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研究ハイライト

イネの収量を増加させる画期的な技術開発に成功 ~食糧増産と二酸化炭素や肥料の削減に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下俊則 教授、大学院理学研究科のヂャン・マオシン 研究員、南京農業大学資源環境科学学院のヂゥー・イーヨン 教授らは、イネ 注1)の1つの遺伝子(細胞膜プロトンポンプ 注2))を増加させることで、根における養分吸収 注3)と気孔 注4)開口を同時に高める技術を開発し、野外水田でのイネの収量を30%以上増加させることに成功しました。

本研究グループによるこれまでの研究により、根における養分吸収と気孔開口において、細胞膜プロトンポンプが共通して重要な役割を果たすことが明らかとなってきました。そこで、1つの細胞膜プロトンポンプ遺伝子の発現を高めた過剰発現イネを作出したところ、根における窒素養分吸収が20%以上、光合成注5)活性が25%以上高まっており、4ヶ所の異なった野外の隔離水田圃場における収量評価試験においてイネの収量が30%以上増加することが明らかとなりました。本研究成果は、根における養分吸収と気孔開口を同時に高める画期的な技術であり、様々な実用作物での応用が期待されます。

本研究成果は、2021年2月2日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)ALCA [JPMJAL1011]、科学研究費補助金・基盤研究(S) [20H05687]、学術変革領域研究(A) [20H05910]の支援のもとで行われたものです。

【研究の背景と内容】

植物は、根から窒素、リンやカリウムなどの無機養分を吸収すると同時に、葉の気孔から二酸化炭素を取り込み、光合成を行うことで成長しています(図1)。植物は光合成を行うことにより、私たちに農作物を提供するだけでなく、二酸化炭素を吸収し、地球環境を整えています。植物における唯一の二酸化炭素取り込み口となっているのが、植物の表面に存在する気孔と呼ばれる孔(あな)です。気孔は一対の孔辺細胞により構成され、太陽光下で開口して光合成に必要な二酸化炭素を取り込みます。また、根における養分吸収も成長に必須の役割を果たすことが知られています。よって、もし気孔を大きく開かせ、同時に、根からの養分吸収を促進し、光合成を高めることができれば、植物の成長や収量をより大きく増加させ、さらに、地球温暖化の原因となる二酸化炭素や環境汚染の原因となる肥料の削減が期待されます。しかしながら、これまでに気孔開口と根における養分吸収とを同時に高める技術は報告されていませんでした。

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1 イネの気孔の開口と根における養分吸収
気孔は太陽光によって開口し、光合成に必要な二酸化炭素の取り込み、蒸散を行う。根では、土壌中の窒素源となるアンモニウム、リン酸、カリウムなどの必須無機養分を吸収する。両過程において、細胞膜プロトンポンプ(OSA1)が重要な働きをしていることが明らかとなってきた。

これまでの本研究グループの研究により、根における無機養分取り込みと気孔開口において、細胞膜プロトンポンプが共通して重要な役割を果たすことが明らかとなってきました(図1)。そこで本研究では、イネの1つの細胞膜プロトンポンプ遺伝子であるOSA1の発現量を増加させた過剰発現イネを作出し、表現型の解析を行いました。その結果、プロトンポンプ過剰発現イネでは、野生株と比較して根における窒素などの無機養分吸収が20%以上高まっており、光による開口した気孔の割合が25%以上増加することを発見しました(図2)。さらに、詳細な解析を進めたところ、プロトンポンプ過剰発現イネでは、二酸化炭素固定量(光合成活性)が25%以上高まっており、実験室内での水耕栽培で18-33%乾燥重量(バイオマス)が増加することがわかりました(図3)。

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図2 イネのプロトンポンプ過剰発現株における気孔開口促進と光合成活性の増加
(a)野生株の気孔の写真。(b)光に依存した気孔開口(明所)と植物ホルモン・アブシジン酸注6)による開口阻害(ABA)。(c)光照射下での光合成活性(明所)。
WT:野生株、OSA1#1-#3:プロトンポンプ過剰発現イネ。

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図3 イネのプロトンポンプ過剰発現株における成長の促進
(a)水耕栽培4週目の野生株(WT)とプロトンポンプ過剰発現イネ(OSA1#1-#3)の写真。(b)(a)の植物の乾燥重量の比較。野生株と比較して、プロトンポンプ過剰発現イネでは18-33%増加していた。

