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研究ハイライト

冬季のうつ様行動を改善する薬を発見! ~冬季うつ病の理解と創薬に貢献~

北欧などの高緯度地域では、冬になると気分が落ち込む「冬季うつ病」が社会問題になっています。動物も冬になるとうつ病に似た「うつ様行動」を示すことが知られていましたが、その仕組みは明らかにされていませんでした。名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の中山友哉博士、沖村光祐大学院生、沈嘉辰大学院生、顧穎傑博士、中根右介特任講師、吉村崇教授らの研究グループは、同大学大学院生命農学研究科、同大学大学院理学研究科、基礎生物学研究所、生命創成探究センター、藤田医科大学、マンチェスター大学と共同で、メダカに既存薬ライブラリーのスクリーニングとゲノム機能解析を組み合わせたケミカルゲノミクス注1のアプローチを適用することで、冬季のうつ様行動を引き起こす仕組みを明らかにするとともに、冬季のうつ様行動を改善する薬を発見しました。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)のオンライン版に公開されました。

【研究の背景】

北欧やカナダなど冬季に日照時間が短くなる高緯度地域では、冬になると約1割の人がうつ病を発症することが知られています。この病気は「冬季うつ病」、あるいは「季節性感情障害注2」と呼ばれています。わが国においても北海道や東北地方で冬に気分が沈む人が多いと言われています。

冬季うつ病の症状としては、抑うつ症状のほか、体内時計や睡眠の異常(過眠)、食欲の変化(過食)、性欲の低下のほか、人に会うのが面倒といった社会的引きこもりがあります。これらの症状は動物に見られる「冬眠」や「季節繁殖注3」の名残ではないかと指摘されていました。しかしながら、これまでに冬季うつ病の仕組みは明らかにされておらず、治療薬の開発が期待されていました。

【メダカは冬に社会性が低下し、不安が強くなる】

ヒトだけでなく、動物も冬になるとうつ病に似た「うつ様行動」を示します。研究グループはメダカをモデルとして、動物が季節の変化に適応する仕組みについて研究を行ってきましたが、その過程でメダカの行動が冬と夏で大きく異なることに着目しました。

メダカは「メダカの学校」と言われるように群れをつくって行動し、社会性を持つ動物です。そこで、透明な板で三つの部屋(チャンバー)に仕切った水槽を用いて社会性を評価する「三部屋式社会性試験」(図1左)を行いました。その結果、夏のメダカは他個体に興味を示して、他個体の近く(好きエリア)に長く滞在したのに対して、冬のメダカは他個体に興味を示さずランダムに泳ぐことがわかりました。このことは、冬に社会性が低下することを示しています。また、魚類は一般的に不安が強いと天敵などに見つかりにくい暗い場所を好みます。この性質を利用して不安の状態を評価する「明暗水槽試験」(図1右)を行ったところ、夏のメダカは明るい場所(明るいエリア)を好んだのに対して、冬のメダカは暗い場所(暗いエリア)を好み、冬は夏に比べ、メダカの不安が強いことがわかりました。

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図1.社会性を評価する三部屋式社会性試験(左)と不安様行動を評価する明暗水槽試験(右).

【脳の代謝産物と遺伝子発現の季節変化】

次に研究グループは、冬のメダカと夏のメダカの脳内で変化している分子を明らかにするために、脳内の代謝産物をキャピラリー電気泳動・質量分析計(CE-MS)注4を用いて測定しました。その結果、うつ病と密接に関連することが知られているセロトニン、グルタミン酸、グルタチオン、トリプトファン、チロシンなどを含む68個の代謝産物の量が、冬と夏で変動していることを見出しました(図2)。

また、脳内の遺伝子発現についても網羅的に検討したところ、体内時計を制御する「時計遺伝子注5」の発現量が冬と夏で大きく変化していたほか、炎症反応に関与するタンパク質(サイトカイン)などの発現量も季節によって変化していることがわかりました(図2)。近年、炎症反応と精神疾患の関係が注目されていますが、ヒトのうつ病患者と同様に、メダカにおいても脳の海馬に相当する部位で、炎症反応によって引き起こされる神経細胞の形態変化が起こっていることを明らかにしました。さらに遺伝子発現データをもとにパスウェイ解析注6を行ったところ、NRF2抗酸化経路を含む複数の情報伝達経路が変化していることが明らかになりました。

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図2.うつ病に関連することが知られている代謝産物の量や炎症関連遺伝子の発現がメダカの脳で季節変動していた.

【メダカの社会性を改善する薬の発見】

統合失調症や双極性障害などの精神疾患においては、遺伝的要因が大きく影響するのに対して、うつ病は様々な環境要因と多数の遺伝要因の相互作用によって引き起こされます。したがって、遺伝子を操作して生命現象を解明する「逆遺伝学注7」や「順遺伝学注8」といった従来の研究手法では冬季うつ病の解明は困難でした。この点を克服するために、研究グループでは既存薬ライブラリーのスクリーニングとゲノム機能解析を組み合わせた「ケミカルゲノミクス注1」のアプローチから研究を行いました。既存薬は作用機序が明らかになっているため、メダカの冬季の社会性の低下を改善する既存薬を探索することで、冬季うつ病の仕組みの解明につながると考えたのです。細胞レベルの研究とは異なり、動物の行動はばらつきが大きいため、既存薬のスクリーニングには3年という時間を要しました。しかし、スクリーニングの結果、112個の既存薬の中から再現性が良くメダカの冬季の社会性の低下を回復させる薬-中国伝統医薬に含まれる有効成分セラストロール-を発見しました。

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図3.中国伝統医薬の有効成分のセラストロールは冬のメダカの社会性を改善した.

