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研究ハイライト

多くの生物の核を明るく輝かせる ~蛍光色素Kakshine(カクシャイン)を開発~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)の宇野何岸(かきし) 博士(現:マックス・プランク研究所 研究員)、杉本 渚 技術スタッフ、佐藤 良勝 特任准教授らの研究グループは、多くの生物種で利用可能なDNA染色蛍光色素(Kakshine、カクンシャイン)を開発しました。 

DNAは生物の体の設計図と言われ、子孫に受け継がれる遺伝情報の本体です。真核生物において、DNAは細胞内の核に存在するほか、細胞小器官(オルガネラ)のミトコンドリアと葉緑体にも独自のDNAが存在します。一方、生命科学分野では、DNAを蛍光検出する試薬は電気泳動、PCRなど日常的な分子生物学的技術として使用されるほか、細胞周期における染色体動態や細胞小器官の複製などの、ライブイメージング解析においても欠かせない技術になっています。DNA染色蛍光色素に求められる性質として、①「高いDNA選択性があること」、②「光毒性の少ない可視光を利用できること」、③「適用できる生物種が広いこと」などが挙られます。しかし、これまでこれらの性質すべてを満たす色素はありませんでした。

研究グループが開発したDNA染色蛍光色素(Kakshine、カクシャイン)はこれら3つの性質を満たすことに加え、④「二光子励起顕微鏡注1)による深部イメージングが適用可能であること」、⑤「核内のDNAおよびオルガネラのDNAの超解像STEDライブイメージングに適用できること」がわかりました。今後、生命科学分野の様々な研究への応用や先端顕微鏡技術の普及への貢献が期待できます。

研究成果は、2021年5月11日(火)午後6時(日本時間)英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構、日本学術振興会科学研究費補助金、文部科学省科学研究費助成事業・新学術領域研究などの支援のもと行われました。

【ポイント】

  • Kakshine(カクシャイン)は従来のDNA染色蛍光色素よりも高いDNA選択性をもつことを示した。
  • 青色から近赤外まで(500 nm - 700 nm)の幅広い波長で使用できるKakshine(カクシャイン)シリーズの合成に成功した。
  • Kakshine(カクシャイン)は、複数種の動物培養細胞や植物細胞の核内のDNA(核-DNA)、ミトコンドリアDNA(mt-DNA)、葉緑体DNA(chl-DNA)を生きたまま染色できることを示した。
  • 核-DNA、mt-DNA、chl-DNAは濃度により染め分けが可能であることを示した。
  • Kakshine(カクシャイン)は、先端顕微鏡技術の適用性にも優れ、二光子励起顕微鏡による深部イメージング、STED顕微鏡注2)による超解像イメージングに適用可能であることを示した。

【研究背景と内容】

DNA(deoxyribonucleic acid)は、生物の遺伝情報の担い手であり、高感度にDNAを検出するDNA蛍光検出試薬は、生命科学研究を支える必須な分子ツールになっています。特に、細胞生物学分野においては、日進月歩で発展する先端光学顕微鏡技術を用いたDNAの動態解析が注目されています。しかし、DNA染色に使われてきた従来の蛍光色素には、高いDNA選択性を有するものの光毒性を生じる紫外線を必要とする分子や、可視光で検出可能なもののDNA選択性に乏しい分子などに頼らざるを得ないという課題がありました。研究グループは、これらの課題を一挙に解決する分子を開発するため、従来のDNAを染色する分子の構造を見直しました。その過程で博士後期の大学院生(当時)であった宇野何岸研究員は、DNAを染色する分子としては報告されていなかったピリドシアニン注3)骨格に着目し、改良を重ねました。その結果、長波長可視光でDNAを染色できる様々な誘導体の合成に成功しました(図1)。研究グループは、これらのピリドシアニン骨格をもつ対称性シアニン色素誘導体による蛍光色素を、核を輝かせる色素としてKakshine(カクシャイン)と名付けました。

