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研究ハイライト

細い道ではスピード注意 〜カビが狭い空間を通過する能力は成長速度と相関する〜

糸状菌(カビ)は菌糸と呼ばれる管状の細胞から成り、宿主細胞などの基質に、菌糸の先端を侵入させて生長・分岐し、バイオマスの分解や動植物への寄生・共生、発酵などに関わります。その際、自身の直径よりも狭い空間に入るには、その形態を変化させる必要があります。しかしこれまで、数µmという小さな菌糸細胞の可変性(あるいは柔軟性)を解析することは困難でした。本研究では、菌糸直径より細い、幅1 µmの流路を持つマイクロ流体デバイス1)を作製し、そこに菌糸を生育させて菌糸細胞の可変性を解析しました。顕微鏡によるライブイメージング解析の結果、糸状菌の中には、細い流路を通過して生長を続けるものと、そうではないものがあることが分かりました。そこで、異なる系統の7種の糸状菌について、同様の解析を行ったところ、細い流路を通過できるかどうかは、菌糸幅や系統分類上の近さではなく、菌糸の生長速度と相関があることを発見しました。つまり、生長の遅い菌糸は、可変性が高く細胞の形を変えて流路を通過できるのに対して、生長の速い菌糸は、細胞の膨圧が高いために可変性が低く、細い流路を通過しにくくなります。このことは、生長が速いと、新たな栄養源や空間を素早く占領できる一方、微小空間への侵入が難しくなるという、細胞形態の可変性と生長速度の間のトレードオフ関係を示唆しています。糸状菌が微小空間に菌糸を侵入させて生長するメカニズムを理解することにより、糸状菌が関わる生態学的役割、病原性、バイオテクノロジー、カビ汚染の制御などにつながると期待できます。

本研究は、大隅基礎科学創成財団の助成、および、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「野村集団微生物制御プロジェクト」の一環として行われました。

【研究の背景】

糸状菌(カビ)は、自然界に広く存在する微生物で、菌糸と呼ばれる管状の細胞の先端を伸ばしながら分岐して増殖し、ネットワーク構造を形成します。その過程で、多くの酵素を細胞外に出して有機物を分解し、栄養を吸収します。そのため、枯れ木や枯れ葉などのバイオマスの分解者として、生態系の物質循環に不可欠な存在です。糸状菌の中には、酒・醤油・味噌などの発酵食品の生産に関わるものや、様々な有用酵素や抗生物質の生産などバイオ産業で利用されるもの、また、植物の根に共生し、その生長に重要な役割を果たすものもいます。一方で、植物・動物・昆虫の細胞に侵入して病原性を示し、甚大な被害をもたらしたり、居住空間・食品・文化財などに生えてカビ汚染の原因になったりするものもいます。これら糸状菌の働きは、宿主細胞などの基質において、隙間のない微小空間に菌糸を侵入させて生長することで生じますが、そのためには、細胞の形を変化させる可変性(あるいは柔軟性)が必要です。しかし、幅数µmという小さな菌糸の可変性の解析は、これまで極めて困難でした。

【研究内容と成果】

本研究では、菌糸直径より細い、幅1 µmの流路(長さ50-100 µm)を持つマイクロ流体デバイスを作製し、そこに菌糸を生育させることで、菌糸細胞の可変性を解析しました(参考図A)。顕微鏡によるライブイメージング解析を行ったところ、細い流路を通過し、その後も正常に菌糸生長を続ける菌糸がいる一方で、流路を通過する際に生長が止まったり、流路から出てきた後に形態を維持できなかったりする菌糸もいることが分かりました(参考図B)。そこで、植物病原性糸状菌を含む、異なる系統の7種の糸状菌(モデル糸状菌Aspergillus nidulans、麹菌Aspergillus oryzae、アカパンカビNeurospora crassa、植物病原糸状菌Fusarium oxysporum、植物病原糸状菌Collettrichum orbiculare接合菌Rhizopus oryzae、担子菌Coprinopsis cinerea)について、同様の解析を行いました。その結果、細い流路を通過できる種と、そうでない種があること、また、細い流路を通過できるかどうかは、菌糸幅や系統分類上の近さとは相関がなく、菌糸の生長速度と相関があることが明らかになりました(参考図C)。つまり、生長の遅い菌糸は、可変性が高く、細胞の形を変えて流路を通過できるのに対して、生長の速い菌糸は、可変性が低くなり、細い流路を通過しにくくなりました。

菌糸の生長速度には、細胞内の膨圧が関わっています。生長速度の速いアカパンカビなどは、高浸透圧に感受性があることからも、細胞内の膨圧が高いと考えられます。実際に、走査型プローブ顕微鏡2)で菌糸細胞の弾性率3)を測定したところ、アカパンカビは他の糸状菌より高い値を示しました。マイクロ流体デバイス内を高浸透圧条件にしてアカパンカビを生育させると、弾性率が低下し、細胞内の膨圧が下がって、細い流路を通過することができるようになりました。このことは、生長が速い糸状菌は、新たな栄養源や空間を素早く占領できるメリットがありますが、その一方で、細胞内の膨圧が高く、微小空間に侵入し細胞形態を維持する可変性が低いという、細胞形態の可変性と生長速度の間にトレードオフが存在することを示しています(参考図D)。

【今後の展開】

糸状菌の働きは、バイオマスの分解や動植物への寄生・共生、発酵などに関わることから、糸状菌が微小空間に菌糸を侵入させて生長するメカニズムを理解することで、様々なバイオテクノロジー、生態学的役割、病原性、カビ汚染の制御などにつながることが期待できます。

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(A) 本研究で使用したマイクロ流体デバイスの概略図。(B) 流路内に侵入するモデル糸状菌Aspergillus nidulansの菌糸(核をGFPで標識)と、流路内で生長停止(矢印)または流路通過後に菌糸の膨張(*)を示すNeurospora crassa(アカパンカビ)の菌糸。スケールバーは20 µm 。(C) 異なる系統の7種の糸状菌における、流路通過に失敗する菌糸の割合と菌糸の生長速度の相関関係。 (D) 細胞形態の可変性と生長速度の間のトレードオフの概要。生長の遅い菌糸は膨圧が低く、微小空間を通過するのに対し、生長の速い菌糸は膨圧が高く、微小空間の途中で停止するか通過した場合には脱極性が生じ形態を維持できない。

【用語解説】

1)マイクロ流体デバイス

微細加工技術を利用して、微小流路や反応容器を作製し、バイオ研究や化学工学へ応用するためのデバイス(装置)の総称

2)走査型プローブ顕微鏡

先端を尖らせた探針を物質の表面をなぞるように動かして、表面状態を拡大観察する顕微鏡。試料表面の凹凸形状(高さ)を数値として正確に捉えることができる。摩擦、粘弾性、磁気、表面電位などの様々な情報を画像化する目的でも用いられる。

3)弾性率

物質の変形のしにくさを表す物性値。物質に力を加えたときのひずみと力の割合で示される。

【論文情報】

雑誌名:mBio

論文タイトル:Trade-off between plasticity and velocity in mycelial growth (菌糸生長における細胞の可変性と生長速度のトレードオフ)

著者:Sayumi Fukuda, Riho Yamamoto, Naoki Yanagisawa, Naoki Takaya, Yoshikatsu Sato, Meritxell Riquelme, Norio Takeshita

DOI:10.1128/mBio.03196-20

2021-03-17

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