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研究ハイライト

植物のかたちを決める新しい鍵物質をつくる ~ゲノム配列を利用した多機能性人工ペプチドホルモンの創出~

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の平川 有宇樹(ひらかわ ゆうき)特別研究員、打田 直行(うちだ なおゆき)特任准教授(注1)、鳥居 啓子(とりい けいこ)教授(注2)、Kai Welke 特別研究員、Stephan Irle 教授(注1)、理学研究科の篠原 秀文(しのはら ひでふみ)助教、松林 嘉克(まつばやし よしかつ)教授の研究チームは、植物ゲノム中の遺伝情報を組み直すことで、自然には存在しない能力を持つ物質(ペプチドホルモン(注3))を人工的に作り出すことに成功しました。

 植物は、ペプチドホルモンと呼ばれる物質を使って体の成長を調節しています。ペプチドホルモンには多数の種類があり、花や葉の形を決める、根の長さを調節する、茎を太くするといった個別の働きを担っています。今回、研究チームは、2種類の異なるペプチドホルモンが持つそれぞれの効果を両方発揮する人工ペプチドホルモンを創出することに成功しました。このような自然にはない能力を持つペプチドホルモンを作れるかどうかはこれまで分かっていませんでしたが、植物のゲノム中に存在する配列を組み直すことで成功にいたりました。

 今回の発見により、様々な能力を持つ人工ペプチドホルモンの創出に道が拓かれ、植物の成長を制御する新たな技術の開発が期待されます。

 本研究成果は、科学誌 Nature Communications において公開されました。

PlantPeptide_Fig1_JP.jpg【本研究のポイント】

・  CLV3とCLE25という2種類のペプチドホルモンの配列を組み直すことで、元々持っていた能力に加えて別の効果も発揮する人工ペプチドホルモンを創出した。

・  植物ゲノム中に存在する遺伝情報を組み直すことで、自然にはない能力を持つペプチドホルモンの創出が可能であることを示す初めての例となった。

・  この手法により、様々なペプチドホルモンの改変が可能であり、植物の成長を制御する新規技術の開発が期待される。

研究の内容:

【研究の背景と内容】

 植物の体は多数の細胞から構成され,植物体が成長する際にはこの細胞間でのバランス制御が不可欠です。このとき、植物の細胞はペプチドホルモンと呼ばれる物質を使って互いに情報のやりとりをしています。ペプチドホルモンは5~100個のアミノ酸からなる様々なペプチド分子の総称で、それぞれのペプチドホルモンは特定のアミノ酸配列を持ちます。

 ペプチドホルモンの働きは多岐に渡り、葉・花・実・根・茎といった各器官の成長を周囲の環境や栄養条件の変化に応じて調節しています。また、めしべにおける花粉の発芽や花粉管の伸長を調節し、受精結実における雌雄細胞間の情報伝達物質として働いています(図2)。

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 ペプチドホルモンの作用機序は「鍵と鍵穴」にたとえられ、「鍵」であるペプチドホルモンと特異的に結合する「鍵穴」タンパク質(受容体)が存在します。受容体は細胞の表面にあり、ペプチドホルモンを受容すると細胞が刺激され、植物の成長を変化させます(図2)。

  今回、植物ペプチドホルモンの分子構造を部分的に改変し、これまで自然には存在しない新しいタイプの「鍵」を人工的に創出することに初めて成功しました。創出したKINペプチド(K [リジン]注4、 I [イソロイシン]、 N [アスパラギン]の3アミノ酸を含むよう改変したペプチド。)は、CLV3とTDIFという2種類の異なるペプチドホルモンの効果を同時に発揮しました。植物がこのような二重の効果を示す「鍵」を持っていることはこれまで報告されておらず、このような物質を作る事ができるかどうかは分かっていませんでした。

  CLV3とTDIFは、それぞれ異なる働きを持つペプチドとして知られていました。CLV3は植物体の茎や根の先端の成長点において幹細胞の増殖を抑え、過剰な成長を抑えるよう調節するホルモンです。TDIFは植物体の内部にある維管束(水や養分を通す組織)を太くするよう働きます。CLV3とTDIFの受容体はそれぞれCLV1とTDRと呼ばれる分子で、それぞれが特異的な「鍵と鍵穴」の関係になっています(図3)。

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 本研究では、CLV3と類似したCLE25というペプチドに着目しました。CLV3とCLE25は同じ「鍵穴」であるCLV1受容体に作用するペプチドですが、部分的に異なるアミノ酸配列を持ちます(図3)。CLV3とCLE25では4箇所のアミノ酸に違いがあります。この4箇所を組み替えた中間的なペプチドを14種類すべて合成し、植物への効果を調べました。この組み換えペプチドはいずれもCLV3やCLE25と同じように根を短くする効果がありましたが、その中の一つであるKINペプチドは、これに加えて維管束を太くする効果を示しました(図4)。

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 このことは、KINがCLV3とCLE25という似たタイプの「鍵」を組み合わせて生まれたものの、別のタイプの「鍵穴」にも作用するようになったことを意味します。維管束を太くするペプチドとしては以前からTDIFが知られており、KINペプチドはTDIFの受容体であるTDRに作用したのではないかと予想しました(図4、5)。

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 実際に、3種類の実験手法(1. TDR受容体を作れない植物変異株に対するKINペプチドの効果の解析、2. KINペプチドと受容体の結合の解析、3. その結合の様子のコンピューターによるシミュレーション解析)により検証した結果、たしかにKINペプチドはCLV1に加え、TDRにも結合することが分かりました。

 上記の研究結果から、植物の持つペプチドホルモン類の配列を部分的に組み直す事で、植物が持つ鍵と鍵穴の関係性を改変し、様々な鍵穴に合う鍵を作ることができるということを発見しました。

 【まとめと今後の展望】

 本研究では、植物の遺伝情報に基づいたペプチドホルモンの多様性を利用することで、新しいタイプの活性を持つペプチドホルモンが生まれ得ることを実証しました。ペプチドホルモンは植物体の様々な器官の成長や受精結実、環境適応を制御する働きを持ちます。本研究で開発された手法は、これらペプチドホルモンへの応用が可能であり、新しいタイプのペプチドホルモンの開発と有用な性質を持つ農作物の開発につながることが期待されます(図6)。


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注1:本学理学研究科の教員を兼任。

注2:本学理学研究科の客員教授、米国ワシントン大学の教授とハワード・ヒューズ医学研究所の正研究員を兼任。

注3:ペプチドとは複数のアミノ酸がつながった物質の総称で、その中でもホルモンとして働くものをペプチドホルモンと呼ぶ。

注4:ペプチドを構成するアミノ酸は主要なもので20種類が存在するが、各アミノ酸はアルファベット1文字で略される。例えば、リジンはK、 イソロイシンはI、アスパラギンはNなど。

論文情報:

This article "Cryptic bioactivity capacitated by synthetic hybrid plant peptides" by Yuki Hirakawa, Hidefumi Shinohara, Kai Welke, Stephan Irle, Yoshikatsu Matsubayashi, Keiko U. Torii and Naoyuki Uchida is published online in Nature Communications.

DOI: 10.1038/ncomms14318

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/20170308_NatCommun_JP_Press_Release_ITbM.png

2017-03-08

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