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 Kakshine(カクシャイン)の構造と吸収波長特性
ピリドシアニン骨格に対し、導入するN-アリール基やメチン鎖の長さを変えることにより、可視光長波長領域(500 - 700 nm)に吸収をもつ様々な化合物を得た。また、これらすべての化合物が二本鎖DNAと結合し蛍光を増大させることを示した。

研究グループは、Kakshine(カクシャイン)誘導体の基本骨格であるPC1(N-aryl Pyrido Cyanine Dye 1)は、二本鎖DNAのアデニン(A)とチミン(T)の配列領域に特異的に結合して大きく蛍光を増大する性質があり、汎用的に使用されるDNA染色色素として知られるHoechstやPico-Greenよりも、高いDNA選択性をもつことを明らかにしました(図2)。細胞内には多くのRNAが存在するため、RNAに対して大きなDNA選択性をもつことはDNA染色色素の性質としてとても重要な要素であるため、本色素の有用性を示しています。

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 Kakshine(カクシャイン)の二本鎖DNAへの結合特性とDNA/RNA選択性
(a) ヘアピンオリゴヌクレオチドを用いて配列依存性を調べたところ、Kakshine(カクシャイン) (PC1)はAT配列をもつヘアピンオリゴのみ濃度依存的に蛍光が増大することがわかった。
(b) DNA蛍光検出試薬のDNA滴下時の蛍光増大率をRNA滴下時の蛍光増大率で割ったDNA/RNA選択性を示す。

次に研究グループは、Kakshine(カクシャイン)が複数種類の動物培養細胞だけでなく、植物の葉、根の細胞の核-DNAを生きたまま染色できることを示しました(図3)。特に、植物の根では、二光子励起顕微鏡を用いることによって最も深部にある細胞にまでKakshine(カクシャイン)が浸透し、核の染色に成功していることを示しました。

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 Kakshine(カクシャイン)を用いた核-DNAのライブイメージング
Kakshine(カクシャイン)(PC1)は、ヒト、マウス、ラットの培養細胞の他、植物細胞にも浸透し、核を染色することを示した。右図(b) は、シロイヌナズナの根の細胞を二光子励起顕微鏡で撮影したものです。組織深部の細胞まで核が染色されていることがわかった。

続いて研究グループは、Kakshine(カクシャイン)の濃度により核-DNAとオルガネラDNAを染め分け可能であることを示しました。ヒト培養細胞(HeLa細胞)では、低濃度(10 nM)では核-DNAを特異的に染色可能であり、超低濃度(100 pM)ではミトコンドリアDNA(mt-DNA)を特異的に染色できることを示しました(図4a)。また、両方が染色される濃度(1 nM)では、蛍光寿命顕微鏡注4)により核-DNAとmt-DNAを区別して可視化することにも成功しました(図4b)。さらに、植物細胞においては、核-DNA、mt-DNAに加えて、葉緑体DNA(chl-DNA)の染色も可能であり、蛍光寿命イメージングにより植物細胞に存在する3種類のすべてのDNAを1つの色素で分離し、可視化することに成功しました(図4c)。

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 Kakshine(カクシャイン)のオルガネラDNA染色性と蛍光寿命イメージング
(a) Kakshine(カクシャイン)(PC1)は、低濃度(10 nM)では核内DNAを、超低濃度(100 pM)ではmt-DNAを特異的に染色し、その間の濃度(1 nM)では、両方のDNAを染色した。
(b) 核内DNAとmt-DNAの両方が染色される濃度では、蛍光寿命顕微鏡を用いることにより蛍光波長や蛍光輝度の違いでは分離できない2種のDNAを分離できることを示した。
(c) 蛍光寿命イメージングにより、植物細胞における3種類のDNA(核-DNA,mt-DNA, chl-DNA)を1つの色素で分離して可視化することに成功した。

