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研究ハイライト

植物は自分のおかれた環境を細胞レベルで記憶する 〜植物細胞における記憶の仕組みの解明に道筋〜

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下俊則教授、大学院理学研究科の青木沙也大学院生(当時)、藤茂雄研究員(現・明治大学農学部助教)、WPI-ITbMの中道範人特任准教授、大学院理学研究科の林優紀研究員、横浜市立大学木原生物学研究所の辻寛之准教授らの研究チームは、植物の気孔が日の長さを記憶し、それに応じて気孔の開き具合を調節していることを発見しました。

 気孔は一対の孔辺細胞により構成される植物の表皮にある穴で、太陽光に応答して開き、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みや、水と酸素の放出など、植物体の通気口として働いています。これまでの研究により、日の長さに依存して花芽形成を誘導する因子(光周性因子)が、孔辺細胞において光による気孔開口を促進する働きを持つことが明らかとなっていました。今回研究チームは、日の短い環境で育てた植物よりも、日の長い環境で育てた植物では、光周性因子の働きにより、気孔が大きく開くこと、さらに興味深いことに、日の長い環境から日の短い環境に植物を移動しても、少なくとも1週間は気孔が大きく開く効果が持続することを発見しました。さらなる解析の結果、遺伝子の発現制御に重要な働きをもつタンパク質であるヒストンの修飾状態が日の長さと関連していることがわかりました。

 今回の発見は、植物の光合成や成長に重要な働きをする気孔が、環境情報を細胞レベルで記憶していることを示すものであり、その仕組みの解明に繋がる分子メカニズムが明らかとなってきました。

 本研究成果は、英国際誌Scientific Reports において2019年7月22日19時(日本時間)に公開されました。

【研究の背景と内容】

 植物の表皮には気孔が数多く存在し、植物はこの孔を通して光合成に必要な二酸化炭素を取り込み、また、水蒸気や酸素の放出など、大気とのガス交換を行っています。一つの気孔は一対の孔辺細胞により構成されており、太陽光に応答して開口します。また、真っ暗な状況や乾燥ストレスに応答して作られる植物ホルモン・アブシシン酸注1)により閉鎖します(図1)。孔辺細胞に光が当たると、細胞内のシグナル伝達を経て、細胞膜プロトンポンプ注2)が活性化され、その後、孔辺細胞内にカリウムイオンが取り込まれることで最終的に気孔が開口します(図2)。これまでのモデル植物シロイヌナズナ注3)を用いた研究により、光周性花成誘導に関わる因子(花成ホルモンFTや転写因子SOC1など)注4)が重要な役割を果たすことが明らかとなり、日長が気孔開度に影響することが示されていましたが、その詳細は明らかになっていませんでした。

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1 気孔の開閉とその働き

気孔は青色光や赤色光によって開口し、暗処理や乾燥ストレスにより生合成される植物ホルモン・アブシシン酸(ABA)により閉鎖します。気孔は、光合成に必要な二酸化炭素の唯一の取り込み口として働きます。

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2 光による気孔開口

 青色光は、青色光受容体フォトトロピンに受容され、細胞膜プロトンポンプを活性化し、カリウムイオン(K+)取り込みを誘導します。これにより、浸透圧が上昇し、水が取り込まれ、孔辺細胞の体積が増加することで気孔が開口します。赤色光は、葉肉細胞や孔辺細胞の葉緑体における光合成を介して細胞膜プロトンポンプを活性化し、気孔開口を誘導します。

