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研究ハイライト

ビーカーを使って炭素の輪から作る二次元カーボンナノシート ~二次元物質のボトムアップ簡易合成への道~

 物質・材料研究機構は、名古屋大学、東京大学と共同で、高い導電性や触媒機能を持ち、新奇の電子材料として期待されるカーボンナノシートを、簡易に合成する手法を開発しました。ビーカーに水を注ぎ、攪拌した水面に輪状の炭素分子であるカーボンナノリングを展開し、基板に転写し焼成するだけでカーボンナノシートを合成できます。高価な装置や高度な技術が不要で、高い導電性などを生かした太陽電池やタッチパネル、燃料電池の触媒膜などへの応用が期待されます。

 グラフェンに代表される、二次元状の炭素材料であるカーボンナノシートは、高い導電性や触媒機能も持つことから、新奇な電子材料や触媒膜として期待されています。高品質なカーボンナノシートを合成するためには、炭素を多く含む分子を、ナノスケールで構造を制御しながら組み上げることが求められます。しかし、そのためには高度な手法や高価な装置が必要であり、しかも最終段階において高温で焼成し炭素化する際にナノ構造が崩れてしまうという問題がありました。

 本研究グループでは、水を注いだビーカーに渦流を生じさせ、その水面に輪状の炭素分子であるカーボンナノリングを浮かべ、それを基板に転写する簡易な方法で、均一かつ数十ナノメートルの孔を多く持つメソポーラス薄膜を作製できました。また、この薄膜を焼成することでメソポーラス構造を保持したままカーボンナノシートを得ることに成功しました(図1)。

図1 カーボンナノリングを用いたカーボンナノシートの合成

図1 カーボンナノリングを用いたカーボンナノシートの合成

 本研究で用いた手法により、触媒活性を示すと予想される窒素を含有したカーボンナノシートの合成にも成功しているため、高価な白金を用いない触媒として燃料電池への応用などが期待されます。

 本研究成果は、Angewandte Chemie International Edition誌に掲載されました。

研究の内容:

<研究の背景>

 グラフェン注1)を代表とする炭素材料(カーボンナノシート)は新奇な電子、光学、触媒材料として注目されています。カーボンナノシートの合成方法として、グラファイトなどを物理的、化学的な手法で細かくするトップダウンな手法と、自己組織化注2)により分子を組み上げて炭素化するボトムアップな手法が挙げられます。ボトムアップの利点は、分子が形成する構造をナノレベルで精緻に制御できる点ですが、高価な装置や高度な技術が必要です。そのため、誰にでもできる簡易な手法でナノシートを得る方法が模索されています。

また、高温で焼成し炭素化する最終段階で、せっかく組み上げたナノ構造が崩れると、均一なカーボンナノシートが得られないという問題がありました。焼成時の構造の乱れを防ぐために、互いに強く引き合う性質を持つ分子の利用が考えられますが、そのような分子は三次元状に凝集しやすく、精緻なナノシート構造を得るのが困難です。高温でも形態を保持しやすいが薄膜を形成しづらい分子であっても、ナノシートを作製できる技術の確立も必要となります。

<研究内容と成果>

 本研究は、ビーカーに水を注ぎ、攪拌により渦流を生じさせ、水面に輪状の炭素分子であるカーボンナノリング注3)を展開し、しばらく静置させることで自己組織化により生じる薄膜を基板に写し取りました(図2)。これにより、厚さが10ナノメートル未満(1ナノメートル=10億分の1メートル)で、1,000マイクロメートル平方にわたって均一な分子薄膜を得ることに成功しました(図3)。本研究における作製方法は、一般的な実験室で利用されるビーカーと攪拌装置のみで再現でき、非常に簡易なものです。また、1平方メートルのナノシートを作製するために必要なカーボンナノリングは1ナノグラム(10億分の1グラム)と非常に少量です。

図2 本研究で用いたカーボンナノリングの化学構造と分子薄膜の作製方法

図2 本研究で用いたカーボンナノリングの化学構造と分子薄膜の作製方法

1: ビーカーに水を注ぎ攪拌する。そこにカーボンナノリングを展開する。2: 攪拌をやめカーボンナノリングを自己組織化させることで分子薄膜が形成される。3: カーボンナノリングからなる分子薄膜を基板に転写する。

図3 カーボンナノリング分子薄膜の原子間力顕微鏡像(a,b)と透過型電子顕微鏡像(c)

図3 カーボンナノリング分子薄膜の原子間力顕微鏡像(a,b)と透過型電子顕微鏡像(C)

a:厚さが10ナノメートルで1,000マイクロメートル平方にわたって均一な薄膜が得られた。b,c:直径が50ナノメートル未満の孔(メソポーラス)が無数に空いていることが分かった。

 興味深いことに、このカーボンナノリングからなる分子薄膜は数十ナノメートルの無数の孔(メソポーラス注4))を持っており、焼成を経て炭素化した後も、このメソポーラス構造を保持したカーボンナノシートが得られました(図4)。焼成前のナノシートは電気が流れない絶縁体でしたが、焼成しカーボンナノシートとすることで導電体へと変化しました。つまり、焼成により炭素同士が結合し、強固なネットワークを持つカーボンナノシートを形成することが示されました。ナノ構造を保持したまま炭素化できる例は希有で、特にカーボンナノリングのような小さな分子を用いた例はありません。

