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研究ハイライト

生物学研究に新たな光 〜超解像蛍光イメージングに最適な超耐光性蛍光色素を開発〜

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の山口 茂弘(やまぐち しげひろ)教授、深澤 愛子(ふかざわ あいこ)准教授、多喜 正泰(たき まさやす)准教授、WANG Chenguang(わん ちぇんがん)研究員、佐藤 良勝(さとう よしかつ)講師、東山 哲也(ひがしやま てつや)教授らの研究チームは、生命現象などを可視化する超解像蛍光イメージングに最適な新しい蛍光色素を開発しました。

生体内の分子の動きを視るバイオイメージングは、現在の生物学研究に欠かせない研究手法の一つです。バイオイメージング技術の発展に大きく影響を及ぼしたのは、2014年のノーベル化学賞に選ばれた超解像顕微鏡の一つであるSTED顕微鏡です。STED顕微鏡は、従来の蛍光顕微鏡の限界を大きく上回る高い空間分解能によって、これまで識別が難しかった細胞内にある小器官の構造やタンパク質の動きなどの観察を可能にしました。しかし、強いレーザー光の照射を必要とすることから、タンパク質などに結合した蛍光色素の褪色が激しく、生きた細胞を視るライブイメージングなどの実践的なバイオイメージングへの応用が阻まれてきました。

ITbMの研究チームは、新たな蛍光色素分子「C-Naphox」を開発し、この色素が従来の蛍光色素をはるかに上回る耐光性をもつことを明らかにしました。今回の発明により、従来の色素では困難であったSTED 顕微鏡による繰り返し観測にも成功し、STED顕微鏡を実用レベルに押し上げるための基盤技術を確立しました。

本研究成果は、ドイツ化学専門誌「アンゲバンテ・ヘミー国際版」のオンライン版に10月23日に公開されました。

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研究の内容:

 生体組織や生命現象を可視化するバイオイメージングは、現在の生命科学研究を支える基盤技術として急速に発展してきました。中でも、蛍光イメージングは、目的の物質が存在する場所や動きを蛍光として感度よく検出できるため、観察対象を生きたまま観察することができます。そのためライブイメージングの最も有力な手法として広く用いられています。

 ところが、この蛍光イメージングには致命的な欠点が存在します。光を検出手段として用いる蛍光顕微鏡では、光の回折によって像がぼやけ、隣接した二つの物質が一つに視えてしまうため、顕微鏡で正確に観測できる対象物の大きさの下限(空間分解能)に制約が生じてしまいます。物理学者エルンスト・アッベが19世紀に提唱した「アッベの式」によると、観測可能な像の大きさは光の波長の2分の1までであり、400〜700 nm (nmは、1 mの10億分の1) の波長をもつ可視光を用いた場合には、200 nm が理論上の限界ということになります。これに対して、細胞内小器官やウイルス、DNA、タンパク質など、生命科学者が興味を持つ生体組織や分子の多くは 200 nm 以下の大きさであり、蛍光イメージングでは鮮明に観察することは困難でした。微細な生体組織や生物活性分子の動きをありのままで観察する方法の開発は、生物学研究の手法に革新をもたらす重要課題であり、多くの研究者が渇望していました。

 そんな中、今からおよそ10年前、この「200 nm の壁」を超えることのできる新たな蛍光顕微鏡、超解像蛍光顕微鏡が発明されました。1994年にStephan E. Hell博士(ドイツ・マックスプランク研究所) らによって開発された誘導放出抑制 (stimulated emission depletion; STED) 顕微鏡はその一つです。STED 顕微鏡では、蛍光色素を結合(ラベル化)した対象物に、光(励起光)とそれをドーナツ状に取り囲んだSTED光の2種類のレーザーを照射します。蛍光色素に励起光を照らすと、エネルギー状態の高い励起状態になり、蛍光を発しながら、徐々にエネルギーの低い基底状態に戻ります。さらに蛍光色素の蛍光極大波長よりも長波長のSTED光を周りに当てることにより、その部分の蛍光色素のみに誘導放出現象を引き起こし、強制的に STED 光と同じ波長でのみ発光させます。この波長の光のみをフィルターで取り除くことで、STED光の当たらない中心部のみの蛍光を高感度に検出することができるようになるため、数十nm程度にまで空間分解能を高めることができます。この発明を皮切りに、従来の蛍光顕微鏡では像がぼやけて見ることができなかった細胞内小器官を鮮明に観察できることが次々と示されました。バイオイメージングに大きな発展をもたらす画期的な技術であり、2014年のノーベル化学賞は、Hell 博士を含め、超解像顕微鏡を発明した3名の研究者に贈られました。