【まとめと今後の展望】

セラストロールは、これまで、抗炎症作用、抗がん作用を持つことが知られていましたが、中枢神経系への効果は知られていませんでした。セラストロールはNRF2抗酸化経路を活性化するため、メダカの脳内におけるNRF2遺伝子の発現を調べたところ、うつ病の発症に重要な役割を果たす手綱核たづなかく(図4)で発現していることがわかりました。さらにゲノム編集技術を使ってNRF2が働かない変異体メダカを作出したところ、この変異体メダカは社会性が低下することもわかりました。

脳の高次機能は哺乳類と魚類で大きく異なると考えられていますが、手綱核たづなかくの下流の神経経路は哺乳類と魚類で高度に保存されています(図4)。近年、欧米においてはゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類が精神疾患のモデル動物として注目を集めており、メガファーマ(巨大製薬会社)も積極的に利用しています。うつ様行動は厳しい外部環境に対する適応機構であることを考えると、今回の研究成果をもとに、メダカがヒトの冬季うつ病の理解と創薬に貢献することが期待されます。

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図4.マウスとメダカの脳の比較。魚類には前頭前皮質などの高次機能を担う脳領域が存在しないと考えられているが、うつ病の発症に重要な手綱核経路は高度に保存されている(Aizawa et al., 2011を改変)

【用語説明】

注1ケミカルゲノミクス:化合物スクリーニングなど、化学物質を用いて生命やゲノムの機能を明らかにする化学・生物学の異分野融合研究。

注2季節性感情障害:特定の季節にのみ、抑うつ症状が現れる気分障害。多くは秋から冬に観察されるため、冬季うつ病とも呼ばれるが、夏に症状が現れる人もいる。高緯度地域、女性、若年者で発症率が高い。

注3季節繁殖:ヒトやマウスは1年中繁殖することができるが、多くの動物は食料が豊富で気候が穏やかな春に子孫が生育できるように特定の季節にのみ繁殖する。

注4キャピラリー電気泳動・質量分析計(CE-MS):試料中に含まれる膨大な数の分子を一つ一つ 分離し同定する装置。具体的には、脳の代謝産物をキャピラリーと呼ばれる細い管に電圧をかけ試料中の分子を分離し、分離された分子の分子量をそれぞれ質量分析計で測定することで、代謝産物中に含まれる分子を一つ一つ同定することができる。

注5時計遺伝子:生物には約1日の内因性のリズムを刻む体内時計(概日時計)が備わっているが、この時計は「時計遺伝子」と呼ばれる遺伝子群の転写翻訳のフィードバック制御によって制御されている。

注6パスウェイ解析:遺伝子やタンパク質の相互作用や働きを、経路として表す解析方法。経路として表すことで、複雑に入り組んだ膨大な数の遺伝子やタンパク質の機能の解析、理解を一挙に行うことができる。

注7逆遺伝学(リバースジェネティクス):着目した遺伝子の機能を阻害あるいは亢進することで、遺伝子の機能を明らかにする手法。

注8順遺伝学(フォワードジェネティクス):表現型(細胞や生物の外見上の形態的、生理的性質)の異常から原因遺伝子を突き止め遺伝子の機能を明らかにする手法。

【論文情報】

掲載雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A. (米国科学アカデミー紀要)

論文名: Seasonal changes in NRF2 antioxidant pathway regulates winter depression-like behavior

    (NRF2抗酸化経路の季節変化は冬季のうつ様行動を制御する)

著者: Tomoya Nakayama, Kousuke Okimura, Jiachen Shen, Ying-Jey Guh, T. Katherine Tamai, Akiko Shimada, Souta Minou, Yuki Okushi, Tsuyoshi Shimmura, Yuko Furukawa, Naoya Kadofusa, Ayato Sato, Toshiya Nishimura, Minoru Tanaka, Kei Nakayama, Nobuyuki Shiina, Naoyuki Yamamoto, Andrew S. Loudon, Taeko Nishiwaki-Ohkawa, Ai Shinomiya, Toshitaka Nabeshima, Yusuke Nakane, and Takashi Yoshimura(中山友哉、沖村光祐、沈嘉辰、顧穎傑、玉井 キャサリン、島田明子、美納颯太、大串幸、新村毅、古川祐子、角房直哉、佐藤綾人、西村俊哉、 田中実、中山啓、椎名伸之、山本直之、ラウドンアンドリュー、大川妙子、四宮愛、鍋島俊隆、中 根右介、吉村崇)

論文公開日:2020年4月10日

DOI: 10.1073/pnas.2000278117

URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2000278117

 本成果は、日本学術振興会科学研究費補助事業、特別推進研究(26000013)、基盤研究(S)(19H05643)、ヒューマンフロンティアサイエンスプログラムリサーチグラント(RGP0030/2015)の支援のもとで得られたものです。

リンク:

http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/20200403_press_yoshimura_HP.png

2020-04-10

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