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研究ハイライト

植物の根において窒素栄養の吸収を調節する新しいしくみを解明 -硝酸吸収輸送体のスイッチをオンにするタンパク質を発見-

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻の松林嘉克教授と大久保 祐里 大学院生、トランスフォーマティブ生命分子研究所の桑田啓子特任講師らの研究グループは、植物の根の窒素栄養吸収に関わる窒素(硝酸イオン)輸送体の活性をオンにする酵素タンパク質を発見しました。窒素は植物の成長に最も重要な栄養素のひとつです。植物は、土壌窒素栄養条件や植物体自身の窒素需要に応じて、根にある硝酸イオン輸送体注1)NRT2.1の活性をオン/オフすることで、窒素吸収量を調節していますが、どんな分子が輸送体のスイッチをオンにしているのかは分かっていませんでした。今回発見された酵素タンパク質は、植物がより多くの窒素を必要とする際につくられ、非活性型の硝酸イオン輸送体に付加されたブレーキ役のリン酸基を外すことで、活性をオンにする働きをする役割を担っています。この酵素をつくれない植物は窒素吸収がうまくできずに、葉が小さくなるなど正常に生育できないことが明らかとなりました。逆にこの酵素を通常よりも多くつくらせた植物では、窒素の吸収能力が高まることも示されました。これらの結果は、刻々と変動する土壌窒素栄養環境への植物の適応のしくみを理解する上で重要な手がかりとなり、今後の農業分野への応用も期待されます。この成果は、2021年3月8日付(日本時間3月9日午前1時)英国科学誌「Nature Plants」オンライン速報版で発表されました。

本研究は、平成30年度採択科研費(基盤研究S:ペプチドシグナルを介した植物成長の分子機構)および令和2年度採択科研費(学術変革研究A:長距離シグナリングを介した不均一環境変動への適応機構)の支援のもとで行われたものです。

【研究の背景と内容】

窒素は植物の成長に最も重要な栄養素のひとつであり、土壌中に存在する硝酸イオンを主な窒素栄養として根から吸収しています。植物の根の細胞表面には硝酸イオン輸送体であるNRT2.1と呼ばれるタンパク質が多数存在していて、この輸送体を利用して土壌中の硝酸イオンを細胞内へ吸収しています。硝酸イオン輸送体NRT2.1の働きは、リン酸化という修飾によってオフとなり、リン酸基が外れるとオンになることがこれまで分かっていましたが、実際にリン酸基を外す酵素(タンパク質脱リン酸化酵素注2))は見つかっていませんでした。今回の研究では、窒素欠乏など植物がより多くの窒素を必要とする際に根で作られ、根の硝酸イオン輸送体NRT2.1を脱リン酸化して硝酸吸収活性をオンにするタンパク質脱リン酸化酵素CEPHを発見しました(図1)。

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以前に私たちのグループでは、葉から根へ移行して硝酸イオン吸収を促進させるホルモンCEPDとCEPDL2を報告していました。このホルモンは、根で硝酸イオン輸送体遺伝子NRT2.1の発現量を増加させるということは明らかになっていましたが、それ以外の制御について詳しいことは分かっていませんでした。そこで今回の研究では、CEPDやCEPDL2を過剰に発現させた時に根で誘導される他の遺伝子群に着目し、その中でも強い誘導の見られたひとつの遺伝子に焦点を当てました。この遺伝子は配列から、脱リン酸化酵素と考えられ、窒素欠乏時にCEPD/CEPDL2依存的に発現が誘導されることから、CEPD-induced phosphatase(CEPH)と命名しました。CEPH遺伝子を壊したシロイヌナズナ植物体では地上部が小さくなったり、葉が黄色くなったりといった窒素欠乏特有の症状を示しました(図2)。さらに解析を進めると、CEPH遺伝子破壊株では、根における硝酸イオンの取り込み活性が低下していることが判明しました。

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CEPHが脱リン酸化酵素であることから、そのターゲット(基質)が硝酸イオンの取り込みに関係していると考えました。そこでCEPHのターゲットを定量リン酸化プロテオミクスという手法で網羅的に探索した結果、植物
の主要な硝酸イオン輸送体であるNRT2.1の501番目のセリン残基であることが分かりました。この研究とほぼ同時期に、海外のグループによって501番目のセリン残基がリン酸化されたNRT2.1では、硝酸イオンの取り込みにブレーキがかかることが報告されました。両者の結果を合わせて考えると、以下のようなストーリーが考えられます(図3)。

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植物は、窒素十分な場合に硝酸イオン輸送体NRT2.1をやや多めに合成し、その多くをリン酸化してブレーキのかかった不活性型でストックしておきます(このリン酸化のしくみはまだ分かっていません)。この窒素十分な条件下では、脱リン酸化酵素CEPHの存在量はごくわずかです(図3A)。一方、窒素不足になると葉からの窒素要求シグナルCEPD/CEPDL2によって根でCEPHがつくられ、CEPHはNRT2.1のリン酸基を外して活性化し、硝酸イオン吸収を促進させます(図3B)。

重要な点は、窒素欠乏下ではアミノ酸が新しく作れずタンパク質合成が十分にできなくなるので、窒素欠乏になってから硝酸イオン輸送体を増やすことは難しいということです。そのために、植物は窒素が十分あるうちに硝酸イオン輸送体NRT2.1をやや多めに合成して不活性型でストックしておき、窒素不足になった時にCEPHを使って活性化するという先行投資型のシステムを進化させたものと考えられます。CEPHは酵素なので、1分子でその何百倍もの硝酸イオン輸送体NRT2.1を活性化することができ、硝酸イオン輸送体そのものを作るのに比べてはるかに省エネです。

また、今回の研究では、この酵素を通常よりも多くつくらせた植物では、窒素の吸収能力が高まることも示されました。植物の窒素の吸収能力が高まれば施肥する窒素量を減らすことができるため、今後の農業分野への応用も期待されます。

【成果の意義】

植物は、根から窒素を吸収してアミノ酸を合成することができますが、我々人間は、アミノ酸を合成できないので、直接または間接的に植物から摂取しています。つまり、人間の体を形づくるタンパク質に含まれる窒素の大部分は、植物が根から吸収した窒素に由来することになります。土壌中に含まれる窒素の多くは硝酸イオンなので、植物の硝酸吸収メカニズムの解明は重要な課題として古くから世界中で盛んに研究されてきました。これまで詳しく研究されてきた硝酸イオン輸送体NRT2.1の遺伝子レベルの発現制御に加えて、タンパク質レベルの活性制御のメカニズムが明らかになったことは、植物の窒素吸収メカニズムの理解の上で大きな進歩となります。

また、本成果を応用して植物の窒素の吸収能力を高めれば、施肥する窒素量を減らすことができるため、大きな経済効果が期待できます。

【用語説明】

注1)硝酸イオン輸送体:主に根の細胞の表面にあるタンパク質で、細胞外から硝酸イオンを取り込む機能をもつ。

注2)タンパク質脱リン酸化酵素:タンパク質に付加されたリン酸基を脱離させる酵素で、様々なタンパク質の機能を調節するはたらきをする。

【論文情報】

掲載紙: Nature Plants

論文タイトル: A type 2C protein phosphatase activates high-affinity nitrate uptake by dephosphorylating NRT2.1

著者:Yuri Ohkubo, Keiko Kuwata and Yoshikatsu Matsubayashi

DOI:10.1038/s41477-021-00870-9               

2021-03-09

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