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研究ハイライト

高純度の砂糖を生産する「砂糖イネ」の開発に成功 〜砂糖きび、砂糖大根(甜菜)に続く、「第3の製糖作物」を作成〜

福建農林大学の笠原竜四郎教授(元 名古屋大学博士研究員)と、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の桑田啓子特任助教、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの野田口理孝准教授のグループは、イネが受精に失敗すると米粒の代わりに高純度の砂糖水を生成することを発見しました。

研究グループは、双子葉植物であるシロイヌナズナで受精が失敗すると、その胚珠が受精をすることなしに肥大するPOEM現象(笠原ら2016年)を発見していました。その現象を単子葉植物であるイネでも観察できるかどうか、2020年ノーベル化学賞を受賞したEmmanuelle Charpentier博士とJennifer A. Doudna博士の発見によるCRISPR/CAS9のゲノム編集技術を用いて実験を続けた結果、イネでも受精に失敗すると胚珠が肥大することがわかりました。さらに興味深いことに、肥大した胚珠の中は、デンプンではなく液体で満たされており、遺伝子解析の結果デンプン形成の前駆体であるショ糖が含まれている可能性が高まりました。そこで、この液体の成分分析を行ったところ、この液体には糖成分のうち、ショ糖が98%、果糖とブドウ糖が僅か1%ずつ含まれており、精製しなくても既に非常に高純度なショ糖液であることがわかりました。

現在、世界でショ糖を生産する植物はサトウキビと甜菜の2種類のみであり、その他にも糖を生産する植物は存在するとはいえ、この2つに匹敵するショ糖純度を保持するものはありませんでした。しかし、今回作成できた「砂糖イネ」は、世界に「第3の製糖植物」を提供できる可能性を示唆しています。サトウキビは、日本では沖縄をはじめとする熱帯、亜熱帯地方を中心に、また、甜菜は、北海道をはじめとする寒冷地を中心に分布する植物であり、これらの植物は、低温あるいは高温の条件下では、著しく糖生産の効率が下がることが知られています。しかし、イネは現在北海道から沖縄まで生産可能であることから、砂糖イネも同様であり、日本の場合はどこでも糖生産が可能であることを示唆しており、今後、世界的に糖生産の限界を超える新規作物として期待されます。

本研究成果は、20201027日付英科学誌Communications Biology誌オンライン版に掲載されました。

【研究背景と内容】

被子植物の花にはおしべとめしべがあり、おしべで作られた花粉がめしべの柱頭に受粉し、花粉は花粉管を伸ばしてめしべの中にある胚珠(種子の元になる部分)へと到達し、胚珠の中にある胚のう内へ花粉管内の2つの精細胞が卵細胞と中央細胞に重複受精し種子を形成します。2016年、笠原教授らの研究グループは、シロイヌナズナの研究から、花粉管内容物には受精をしなくても胚珠を肥大させる機能があるという、花粉管依存的胚珠肥大現象(POEM: Pollen tube dependent Ovule Enlargement Morphology)を見出すことに成功しました。

笠原教授らは、この現象が双子葉植物綱や単子葉植物綱といった植物綱を越えて存在するのかどうかということに疑問を持ち、単子葉植物綱に属するイネで人為的に花粉管依存的胚珠肥大(POEM)を生じさせる実験系の確立を目指し研究を開始しました。この疑問を明らかにすることが当研究の発端となりました。

まず初めに研究グループは、花粉管内容物を放出するが、2つの精細胞が受精できないシロイヌナズナの変異体原因遺伝子GCS1(森ら 2006年)の相似遺伝子をイネの全ゲノム内から探索し同定しました。実は、イネにはOSGCS1OSGCS1-LIKEの2つの相似遺伝子が存在していることがわかり、これら2つの遺伝子をCRISPR/CAS9 ゲノム編集法により改変し、合計4種類の変異体を獲得することができました。作成した変異体の胚珠を観察したところ、シロイヌナズナ同様、胚珠は受精することなく肥大していることがわかり、イネでもPOEM現象を見出すことができました。このことから、POEM現象は双子葉植物綱だけではなく、単子葉植物綱でも保存されている現象であることが確認できました。

また興味深いことに、肥大した胚珠は白色固体のデンプンではなく、透明の液体で満たされており(図1)、胚珠内の液体には何が含まれているのかを予測するために、変異体胚珠に対して次世代シーケンサーにより遺伝子発現解析を行いました。その結果、変異体胚珠はデンプン合成酵素遺伝子群が発現しておらず、そのために胚珠はデンプンを合成することができず、白米粒を形成していないことが判明しました。デンプンを合成できていないという結果から、この液体内にはデンプンの前駆体であるショ糖が蓄積されていることが予測できました。

次に、この液体を質量分析器にかけて解析した結果、ショ糖が15〜25%の濃度で含まれており、糖別にその割合を解析するとショ糖が98%、果糖1%、ブドウ糖1%で形成されていることが判明しました(図2)。研究グループは、この変異体イネを「砂糖イネ」と名付けました。