図4 カーボンナノシートの透過型電子顕微鏡像(a)と原子間力顕微鏡像(b)および電気伝導特性

図4 カーボンナノシートの透過型電子顕微鏡像(a)と原子間力顕微鏡像(b)および電気伝導特性

a,b: 焼成し炭素化した後も薄膜とメソポーラス構造が保持された。c: 焼成しカーボンナノシートとすることで導電体へと変化した。

 さらに、カーボンナノリングへ窒素を持つピリジンを加えたものに同様の手法を用いることで均一な分子薄膜を作製できました。そして、それを焼成することで、窒素を含有したカーボンナノシートを得ることもできました(図5)。X線光電子分光法(XPS)注5)により、このカーボンナノシートに含まれる窒素は、有用な触媒活性を示す電子状態であることが示されました。

図5 窒素含有カーボンナノシートの原子間力顕微鏡像(左)とX線光電子分光スペクトル

図5 窒素含有カーボンナノシートの原子間力顕微鏡像(左)とX線光電子分光スペクトル

左:厚さが10ナノメートルの均一な窒素含有カーボンナノシートが得られた。右:X線光電子分光スペクトル測定により、薄膜に含まれる原子の化学的性質に応じたエネルギー(eV)のピークが得られる。炭素材料中に含まれる399 eVにピークを示す窒素は、燃料電池へ利用できる触媒活性を示すことが知られている。

<今後の展開>

 本研究で用いた薄膜作製法は、これまで均一な薄膜を作製するのが困難であった分子や材料に適用でき、また必要な器具もビーカーと攪拌機のみと簡便なため、広く利用されることが期待されます。また、1メートル平方のナノシートを作製するために必要なカーボンナノリングは1ナノグラム(10億分の1グラム)と非常に少量です。さらに、大面積化することで工業的にも展開可能な技術です。

 本研究では、燃料電池への利用が期待される触媒活性を示す窒素を含有したカーボンナノシートを得ることができました。また表面積の大きいメソポーラス構造を持つことから、高コストな白金に代わる触媒として燃料電池への応用も期待されます。

 本研究は、物質・材料研究機構(NIMS) 超分子グループの森 泰蔵 NIMS特別研究員、有賀 克彦 グループリーダー(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授 兼務)と、名古屋大学の伊丹 健一郎 教授らの研究チームによって行われました。また本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト(研究統括:伊丹 健一郎)」、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 新学術領域研究「配位アシンメトリ」の一環として行われました。

<用語解説>

注1)グラフェン
炭素原子のみからなるシート状物質。高い導電性を示し、光学、磁気材料としても期待されている。炭素同素体であるグラファイトはグラフェンが層状に重なった物質である。英マンチェスター大の二博士がグラファイトの表面からテープで引き剥がすことでグラフェンを得る方法を見いだし「二次元物質グラフェンに関する革新的実験」として2010年にノーベル物理学賞が授与された。 

注2)自己組織化
自然に集まって、高度な形態や構造を作り出すこと。自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象を指す。雪の結晶成長や、DNAを設計図として機能を持った組織を作り出す現象なども自己組織化によるものである。

注3)カーボンナノリング
カーボンナノチューブの部分構造で、ベンゼン環が輪状につながったシクロパラフェニレンなどがある。2017年、ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括によって、ベンゼン環同士が互いに辺を共有した筒状の炭素分子であるカーボンナノベルトの合成が報告され、構造が制御されたカーボンナノチューブの合成が期待されている。
夢の筒状炭素分子「カーボンナノベルト」の合成に成功 ~単一構造のカーボンナノチューブの実現に道を拓く~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20170414/index.html

注4)メソポーラス
直径が2ナノメートルから50ナノメートルの細孔を指す。多孔性の材料であれば比表面積が大きくなり、触媒、分離材料、電子材料としての機能が期待されることから、研究や開発が盛んに行われている。

注5)X線光電子分光法(XPS)
サンプル表面にX線を照射し、生じる光電子のエネルギーを測定することで、サンプルが構成する元素の定性・定量分析、さらには化学結合状態を分析できる手法。非接触・非破壊で測定するため、美術品に含まれる顔料の特定などにも使用されている。

論文情報:

This article "Carbon Nanosheets by Morphology‐Retained Carbonization of Two‐Dimensional Assembled Anisotropic Carbon Nanorings" by Taizo Mori, Hiroyuki Tanaka, Amit Dalui, Nobuhiko Mitoma, Kengo Suzuki, Mutsuyoshi Matsumoto, Nikhil Aggarwal, Archita Patnaik, Somobrata Acharya, Lok Kumar Shrestha, Hirotoshi Sakamoto, Kenichiro Itami, and Katsuhiko Ariga is published online in Angew. Chem. Int. Ed.

DOI: 10.1002/anie.201803859

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/20180706_carbon_nanosheet_PR.png

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左から:伊丹 健一郎教授、坂本 裕俊特任助教、田中 啓之博士研究員、三苫 伸彦博士研究員

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2018-07-09

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