岡崎両教授と岡崎フラグメントについて

1953年、R. フランクリンによる実験結果などを基礎として、J. ワトソン、F. クリックは遺伝情報を担う分子であるDNAの二重らせん構造を発表した。それを契機として、DNAの複製に関わる酵素(DNAポリメラーゼ)の同定や細胞内のDNAの半保存的複製の証明など、DNAの構造と複製に関する重要な発見が相次いでなされた。産声を上げたばかりの分子生物学が、遺伝の秘密を解き明かし生物学の主流になることを予感させる時代に、岡崎フラグメントは発見された。

 

細胞内でDNAが複製される時には、複製部位(複製点)ではDNAの二本鎖がほどけ、それぞれの親鎖DNAを鋳型として両方の娘DNA鎖が同時に伸長成長している。DNAはヌクレオチドを単位とするポリマーであり、二本鎖DNAにおいては一方が5'→3'、他方が3'→5'という逆向きの極性を保持している。したがって、複製点では二つの娘 DNA鎖のそれぞれは、互いに逆方向に伸長することを意味する。しかしながら、DNAポリメラーゼとしては5’→3’方向にヌクレオチドを合成する酵素しか知られておらず、5’→3’方向に伸長するDNA鎖(leading鎖)の複製の仕組みは説明できるが、3’→5’方向に伸長するDNA鎖(lagging鎖)の複製がどのような仕組みで行われるのかは、分子生物学における大きな謎であった。実際に、3’→5’方向にDNAを合成する酵素は今日に至るまで検出されていない。

 

1963年に名古屋大学で研究を開始した岡崎恒子博士と岡崎令治博士は、DNA複製に関するこの謎を解明しようと考えた。彼らは、複製点を電子顕微鏡で巨視的に見れば、互いに逆の極性を持つ二つの娘 DNA 鎖が同時に伸長成長しているように考えられるが、分子レベルで見れば、leading 鎖は連続的なヌクレオチドの重合により、lagging 鎖は不連続的なヌクレオチドの重合により複製される可能性を考えた。つまり、複製点近傍ではlagging鎖は、小刻みな5'→3'方向の短いDNA鎖の合成とその短いDNA鎖どうしの連結により、3’→5’方向に伸長するという仮説を考えた。この仮説を証明するために、彼らは様々な実験を重ね、ついにDNAの複製過程において、1,000~2,000塩基対の短いDNA鎖が合成されることを見いだした (1)。さらに、そのような短いDNA鎖が、DNAリガーゼ(DNA鎖を連結する酵素)の機能が低下した細胞においては蓄積し、DNAリガーゼが正常に機能すれば、短いDNA鎖が連結され、長いDNA分子が生成されることを発見した (2)。

 

DNAの不連続的複製モデルを支持する研究成果は、1968年に行われたコールドスプリングハーバーシンポジウム (Replication of DNA in Microorganisms)において発表された。岡崎グループが発見した短いDNA鎖は、R. ホッチキス博士によるシンポジウムの最後のまとめの中で、"Okazaki pieces"と名付けられ (3)、その後「岡崎フラグメント」と呼ばれるようになった。

 

DNAの不連続的複製モデルは、一応は受け入れられたものの、証明のためには、複製開始に必要なプライマーを同定し、開始反応を明らかにすることが不可欠だった。そのような中、岡崎令治博士は、1975年8月に白血病により亡くなった。その意志を受け継いだ岡崎恒子博士をはじめとした研究室全員の並々ならぬ努力を経て、岡崎フラグメントの複製に用いられるプライマーRNAが同定された (4)。この成果は、岡崎恒子博士と岡崎令治博士によって提案されたDNAの不連続的複製機構を実証する決め手となった。

 

岡崎恒子・令治博士の研究は、分子生物学の分野における革新的な発見を導いただけでなく、次世代に向かう研究者にとっては不屈の精神が重要であることも教示している。次の世代を切り開くために、両博士は常に独自の発想のもとに真実を追求してきた。

(1)

 

 

(2)

 

 

(3)

 

(4)

Okazaki R, Okazaki T, Sakabe K, Sugimoto K, Sugino A (1968) Mechanism of DNA chain growth, I. Possible discontinuity and unusual secondary structure of newly synthesized chains. Proc Natl Acad Sci USA 59: 598–605.

Sugimoto K, Okazaki T, Okazaki R (1968) Mechanism of DNA chain growth, II. Accumulation of newly synthesized short chains in E. coli infected with ligase-defective T4 phages. Proc Natl Acad Sci USA 60: 1356–1362.

Hotchkiss RD (1968) Metabolism and growth of gene substance: 1968. Cold Spring Har Sym Quant Biol 33: 857-870.

Okazaki T, Kurosawa Y, Ogawa T, Seki Y, Shinozaki K, Hirose S, Fujiyama A, Kohara Y, Machida Y, Tamanoi F, Hozumi T (1979) Structure and metabolism of RNA primer in discontinuous replication of prokaryotic DNA. Cold Spring Har Sym Quant Biol 43: 203-219.