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研究ハイライト

概日時計に作用する新たな化合物を発見 ~褐色脂肪細胞の分化も促進~

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の廣田 毅 特任准教授、サイモン ミラー研究員、相川 佳紀 研究員らは、概日時計(がいじつどけい)の周期を延長させる新たな化合物を発見し、その作用メカニズムの解明に成功しました。概日時計は睡眠・覚醒などのさまざまな生理現象に見られる1日周期のリズムを支配しており、その機能が乱れると睡眠障害やメタボリックシンドロームなどにも影響を及ぼすことが指摘されています。そのため、概日時計の機能を調節する化合物は、生物が1日の時間を測る仕組みの理解だけでなく、関連する疾患の治療に向けた起点にもなります。今回、研究チームは概日時計の周期を延長させる新たな低分子化合物としてKL101とTH301を見出し、それぞれがCRY1とCRY2に選択的に作用する初めての化合物であることを発見しました。X線結晶構造解析によって作用メカニズムを解明するとともに、一定の構造をとらないCRY1とCRY2の部位が作用の選択性に必要であることを機能解析から明らかにしました。更に、慶應義塾大学医学部の羽鳥 恵 特任准教授、孫 ユリ 特任助教と共同で、CRY1とCRY2が褐色脂肪細胞の分化に必要であること、また、KL101とTH301がその分化を促進することを発見しました。褐色脂肪細胞は熱を産生してエネルギーを消費することから、KL101やTH301は肥満の解消に向けた応用も期待されます。

本研究成果は、2020年3月31日(火)(日本時間午前0時)に米国科学誌「Nature Chemical Biology」に掲載されました。

【ポイント】

  • 概日時計の1日リズムを調節する新たな化合物を発見し、KL101およびTH301と名付けた。
  • KL101とTH301は時計タンパク質であるCRY1とCRY2のそれぞれに対して選択的に作用することを見出した。
  • X線結晶構造解析などにより、KL101とTH301の作用の選択性を決めるユニークなメカニズムを明らかにした。
  • KL101とTH301によるCRY1とCRY2の調節が、褐色脂肪細胞注1)の分化を促進することを見出した。

<研究の背景と経緯>

朝目覚めて、夜眠るというように、私たちの生命活動の多くは1日の周期で繰り返します。これらのリズムを司る体内の仕組みを「概日時計」と呼びます。概日時計は、時計遺伝子ならびに時計タンパク質注2)の相互作用によって構成されており、その分子機構の解明に寄与した3名の研究者に2017年のノーベル生理学・医学賞が授与されました。しかし、概日時計がどのように1日という長い周期で、しかも、安定して時を刻むことができるのか、その仕組みは未だに謎に包まれています。

研究チームはこの問題に取り組むため、ヒトの培養細胞を用いて化合物が概日リズムに与える影響を大規模に解析する手法を確立し、化学と生物学とを融合させたケミカルバイオロジー注3)の手法を応用することで、1日周期の決定に関わる重要な分子機構を明らかにしてきました。しかし、これまでに発見した化合物の中には、作用メカニズムの不明なものが数多くあったため、その作用を解析することによって、概日時計の制御機構の理解が深まるとともに、機能制御への応用が可能になると期待されていました。

<研究の内容>

今回、研究チームは概日リズムの周期を延長させる新たな化合物KL101およびTH301(図1)の作用メカニズムを解析しました。その結果、KL101は時計タンパク質のCRY1を、TH301はCRY1の類似タンパク質であるCRY2をそれぞれ選択的に安定化して活性化することを見出しました。研究グループは以前、CRY1とCRY2の両方に作用する化合物KL001を報告しましたが、CRY1とCRY2は非常によく似ているため、それぞれに対して選択性を示す化合物の開発は非常に困難であると考えられてきました。そのため、KL101とTH301の作用の選択性に関する発見は大きな驚きでした。

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図1 今回発見した化合物KL101およびTH301の構造(上)と概日リズムに対する作用(下)。ヒト培養細胞において、時計遺伝子レポーターの発光量は約1日の周期で増減を繰り返す(黒い曲線)。KL101およびTH301は濃度に依存して周期を延長する作用を持つ(紫、青、赤の曲線)。

これらの化合物がどのように働くのかを知るために、研究チームはX線結晶構造解析注4)によって、CRY1およびCRY2と化合物の相互作用を原子レベルで解明しました(図2)。その結果、化合物と相互作用する部位はCRY1とCRY2の間でほぼ同じであり、なぜ作用の選択性が生まれるのかを説明することができませんでした。CRY1とCRY2の機能解析を進めた結果、化合物が結合するポケットの外に存在し、一定の構造をとらないCRY1とCRY2の部位が化合物の選択的な作用に必要であることを明らかにしました。これは、作用の選択性を化合物の結合ポケットが決める、という定説とは異なる予想外のメカニズムです。

