Tsuchiya Group

1. 小さな分子が駆動する巨大な生命活動

size of molecule

細胞を構成する分子には、DNAやタンパク質のように分子量100,000を超える巨大なものから、分子量500を下回る代謝産物まで様々なものがあります。植物では、糖やアミノ酸といった生命の根幹を支える分子に加え、花びらを鮮やかに彩る色素や、光合成を行うためのクロロフィル、カビや細菌に抵抗するための抗菌物質など、20万種類を超える多種多様な代謝産物が生産されると言われています。

まずは、こういった分子の大きさについて改めて考えてみたいと思います。例えば、低分子化合物を人の大きさに例えると、タンパク質はシャチほどの大型哺乳類と同程度、細胞は、私が住んでいる名古屋市と同じくらいの大きさとなります。言い換えると、名古屋市ほどの大きな水槽に人間やシャチやクジラが詰まった状態が細胞です。では、人間はどのくらいの大きさになるかというと、なんと、地球300個分もの大きさとなってしまいます。あらためて、巨大な生物を動かす小さな分子の力には驚愕させられます。

私たちが研究対象としているのは、代謝産物の中にごく少数含まれるシグナル分子と呼ばれるものです。シグナル分子とは、生物の生理生長を変化させる信号(シグナル)として働く分子のことで、オーキシン、ジベレリンやアブシジン酸など、自身の生長を調節する植物ホルモンはその代表と言えます。特徴的な生体反応を引き起こす鍵となるのは、シグナル分子の化学構造です。植物ホルモンには立体異性を含む複雑な構造を持つものも含まれますが、細胞内では、一連の酵素反応の働きで寸分の狂いもなく合成されます。合成された植物ホルモンは、作用する細胞へと輸送され、その構造を認識する受容体タンパク質との結合することでシグナル伝達を活性化します。その結果、多数の遺伝子の発現やその機能の変化を引き起こし、生理生長の変化が起こるとされています。このような低分子性の植物ホルモンは現在9個発見されており、光や重力に対する屈性、胚発生、種子発芽、開花、栄養応答、ストレス応答など、植物内で起こるありとあらゆる生命現象に関与することが知られています。

また、シグナル分子は、生物間のコミュニケーションを担う言語として、生態系のスケールでも活躍します。フェロモンやアレロケミカルといったシグナル分子は、植物細胞で合成されたのち、大気中に揮発したり、根から土の中に放出されます。それを受け取る側の生物は、シグナル分子の種類やブレンドを認識することで生理生長や行動を変化させます。このような仕組みを持つことで、有益な微生物との共生や、害虫の天敵を呼び寄せることで身を守ったり、仲間に警報を発することができるようになります。分子の言葉で会話する能力は、動くことができない植物が自然の中で生きるために欠かせないものと言えます。