 本研究では、日長の異なる生育条件で育てたシロイヌナズナの気孔開度と気孔コンダクタンス注5)の測定を行なったところ、日の短い環境(花芽形成を行わず、栄養成長を行う短日条件:8時間明期16時間暗期)と比べ、日の長い環境(花芽形成を行い、生殖成長を行う長日条件:16時間明期8時間暗期)では、光による気孔開口と気孔コンダクタンス上昇がともに明らかに増加していることがわかりました(図3)。一方で、花成ホルモンFT注4)の変異体では、長日条件に応答した気孔開口と気孔コンダクタンス上昇は見られず、この応答が花成ホルモンFTにより仲介されていることがわかりました。次に、どのような遺伝子が変動しているのか、短日および長日条件で生育した植物から単離・精製した孔辺細胞プロトプラスト注6)を用いて発現する遺伝子の解析を行ったところ、すでに気孔開口への関与が報告されている光周性花成誘導に関わる花成ホルモンFTや転写因子SOC1注4)など、いくつかの遺伝子が2倍以上に増加していることがわかりました(図3)。また、長日条件に依存したSOC1の増加は、花成ホルモンFTの変異体では見られませんでした。以上の結果から、SOC1FTを介して、長日条件に依存した気孔開口促進に関わっている可能性が示唆されました。また、詳細な発現解析の結果、気孔開口のエンジンとして働く細胞膜プロトンポンプの一つであるAHA5の発現が増加していることを見出し、長日条件に依存した気孔開口促進は、部分的には細胞膜プロトンポンプの増加により引き起こされている可能性が示されました。

 さらに、このような長日条件に依存した気孔開口促進が、植物を短日条件に戻した場合でも維持されているかどうかを調べるために、長日条件で育てた植物を短日条件に移し、1週間後に気孔開度を調べたところ、短日条件に移した後も、少なくとも1週間は気孔の開口促進が維持されていることを発見しました(図3)。これと一致して、SOC1の発現も短日条件に移した後も少なくとも1週間は高いレベルで維持されていました。一方で、SOC1の発現を誘導するFTの発現は、短日条件に移した後1週間では発現が低下していました。以上の結果から、植物の孔辺細胞は、少なくとも1週間はFTに依存せずに、気孔開口促進とSOC1の発現上昇を維持する記憶システムを持っていることが明らかとなりました(図3)。

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3 日長に応じた気孔の開きと孔辺細胞における遺伝子発現

 長日条件(16時間明期)で育てた植物は、短日条件(8時間明期)で育てた植物に比べて気孔が開きやすくなっており、このとき孔辺細胞内ではFT遺伝子やSOC1遺伝子の発現が高まっていた。長日条件で誘導された気孔開口促進は、短日条件に移してから1週間経っても維持されており、FTの発現は低下していたが、SOC1の発現は維持されていた。

この記憶システムのメカニズムを探るために、遺伝子発現に重要な役割を果たすことが知られているヒストンのメチル化とアセチル化の状態注7)を調べたところ、SOC1遺伝子周辺では、FT依存的にヒストンのメチル化が引き起こされていることが明らかとなり、ヒストンのメチル化(ヒストンH3K4)が孔辺細胞の記憶を担うメカニズムの一つである可能性が示唆されました(図4)。

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4 気孔孔辺細胞における日長の記憶

 短日条件と比較すると長日条件では、光による気孔開口が増加する。孔辺細胞においても長日条件では光周性花成誘導にかかわるFT遺伝子の発現が上昇する。すると、転写因子SOC1遺伝子の発現が誘導され、同時に、FT依存的にSOC1遺伝子近傍のヒストンH3K4のトリメチル化が引き起こされる。さらに、長日から短日に移し、1週間は気孔の開口促進が維持され、その際、FTの発現は減少したのに対して、SOC1の発現は高いレベルで維持される。植物の孔辺細胞は、少なくとも1週間は、FTに依存した気孔開口促進とSOC1の発現上昇を維持する記憶システムを持っていることが明らかとなり、ヒストンH3K4のトリメチル化が記憶のメカニズムである可能性が示唆された。

【まとめ】

 本研究では、植物が育っている日の長さが、気孔開度に影響を及ぼしており、シロイヌナズナの場合、栄養成長を行う短日条件よりも、花芽誘導を行う生殖成長を行う長日条件において光による気孔開口が促進されることが明らかとなりました。さらに、気孔は、長日条件で育っていた情報を少なくとも1週間憶えていることを発見しました。

【本研究の意義と今後の展開】

 本研究で明らかとなったように、花成ホルモンFTは、日長に依存した気孔開度調節で重要な役割を果たしますが、日長だけではなく、温度もFTの発現に強く影響することが知られています(気温が高いと発現が高まり、気温が低いと発現が低下する)。よって、植物は、気温が変動しても安定的にFTの作用を持続させるための一つのメカニズムとして、ヒストンの修飾を介してSOC1の発現制御を行なっているのかもしれません。これは、変動する温度条件下で安定的に日長に応答するための植物の戦略機構の一つである可能性が考えられ、さらなるメカニズムの解明をする必要があります。

