、打田 直行特任准教授、高橋 宏二助教らの研究グループは、植物の主要ホルモンであるオーキシンによる生理現象の自在操作を可能とする人工ホルモンと受容体の創出に世界で初めて成功しました。オーキシンは、植物の光屈性や重力屈性、根・茎・花の形成、イチゴやトマトを含む作物果実の成熟など重要なプロセスを制御しています。しかしながら、特定のオーキシン作用だけを自在に操作制御することは不可能でした。

オーキシンは受容体というタンパク質に結合することで生理応答を引き起こします。今回、研究グループは、bump-and-hole法(凸凹法)という分子設計技術を用いて、天然のオーキシン受容体には結合できない合成オーキシン類縁化合物(凸オーキシン)および凸オーキシンのみに結合する改変受容体(凹受容体)を創出しました。さらに、この人工ホルモン・受容体ペアを用いて、進化論で有名なダーウィンが、今から130年以上前にオーキシンの存在を予言するきっかけとなった植物の伸長生長について、その仕組みの一端を明らかとしました。今回、創出に成功した凸オーキシンは、自然界の植物には作用をおよぼさないと考えられるため、凹受容体と組み合わせることで、特定の栽培植物の組織・器官に的を絞った成長促進剤や、生態系を撹乱しない除草剤としての利用が期待されます。

 この研究成果は、平成30年1月23日付(日本時間)英国科学雑誌Nature Chemical Biology電子版に掲載されました。 

 

【ポイント】

■    bump-and-hole法(凸凹法)という分子設計技術を用いて、天然のオーキシン受容体には結合できない凸オーキシンおよび凸オーキシンのみに結合する凹受容体を創出しました。

■    凹受容体は植物の特定の部位に自在に導入できます。凹受容体によって認識された凸オーキシンは天然のオーキシン同様に多彩な生理作用を誘起できますが、改変凹受容体を持たない自然界の植物には作用しません。

■    凸オーキシンと凹受容体のシステムを利用することにより、オーキシンによる植物の素早い伸長(酸生長)を引き起こす仕組みを明らかにしました。

■    凹受容体を作物に導入することにより、自然界の植物生態系を撹乱せずに、特定の栽培植物の組織・器官に的を絞った成長促進剤や、逆に除草剤としての利用が期待されます。

NCB_Fig.1_JP.png図1:凹凸法による人工オーキシン•受容体ペアを用いたオーキシン作用の操作制御 (Nature Chemical Biologyより)

研究の内容:

  【研究背景と内容】

ヒマワリが太陽を追いかけることや、植物の根は下に向かって伸びて行くことは、誰でも見たり聞いたりした経験があるのではないでしょうか。これらは光屈性や重力屈性と呼ばれ、どちらも植物ホルモン・オーキシンによって根や茎が不均等に伸長することにより起こります。さらに、オーキシンは側根(根の枝分かれ)、維管束(水や養分の通り道)、花芽の形成やイチゴやトマトなど重要作物の果実の成熟を引き起こします。天然オーキシンはインドール酢酸(IAA)という単純な構造の低分子化合物です。それがどのようにしてこれら多彩な作用を植物に及ぼすのか、植物科学の大きな問題でした。しかしながら、特定のオーキシン作用だけを自在に操作制御することは大変難しく、学術的研究や花卉・農作物への応用に大きなハードルとなっていました。

オーキシンは受容体というタンパク質に結合することで生理応答を引き起こします。今回、研究グループは、bump-and-hole法(凸凹法)という分子設計技術を用いて、天然のオーキシン受容体には結合しないオーキシン類縁化合物(凸オーキシン)および凸オーキシンのみに結合する改変受容体を創出しました(図1)。ここで研究グループが着目したのは、米国ワシントン大学の別グループによって2007年に発表された天然オーキシンIAAとその受容体であるTIR1受容体タンパク質との結合の様子です(Tan et al. 2007)(図2左)。私たちの研究グループは、まず、受容体のポケット部分のアミノ酸(フェニルアラニン)から芳香環を除くと(くぼみができるので、凹受容体と命名)、オーキシン結合能が失われることを確認しました。次に、逆転の発想で、受容体のポケットから取り除いた芳香環をオーキシンそのものに結合した類縁化合物(5-aryl-IAA)を合成しました(図2右)。この合成設計した5-aryl-IAA(IAAにでっぱりができたので、凸オーキシンと命名)は、天然のオーキシン受容体には結合できませんが、改変TIR1受容体(凹受容体)には強く結合しました(図2)。