さらに研究グループは、光の回折限界注5)を超える解像度を持つ超解像STEDイメージングが適用可能なKakshine(カクシャイン)誘導体を見出すことに成功しました。Kakshine(カクシャイン)とSTED顕微鏡を組み合わせた結果、通常の共焦点顕微鏡では分離できない細かな核-DNA構造や、ミトコンドリア核様体注6)構造を明瞭に可視化できることがわかりました(図5)。実際に得られた画像から推定されるミトコンドリア核様体のサイズは、これまでの報告例と一致する約100 nmであることを示しました。ミトコンドリア核様体の超解像STEDライブイメージングは、従来のDNA染色色素では達成できておらず、Kakshine(カクシャイン)の有用性を強く示すものです。

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 Kakshine(カクシャイン)を用いた超解像STEDライブイメージング
Kakshine(PC3)を用いて超解像STED顕微鏡にて撮影することにより、通常の共焦点顕微鏡像では分離できない核内DNAの微細構造やミトコンドリア核様体構造の可視化に成功した。

【成果の意義】

今回開発したKakshine(カクシャイン)は、DNA染色色素として現在広く用いられる市販試薬HoechstとSYBR-Green Iの短所を補い長所を兼ね備えた蛍光色素と言えます。すなわち、DNAの検出に紫外線を必要としない高いDNA選択性を有する色素です。また、複数種類の動物細胞や植物の根、葉の組織にも浸透し生きたまま細胞内のDNAを染色できるため、多くの生物での利用が期待されます。さらに、Kakshine(カクシャイン)は先端光学顕微鏡にも適用可能な特徴を備えています。二光子励起顕微鏡を用いた深部イメージングや、STED顕微鏡を用いた超解像イメージングにも適合し、蛍光寿命顕微鏡を用いれば1つの色素で核-DNA、mt-DNA、chl-DNAを区別することも可能です。最後に、基礎医学、生命科学分野において、DNAを扱う研究は、ライブイメージング以外にも電気泳動、定量PCR、フローサイトメーターなど広範囲に行われています。高いDNA選択性をもち可視光で利用できる本色素は、今後DNAを検出する様々な手法において強力なDNA検出技術としての用途が期待されます。

【用語説明】

注1)二光子励起顕微鏡:

1つの蛍光分子が1つの光子を吸収して発した蛍光を検出する通常の蛍光顕微鏡観察に対し、二光子励起顕微鏡では1つの蛍光分子が2つの光子を同時吸収して励起されて発する蛍光を検出する。通常の蛍光観察で使用する波長の約2倍程度長い近赤外領域の波長を使用するため、生体深部イメージングに用いられている。

注2)STED顕微鏡:

光学顕微鏡の理論上の限界を超えた空間分解能で観察できる顕微鏡を総称して「超解像顕微鏡」といい、STED顕微鏡は、誘導放出抑制(STED: stimulated emission depletion)を利用した超解像顕微鏡法の1つ。誘導放出とは、励起状態にある分子に対して外部から光子を加えると、入射光と同じ位相、周波数、進行方向の光が放出される現象であり、レーザー(LASER: Light Amplification Stimulated Emission of Radiation)の光増幅にも応用されている。

注3)ピリドシアニン:

共役二重結合で結ばれたメチン鎖の両末端に窒素を含む複素環をもつシアニン化合物の一つ。メチン鎖の長さによって吸収波長および蛍光波長が異なることが知られている。

注4)蛍光寿命顕微鏡:

蛍光分子が光により励起されてから、蛍光を発してもとの状態に戻るまでの平均時間を検出されるまでの時間を計測しマッピングする方法。蛍光波長の強度による解析の欠点を補うイメージング手法として注目されている。

注5)光の回折限界:

光は波としての性質をもち、回折現象が見られる。顕微鏡などの光学系において光の回折現象が原因となる分解能の理論的な限界を「回折限界」と言う。

注6)ミトコンドリア核様体:

ミトコンドリアのDNAがタンパク質と結合して折りたたまれた構造体のこと。

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル: N-aryl pyrido cyanine derivatives are nuclear and organelle DNA markers for two-photon and super-resolution imaging

著 者:Kakishi Uno, Nagisa Sugimoto, Yoshikatsu Sato(宇野 何岸、杉本 渚、佐藤 良勝)

論文公開日: 2021年5月11日

DOI: 10.1038/s41467-021-23019-w

2021-05-13

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