また、気孔は光合成に必要な二酸化炭素を植物が取り入れるための唯一の入り口であり、その気孔が大きく開口することは光合成の促進につながります。シロイヌナズナにおいて、長日条件下では、花芽形成とそれに続く種子形成・成熟に多くのエネルギーが必要となります。よって、植物は盛んに光合成をする必要があり、この期間に気孔を大きく開かせることは植物の生育と子孫繁栄に重要な応答なのではないかと私たちは考えています。

【用語解説】

注1)アブシシン酸

 アブシシン酸(ABA)は、植物ホルモンの一種で、乾燥などのストレスに対応して合成される。気孔の閉鎖や種子の休眠、生長抑制などを誘導する。

注2)細胞膜プロトンポンプ

 ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されています。気孔孔辺細胞においては、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られています。

注3)モデル植物シロイヌナズナ

アブラナ科の一年草で、ゲノムサイズが小さく、世代期間が短く、室内での栽培が可能で、形質転換が容易などモデル生物としての利点を多く備えているため、植物のモデル生物として盛んに研究に用いられている。2000年に植物として初めて全ゲノム解読が終了した。

注4)光周性花成誘導に関わる因子(花成ホルモンFTや転写因子SOC1など)

 光周性とは生物が日長の季節変化を認識し、それぞれの種にとって1年の中で最適と考えられるタイミングで花芽形成のような生命活動を行う性質のことをいう。これに関わる因子として、花成ホルモン「フロリゲン」の実体であるFTやその下流因子で転写因子のSOC1が知られており、これらが働くことにより、日長に応じた花芽形成が誘導されることが明らかとなっている。

注5)気孔コンダクタンス

 気孔抵抗(大気と葉内の気体のやりとりの際、気孔において生じる拡散抵抗)の逆数であり、気孔を通した気体(特に水蒸気とCO2)の通りやすさを表す。気孔が大きく開口しているほど気孔抵抗は小さくなり、気孔コンダクタンスは大きくなる。逆に、気孔が閉じていると気孔抵抗は大きく、気孔コンダクタンスは小さくなる。
 光合成が起こるためには、CO2が大気から葉内へ、そして葉肉細胞の葉緑体へ拡散し、最終的にルビスコまで到達する必要がある。その拡散速度は、拡散経路における抵抗に依存しているが、CO2拡散は主に気孔抵抗により制限されることから、気孔コンダクタンスは光合成活性に大きく影響している。

注6)孔辺細胞プロトプラスト

葉の表皮組織を単離し、酵素処理によって細胞壁を消化した細胞(プロトプラスト)をサイズによってより分けて、気孔の孔辺細胞だけを集めたもの。

注7)ヒストンのアセチル化とメチル化

 核内において遺伝子情報がコードされているDNAはヒストンと呼ばれる8量体のタンパク質に巻き付いて存在している。遺伝子の発現制御にヒストンテールと呼ばれるN末端・C末端領域のアミノ酸の修飾状態が関係していることが知られている。今回の研究ではヒストン3(H3)のアミノ酸のN末端から4番目のリシン(K4)のトリメチル化(me3)とK9のアセチル化(Ace)をそれぞれ認識する抗体を用いてヒストンテールの修飾状態を調べた。この2つの修飾はいずれも、遺伝子発現に対して促進的に作用することが知られている。

【論文情報】

掲載雑誌:Scientific Reports

論文名:"Regulation of stomatal opening and histone modification by photoperiod in Arabidopsis thaliana."

(日長による気孔開口とヒストン修飾の調節)

著者:Saya Aoki, Shigeo Toh, Norihito Nakamichi, Yuki Hayashi, Yin Wang, Takamasa Suzuki, Hiroyuki Tsuji, Toshinori Kinoshita

論文公開:2019年7月22日午後7時(日本時間)/ 2019年7月22日午前10時(英国GMT時間)

DOI:10.1038/s41598-019-46440-0

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/20190722Kinoshita_Scientific%20Reports.png

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左から:木下俊則教授中道範人特任准教授

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