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研究ハイライト

有機合成の主役級分子の新反応 ~ 複雑な有機分子の合成を可能にする新しい炭素-炭素結合形成反応

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)/大学院工学研究科の大井貴史教授、大松亨介特任准教授、中島翼大学院生、佐藤真研究員(当時)らは、合成化学で50年以上に渡り研究され、汎用されてきたシリルエノールエーテルと呼ばれる分子の新しい化学反応を実現しました。本研究の鍵は、名古屋大学が誇る青色発光ダイオード(LED)と2つの適切な触媒の組み合わせです。これにより、シリルエノールエーテルの最も反応しやすい炭素ではなく、本来は反応しない炭素上で、新たな結合をつくることに成功しました。今回開発した反応を利用することで、天然物や医薬品に見られる複雑な有機分子の合成や、新薬候補化合物の新しい誘導体探索を迅速に行うことが可能になります。

本研究成果は、2019年6月20日付け(日本時間18時)英国の科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

【ポイント】

・合成化学で50年以上研究・汎用されてきた分子の新反応を実現

・可視光(青色LED)と2種類の分子触媒を組み合わせた新しい技術を開発

・医薬品に代表される複雑な有機分子の迅速な合成に貢献

【研究背景と内容】

シリルエノールエーテルと呼ばれる分子があります。ケイ素原子(Si)と酸素原子(O)、炭素原子(C)がSi-O-C=C(=は二重結合、-は単結合)と配列した分子の総称であり、今から50年以上前に開発されました。1973年に故・向山光昭先生(当時東京工業大学)が、シリルエノールエーテルを用いた化学反応(現在では向山反応と呼ばれ、世界中の合成化学者が利用している)を発表したのを契機に、その有用性に関する理解が進み、天然物や医薬品の合成に幅広く利用されてきました。様々な有機分子の合成に欠かすことのできない主役級分子として、現在に至るまで合成化学の発展を牽引してきた分子のひとつであると言えます。

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シリルエノールエーテルは、Si-O-C=C配列の右側の炭素原子上で(青色でハイライト)、様々な分子と結合をつくる反応を起こし、カルボニル化合物1と呼ばれる有用な物質を与えます。しかも、反応性が高い上、望ましくない副反応をほとんど起こさない(化学選択性が高い)という利点があります。カルボニル化合物は、アミノ酸やタンパク質といった我々にとって身近な分子や医薬品などにも含まれており、その合成技術の向上は創薬をはじめとする諸分野の進展を支える重要な成果となります。

反応性と化学選択性に優れているシリルエノールエーテルは、天然物に見られるような非常に複雑なカルボニル化合物の合成や化学変換にも応用できますが、そのために必要となる複雑な構造のシリルエノールエーテルを合成すること自体が困難であるという本質的な問題がありました。そこで、大井教授らは、単純なシリルエノールエーテルを、複雑な構造をもつシリルエノールエーテルへ直接変換することができれば、多種多様なカルボニル化合物を合成するための全く新しく、しかも、強力な手法になると考えました。

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 大井教授らは、光レドックス触媒反応注2)と呼ばれる光エネルギーを化学反応のエネルギーへと変換する技術を用いることで、今回の新反応を開発することに成功しました。本手法では、赤﨑勇名古屋大学特別教授・終身教授、天野浩教授のノーベル賞受賞対象研究になった青色LEDをエネルギー源として用います。可視光の利用には、高エネルギーの紫外線を必要とせず温和な条件で反応を行うことができるという利点があります。大井教授らは、青色LEDの照射下で適切な光レドックス触媒と塩基触媒を同時に用いることにより、シリルエノールエーテルのアリル位注3)と呼ばれる位置の炭素-水素結合が開裂し、ラジカル注4)という反応性の高い化学種が発生することを発見しました。このラジカルを起点に新たな炭素-炭素結合をつくることで、複雑な構造をもつシリルエノールエーテルへの変換を実現しました。本手法で得られる生成物は、従来のシリルエノールエーテルとしての性質を残したままであり、天然物に見られる複雑かつ多様なカルボニル化合物へと容易に変換できることを実証しました。また、エストロン(ステロイドホルモンの1種で、複雑な構造のカルボニル化合物)の新規誘導体の合成にも成功しています。

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【成果の意義】

今回、大井教授らは50年以上研究がなされてきたシリルエノールエーテルをアップグレードするような、新しい反応を実現しました。研究グループが開発した手法と、長年培われてきた従来の反応を組み合わせることで、今後、医薬品や天然物の迅速な合成を可能にする新たな合成ルートの開拓が期待されます。

この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST (JPMJCR13L2:13418441)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)(JP17H06446)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】

1)カルボニル化合物:炭素原子(C)、酸素原子(O)がC=Oと配列する部位をカルボニル基と呼び、カルボニル基をもつ分子をカルボニル化合物と呼ぶ。

2)光レドックス触媒反応:光照射を行うと反応剤との電子の授受が可能になる分子(光レドックス触媒)により触媒される反応。近年では、可視光を光エネルギー源としたクリーンな反応が主流。

3)アリル位:炭素-炭素二重結合に隣接する炭素の位置(C=C-C配列の緑色ハイライト)をアリル位と呼ぶ。二重結合の作用により特徴的な性質を示す。

注4)ラジカル:通常、分子を構成する電子は2つずつ対になって存在しているが(この状態が安定、全体として偶数の電子)、特定の条件下では不対電子(1つの電子、全体として奇数の電子)で存在する場合がある。この状態にある分子をラジカルと呼び、一般にラジカルは不安定であり反応性の高いものが多い。

論文情報:

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Direct Allylic C-H Alkylation of Enol Silyl Ethers Enabled by Photoredox-Brønsted Base Hybrid Catalysis

著者:大松亨介(名古屋大学特任准教授)、中島翼(名古屋大学大学院生)、佐藤真(名古屋大学研究員(当時))、大井貴史(名古屋大学教授)        

DOI: 10.1038/s41467-019-10641-y

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/20190620_Ooi_press_1.png

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左から:大井貴史教授、 大松亨介特任准教授

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