そこで、野外環境においても本技術の効果がみられるかどうかを調べるため、2年にわたって、4ヶ所の異なった隔離水田圃場における収量評価試験をおこなった結果、野生株と比較してイネ収量が30%以上増加することが明らかとなりました。さらに興味深いことに、プロトンポンプ過剰発現イネでは、施肥する窒素量を半分に減らしても、通常の窒素量の野生株よりもイネ収量が多いことが明らかとなりました(図4)。

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図4 イネのプロトンポンプ過剰発現株の野外隔離水田圃場における収量評価試験
田植え後約100日目の圃場(a)と容器に移し替えたイネ(b)の写真。(c)代表的な植物の稲穂(上)と種もみ(下)の写真。 (d)収量の比較。野生株と比較して、プロトンポンプ過剰発現イネでは27-39%増加していた。興味深いことに、プロトンポンプ過剰発現イネでは、施肥する窒素量を半分に減らしても(低窒素)、通常の窒素量の野生株よりもイネ収量が多いことが明らかとなった。WT:野生株、OSA1#1-#3:プロトンポンプ過剰発現イネ。

【成果の意義】

本研究により、イネの1つの遺伝子である細胞膜プロトンポンプ(OSA1)の発現量を増加させるだけで、根における無機養分吸収量を高め、同時に気孔の開口を大きくし、植物の二酸化炭素吸収量とバイオマスを増加させることが世界で初めて可能となりました。また、4ヶ所の野外圃場においてもイネの収量が30%以上増加すること、さらに、窒素の施肥量を半分に減らしても、通常の窒素量の野生株よりもイネ収量が多いことから、世界的な問題となっている急速な人口増加による食糧危機や、耕作地からの窒素流出による環境汚染の解決に貢献することが期待されます。

根における無機養分取り込みや気孔開口の分子機構は、植物を通じて共通していることが知られていることから、本研究グループでは、この技術を用いた植物を「ポンプ植物」と名付け、様々な有用植物での適用を今後進めていく予定です。現在は、遺伝子組換え技術により細胞膜プロトンポンプの過剰発現を行なっていますが、今後、ゲノム編集技術や化合物など、遺伝子組換え技術に頼らない方法での「ポンプ植物」の開発を進めることにより、社会での実用化がより促進されると期待されます。

【用語説明】

注1)イネ

トウモロコシやコムギとともに世界三大穀物の1つで、世界中の30億人の主食となっており、人類の食糧の25%を占める。

注2)細胞膜プロトンポンプ

ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されている。根においては、窒素、リンやカリウムなどの無機養分の取り込みにおいて重要な役割を果たす。気孔孔辺細胞においては、青色光などの光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られている。

注3)根における養分吸収

植物の必須元素は17種あり、そのうち炭素を除く16元素は、根において土壌から無機養分として取り込まれている。これら無機養分の吸収は、多くの場合は膜を介した電気化学ポテンシャル勾配を利用して行われており、この勾配は、細胞膜プロトンポンプにより形成されている。

注4)気孔

植物の表皮に存在し、一対の孔辺細胞から形成される孔で、植物は気孔を通して大気とのガス交換をおこなっている。孔辺細胞はさまざまな環境シグナルに応答して体積を変化させ、気孔開度を調節している。光による気孔開口では細胞膜プロトンポンプの活性化が必須となっている。

注5)光合成

植物の葉緑体や光合成色素をもつ生物で行われる化学反応で、二酸化炭素、水、光エネルギーを利用して、炭素化合物と酸素を生み出す。地球上のほぼすべての動物は、植物の光合成により作り出される炭素化合物をエネルギー源として生きている。

注6)アブシジン酸

アブシジン酸(ABA)は、植物ホルモンの一種で、乾燥などのストレスに応答して合成される。気孔の閉鎖や種子の休眠、生長抑制などを誘導する。

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Plasma membrane H+-ATPase overexpression increases rice yield via simultaneous enhancement of nutrient uptake and photosynthesis(細胞膜プロトンポンプの過剰発現は養分吸収と光合成を同時に促進することでイネの収量を増加させる)

著者:Maoxing Zhang, Yin Wang, Xi Chen, Feiyun Xu, Ming Ding, Wenxiu Ye, Yuya Kawai, Yosuke Toda, Yuki Hayashi, Takamasa Suzuki, Houqing Zeng, Liang Xiao, Xin Xiao, Jin Xu, Shiwei Guo, Feng Yan, Qirong Shen, Guohua Xu, Toshinori Kinoshita, Yiyong Zhu

DOI: 10.1038/s41467-021-20964-4               

2021-02-01

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