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図2 CRY1とKL101(左)およびCRY2とTH301(右)の複合体の立体構造

研究チームは更に、CRY1およびCRY2と代謝疾患の関係に注目して研究を進めました。その結果、CRY1とCRY2の両方を失ったマウスにおいて、褐色脂肪細胞の分化が起こりにくいことを見出しました。そこで、CRY1とCRY2のそれぞれを活性化するKL101とTH301の効果を解析したところ、どちらの化合物も褐色脂肪細胞の分化を促進することを発見しました(図3)。これらの結果は、CRY1とCRY2が概日時計の機能と褐色脂肪細胞の分化を結ぶ重要な因子であることを示しています。

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図3 KL101およびTH301が褐色脂肪細胞の分化に与える影響。褐色脂肪細胞のマーカー遺伝子であるUcp1(上)やCidea(下)の発現量は野生型の脂肪細胞(左)において、KL101およびTH301によって著しく上昇し、褐色脂肪細胞への分化が促進される。一方、Cry1Cry2の両方を失った脂肪細胞(右)では変化がないことから、KL101とTH301の効果はCRY1とCRY2に依存している。

<今後の展開>

CRY1とCRY2は非常に類似したタンパク質であり、共通した働きを持つと考えられてきましたが、近年、両者の異なる作用が注目を集めています。今回発見したKL101とTH301のように、CRY1とCRY2をそれぞれ選択的に調節する化合物は、有用な研究ツールとして時計タンパク質の機能解明に役立つに違いありません。光や食事が一日中いつでも手に入る現代社会において、概日時計の乱れが深刻化しており、睡眠障害やメタボリックシンドロームなど、さまざまな疾患との関連が報告されています。エネルギーを蓄積することで肥満をみちびく白色脂肪細胞注1)に対し、褐色脂肪細胞は熱を産生してエネルギーを消費する働きをもつことから、KL101やTH301を用いて褐色脂肪細胞を増やすことができれば、概日リズムの異常の解消だけでなく、肥満の解消にも応用できる可能性があります。関連する疾患の治療に向けた薬剤の開発までには数多くのプロセスがあり、今後の研究の発展が期待されます。

 今回の研究は、ITbMの伊丹 健一郎 教授、フロハンス タマ 教授、佐藤 綾人 特任准教授、南カリフォルニア大学のスティーブ ケイ 教授、京都大学の大石 真也 准教授、理研の平田 邦生 専任技師、名古屋大学の阿部 一啓 准教授らと共同で行われました。

<用語解説>

注1)褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞:脂肪細胞の種類。褐色脂肪細胞は脂肪酸を分解して熱産生を行うのに対し、白色脂肪細胞は脂肪酸を蓄積し、必要な時に遊離脂肪酸として放出する。

注2)時計遺伝子ならびに時計タンパク質:概日時計が働くために必要な遺伝子とタンパク質。哺乳類においてはPER1、PER2、CRY1、CRY2、CLOCK、BMAL1の6種類が知られている。これらの遺伝子やタンパク質の機能制御が概日時計の働きに重要な役割を果たすと考えられている。

注3)ケミカルバイオロジー:化学の力を応用して生物学の謎に取り組む手法。本研究では概日リズムに影響を与える新たな化合物を用い、作用機序を解明した。

注4)X線結晶構造解析:結晶にX線を照射し、その回折像を見て分子の3次元構造を明らかにする手法。本研究ではSPring-8ならびに高エネルギー加速器研究機構の大型放射光施設を用いて実験を行った。

<論文情報>

掲載雑誌: Nature Chemical Biology

論文名: Isoform-selective regulation of mammalian cryptochromes

著 者: Simon Miller, You Lee Son, Yoshiki Aikawa, Eri Makino, Yoshiko Nagai,

Ashutosh Srivastava, Tsuyoshi Oshima, Akiko Sugiyama, Aya Hara, Kazuhiro Abe,

Kunio Hirata, Shinya Oishi, Shinya Hagihara, Ayato Sato, Florence Tama, Kenichiro

Itami, Steve A. Kay, Megumi Hatori, and Tsuyoshi Hirota

論文公開日: 2020年3月31日(日本時間午前0時)

DOI 10.1038/s41589-020-0505-1

URL: https://www.nature.com/articles/s41589-020-0505-1

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/20200331_Hirota.png


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左から:伊丹 健一郎教授Florence Tama 教授廣田毅 特任准教授

2020-03-31

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