この結果は、サトウキビや甜菜の2大製糖作物と同様に、「砂糖イネ」が高純度で糖生産が可能であることを示唆します。デンプンで生成された白米粒からショ糖を獲得するためにはデンプン分解酵素を用いなければならず、ここから純粋なショ糖を生成するのはコスト面において現実的ではありません。しかし、今回作成することができた「砂糖イネ」は、胚珠内に既にショ糖液が詰まっているため、搾るだけで高純度のショ糖が収穫できます。また、高純度のショ糖が簡単に収穫できるということは、この「砂糖イネ」からバイオエタノールを生成することも十分可能であると考えられます。もう一つのアドバンテージは、この「砂糖イネ」はサトウキビや甜菜と比べてより広範な土地で栽培できるということです。サトウキビ栽培は、日本では南西諸島に限定されていることからもわかるとおり、高温下でのみ効率よくショ糖を収穫できること、また、甜菜栽培は北海道に限定されていることから低温下でのみショ糖を蓄積することが知られています。一方でイネは、北は北海道の「ななつぼし」、南は沖縄県の「ちゅらひかり」に代表されるように亜寒帯から熱帯まで栽培が可能であり、これは「砂糖イネ」が、日本だけではなく世界各地の広範囲で栽培できることを示唆しています(図3)。

今回の発見を以下にまとめます。

  1. 双子葉植物シロイヌナズナで発見された花粉管依存的胚珠肥大現象(POEM)は単子葉植物イネにも存在する。POEM現象は植物綱を越えた被子植物全体の現象であることを証明した。
  2. イネの発現解析の結果、デンプン合成酵素の発現が抑制されており、実際に胚珠内にはデンプンの代わりに前駆体であるショ糖が蓄積されていた。
  3. 質量分析の結果、胚珠内の液体は純度98%、濃度20%のショ糖で占められていた。

今回は「砂糖イネ」の開発に成功しましたが、実はイネ科の他の植物、例えばトウモロコシ、コムギ、ソルガムにもGCS1遺伝子の存在が確認されており、これらの作物も同様に遺伝子改変を行えば、「砂糖トウモロコシ」等の新規糖生産植物の作成が可能であると考えています。糖生産植物のバリエーションが増えれば、世界各地の事情に合わせて糖生産が可能になると考えています(図4)。

また、POEMによって肥大する胚珠が受精によって肥大する種子よりも小さくなることとは違い、この「砂糖イネ」は、受精をしていない胚珠が日本晴の種子と同様に肥大すること(図1)から、双子葉植物と単子葉植物を分ける何か別の機構があることにも着目してさらなる研究を開始したいと考えております。この機構が解明できれば、双子葉植物も単子葉植物同様に受精をしなくても種子をより大きくすることが可能になるかもしれません。

現在日本の水田では、食文化の変遷や生産調整、そして深刻な農家の個数現象などによりおよそ27万haの水田が作付けされず放置されています。この休耕田を利用して糖生産することも今後の日本の農業生産力を高める上での選択肢の一つとして考えることができます。

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図1. イネのgcs1変異体の表現型と液体を蓄積した砂糖イネ

(A) 左が日本晴の種子(我々が普通に食べている米粒)、右が今回作成した砂糖イネ(gcs1変異体)の肥大胚珠。双方の大きさに有意差は認められなかった。

(B) 砂糖イネは矢印に示すように胚珠内にデンプンではなく液体を充満させていた。

(C, D) 固定後の日本晴の種子。胚、胚乳が観察される。

(E, F) 砂糖イネの胚珠内部。日本晴種子と比較すると胚、胚乳が全く形成されておらず、内部は液体で占められていることがわかる。D, Fはトルイジンブルーで染色後にイメージを取得。スケールバー:1mm。

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2. 砂糖イネは胚珠内に非常に高純度のショ糖を蓄積する

質量分析の結果、砂糖イネは胚珠内に1%のブドウ糖、1%の果糖、98%のショ糖を蓄積していることが明らかになった。

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3. 本研究の展望1

現在砂糖は、サトウキビと甜菜の2種類の作物から生産されているが、日本国内では、サトウキビは高温地域(主に南西諸島:濃灰色地域)、甜菜は寒冷地域(主に北海道:淡灰色地域)を好むため、砂糖の生産は限られた地域でのみまかなわれていることが分かる。しかし、近年の気候変動に起因して、サトウキビは台風被害、甜菜は高温による砂糖蓄積量の減少や病害虫の発生などで、生産量の低下・不作が生じやすいという問題を抱えている。それゆえ、広い地域で栽培可能な第3の砂糖原料である砂糖イネの育成は日本だけではなく世界的にも非常に有意義であると考えられる。

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4. 本研究の展望2

トウモロコシ(左上)、コムギ(右上)、ソルガム(下)はイネ科に属しており、gcs1遺伝子の存在も確認されていることから、砂糖イネ同様に作物糖生産の可能性を秘めている。これらの作物を改変できれば、世界の糖生産に貢献できる可能性がある。

【論文情報】

雑誌名:Communications Biology
論文タイトル:High-quality sugar production by osgcs1 rice
著者:Yujiro Honma, Prakash Babu Adhikari, Keiko Kuwata, Tomoko Kagenishi,
Ken Yokawa, Michitaka Notaguchi, Kenichi Kurotani, Erika Toda, Kanako Bessho-
Uehara, Xiaoyan Liu, Shaowei Zhu, Xiaoyan Wu, Ryushiro D. Kasahara
DOI:10.1038/s42003-020-01329-x

2020-10-28

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