 しかし、これらの超解像顕微鏡を汎用的な手法として実用的に用いるためには、依然として大きな壁が存在しました。その最も大きな壁が、蛍光色素の耐光性です。超解像蛍光顕微鏡では、通常の蛍光顕微鏡と比べて格段に強いレーザー光の照射を必要とすることから、蛍光色素の褪色が深刻な問題となっています。例えば、STED イメージングにおいて、空間分解能はSTED光の強度が大きくなるほど高くなることが明らかにされていますが、STED 光を強くすることで、同時に蛍光色素の褪色も促進されてしまいます。現在の耐光性蛍光色素の代表格である Alexa Fluor® 488 や ATTO 488 といった色素ですら、 STEDイメージングに用いた際の光褪色は深刻であり、繰り返し測定を行うことが困難であるのが現状でした。これでは、STED顕微鏡の強みである高い空間分解能を生かしたままライブイメージングを行うことができません。すなわち、超解像顕微鏡技術の本来の有用性を十分に発揮するためには、強力なレーザー光の照射にも耐えうる新たな蛍光色素の開発が必要不可欠でした。

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図1.C-Naphox蛍光色素とSTED顕微鏡によるイメージング画像

 これに対して今回、研究グループは、従来の炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)原子を中心とする分子骨格に、ホウ素(B)、リン(P)、ケイ素(Si)、硫黄(S)などの通常ではあまり用いられない元素を組み込むという分子デザインをもとに、新たな蛍光色素の開発に取り組んできました。その中で、15族元素であるリン (P) を含む有機蛍光分子の構造と蛍光特性の相関について調べる過程において、リンと炭素原子で橋かけした構造をもつ C-Naphox が極めて高い耐光性をもつことを発見しました。

 C-Naphox は、現在最も耐光性に優れた蛍光色素として知られるAlexa Fluor® 488や ATTO 488 と比較しても圧倒的に高い耐光性を示します。例えば、強力なキセノンランプ (300 W) を用いて460 ± 11 nm の光を照射する実験を行ったところ、2時間の光照射によってAlexa Fluor® 488 と ATTO 488 がそれぞれ初期濃度の 26.2% および 96.7%まで分解したのに対し、C-Naphox は99.9% が分解することなく残っていました。同条件で12時間照射を行ったところ、ATTO 488 が58.7%まで分解したのに対し、C-Naphox は初期濃度の99.5%と、ほぼ定量的に生き残っていることが分かりました。

 そこで、研究チームは、C-Naphoxを用いて生きた細胞を染色し、STED 顕微鏡を用いた蛍光イメージングへの応用を試みました。その結果、極めて強いSTED光の照射下で50回繰り返し観察を行っても、 83% の初期蛍光強度を保持できることがわかりました。同条件でAlexa 488 を用いた場合には、数回の繰り返し測定でほぼ完全に褪色してしまうことと対照的な結果です。すなわち、C-Naphoxの例外的に高い耐光性により、従来不可能であると考えられてきた繰り返しSTEDイメージングが初めて実現したのです。

 リンを鍵とする分子設計により超耐光性蛍光色素C-Naphoxの開発に成功し、この色素が生細胞の繰り返しSTEDイメージングにおいてもほとんど褪色しないことを明らかにしました。この超耐光性蛍光色素の登場により、長時間の繰り返し測定を伴うタイムラプスSTEDイメージングや、ライブSTEDイメージングといった、従来の蛍光色素では不可能であった超解像蛍光イメージングが実現できると考えられます。今回開発した蛍光色素を近年発展のめざましい超解像顕微鏡技術と組み合わせることで、数々の生命現象を高精細にイメージングできる手法の開発につながるものと期待されます。

論文情報:

"A Phosphole Oxide Based Fluorescent Dye with Exceptional Resistance to Photobleaching: A Practical Tool for Continuous Imaging in STED Microscopy" by Chenguang Wang, Aiko Fukazawa, Masayasu Taki, Yoshikatsu Sato, Tetsuya Higashiyama, and Shigehiro Yamaguchi is published online on October 23, 2015 in Angewandte Chemie International Edition.

DOI: 10.1002/anie.201507939

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