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図2:オーキシンと受容体の結合の様子(左)と設計した凸オーキシンと凹受容体の結合の様子(右)

 次に、研究グループは、この凹受容体を導入したシロイヌナズナを作出し、凸オーキシンを与えた際の効果を調べました。オーキシンは、側根の形成を誘導する作用があることが知られています。通常のシロイヌナズナの根はオーキシン(IAA)に反応して多数の側根をつけましたが、凸オーキシンには全く反応しませんでした(図3)。一方、凹受容体が導入されたシロイヌナズナの根は凸オーキシンに反応を示し、天然オーキシンの作用と同様に多数の側根をつくりました(図3)。すなわち、凹受容体を任意の植物に導入し凸オーキシンを与えることで、ホルモンの働きの自在なコントロールが可能となる新しい技術が開発できました。

 NCB_Fig.3_JP.png図3:人工オーキシン•受容体ペアを用いた生理応答の操作の例 (Nature Chemical Biologyより)

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図4 人工オーキシン•受容体ペアを用いてダーウィンの見つけた植物の素早い伸長を解明

 さらに、研究グループは、この人工ホルモン・受容体ペアを用いて、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンが、今から130年以上前にオーキシンの存在を予言するきっかけとなった植物の素早い伸長生長について、その仕組みの一端を明らかとしました。オーキシンは、光屈性や重力屈性、暗所で発芽した芽生えが日光にあたるため急激に伸びる現象(酸成長)で重要な働きをします。その際にオーキシンが作用する受容体候補は、TIR1受容体以外にもいくつか提唱されていましたが、決め手に欠けていました。そこで、研究グループは、改変TIR1受容体(凹受容体)を導入したシロイヌナズナで作った暗所芽生え(もやし)を用いることにより、凸オーキシン処理後に10~20分という短い時間で天然オーキシン同様に芽生えの伸長が引き起こされることを示しました。この実験により、TIR1受容体が酸成長を担っていることが証明されました。

 【今後の応用展開

 現在、オーキシンは化学合成され農薬や成長促進剤として広く花卉・農作物に利用されています。しかしながら、これら合成オーキシンは植物個体の様々な部位に作用してしまうため、生長の撹乱物質にもなります。この悪影響を防ぐために、使用にあたっては目的外の部位にはかからないように細心の注意が必要で、これが作業の大きな手間になっていました。今回、創出に成功した凸オーキシンは、自然界の植物には作用をおよぼさないと考えられるため、凹受容体を目的の部位にだけ導入する技術と組み合わせることで、特定の栽培植物の狙った組織器官だけに作用する成長促進剤や、環境を撹乱しない除草剤としての利用が期待されます。

 また、将来的には、今回の凹凸法をオーキシン以外の植物ホルモンに展開し、ヒト培養細胞などの基礎医学研究において着目されているオーキシンを用いた特定タンパク質の分解除去法のさらなる発展など、基礎医学研究への活用も期待されます。

論文情報:

This article "Chemical hijacking of auxin signaling with an engineered auxin-TIR1 pair" by Naoyuki Uchida, Koji Takahashi, Rie Iwasaki, Ryotaro Yamada, Masahiko Yoshimura, Takaho A Endo, Seisuke Kimura, Hua Zhang, Mika Nomoto, Yasuomi Tada, Toshinori Kinoshita, Kenichiro Itami, Shinya Hagihara & Keiko U Torii is published online in Nature Chemical Biology

DOI: 10.1038/nchembio.2555

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/20180123_Torii_Auxin_JP_PressRelease_ITbM.png

Team_Auxin.jpg

左から:打田 直行特任准教授鳥居 啓子 教授、萩原 伸也 准教授、高橋 宏二助教

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