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研究ハイライト

植物では両親の遺伝子の協力によって子供の形ができる 〜父母由来の因子が受精卵を非対称に分裂させることを発見〜

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)(拠点長 伊丹 健一郎)(同大学院理学研究科兼任)の植田 美那子(うえだ みなこ)特任講師、東山 哲也(ひがしやま てつや)教授、奈良先端科学技術大学院大学の梅田 正明(うめだ まさあき)教授、ゲント大学(ベルギー)のIve De Smet教授、フライブルグ大学(ドイツ)のThomas Laux教授らの研究グループは、植物では父親と母親に由来する因子が協力することで、子供を適切な形に成長させていることを初めて明らかにしました。

 植田らは、受精の際に父親の精細胞から受精卵に持ち込まれた因子が、特定のタンパク質の働きを活性化することを発見しました。さらに、このタンパク質が、母親の卵細胞から受け継いだ因子と協力することで、子供を適切な形に成長させることも分かりました。今回の発見は、父親、母親由来のそれぞれの因子が協力することで、子供の形作りを助けることを世界で初めて示した研究成果です。今後、植物の形作りの仕組みの解明や、新たな雑種植物の作出に貢献すると期待されます。

 本研究成果は、米国の科学専門誌Genes & Developmentのオンライン版で公開されました。

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研究の内容:

【本研究のポイント】

■  父親由来の因子が、受精卵で働く特定のタンパク質を活性化することを発見した。

■  このタンパク質と、母親由来のタンパク質が協力して働くことを明らかにした。

■  この協力によって子供自身で新たなタンパク質が作られることで、子供が正常な形へと成長できることを突き止めた。

【研究の背景と内容】

 多くの動物と同様に、植物でも、父親が作った精細胞と母親が作った卵細胞が受精することで、子供である受精卵が生じます(図1)。したがって、受精卵には、精細胞と卵細胞がそれぞれ持っていた遺伝子やタンパク質が混ざり合うことになります。受精卵の周囲にある栄養組織も受精によって作られますが、そこでは、父親と母親の因子が対立する「父母の軋轢」1という現象が知られています(図5)。しかしながら、子供自身である受精卵でも同じように父母の因子が対立するのか、あるいは協力して子供の成長を助けるのか、これまで全く分かっていませんでした。

Fig1_GandD_JP.png1. 受精によって父母の因子が混ざり合う様子

 植物の形作りの過程では、受精卵はまず上下に細長く伸びて、分かれる(分裂する)ことで胚2となります(図2)。これは非対称分裂3であり、上側には小さな細胞が、下側には大きな細胞ができます(図3; 野生株)。上側にできた細胞は丸い組織を作り、将来、植物体の花や葉を作る元になります。一方、下側の細胞は細長く成長し、ここから根ができます。つまり、受精卵の伸長や細胞分裂の向きによって、植物体となったときの上下の方向(上下軸)が確定することになります。今回、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の植田 美那子特任講師らの研究グループは、父親と母親のそれぞれから受精卵に持ち込まれた因子が協力することで、受精卵の非対称な分裂と、胚の適切な成長を助けていることを発見しました。

Fig2_GandD_JP.png2. 植物の形作りの様子。点線は、受精卵の分裂で上下に生じた細胞のそれぞれに由来する組織の境界を示します。

 

Fig3_GandD_JP.png3. 野生株と、父母因子を失わせた株の受精卵と胚。受精卵の分裂で生じた上と下の細胞にそれぞれ赤色と青色を付けています。また、欠損株の胚の輪郭は白線で強調してあります。スケールバーは10マイクロメートル(μm)を表しています。

 受精卵や胚の形を決めるWRKY2タンパク質は、精細胞由来の因子によって活性化される

 植田特任講師らの研究グループは以前、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、父母の両方に由来するWRKY2というタンパク質が、受精卵や胚の形を作るために働くことを発見していました。また、別の研究から、精細胞で作られたSSPという因子も、受精卵の分裂や胚の成長に重要であることが分かっていました。そこで今回、WRKY2とSSPの関係を調べたところ、SSPが持ち込まれたときに受精卵で働くシグナル経路によってWRKY2がリン酸化3され、WRKY2の働きが活性化されることが明らかになりました(図4)。リン酸化された状態を人工的に模したWRKY2を導入すると、SSPを持たない受精卵でも非対称に分裂できたことから、SSPはWRKY2を活性化することで、子供の上下方向を決めることがわかりました。

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4. 父母に由来する因子が協力する仕組み

WRKY2は母親由来の因子と協力して働く

 また、植田らの研究グループは、受精卵の非対称分裂や胚の発達を制御する母親由来の因子として、HDG11/12を発見しました(図4)。植田らの以前の研究から、WRKY2は、WOX8という遺伝子に働きかけてWOX8タンパク質を作らせることで、受精卵を非対称に分裂させることがわかっていましたが、今回の研究で、HDG11/12もWOX8遺伝子に働きかけることが明らかになりました。つまり、母親から受精卵に持ち込まれたHDG11/12は、父親由来のSSPによって活性化されるWRKY2と、WOX8タンパク質を作るために協力していることがわかったのです。

 さらに、SSP・WRKY2・HDG11/12の全てを欠損させた受精卵は、ほとんど伸びず、分裂も非対称ではなくなります(図3)。また、その後の胚も適切に発生できず、正常な形作りをすることができません。すなわち、この父母の協力は、受精卵や胚の成長にとってとても重要であることが明らかになりました。

人為的にWOX8タンパク質を作らせると、SSPHDG11/12がなくても受精卵が非対称になる

 SSPやHDG11/12を失わせた受精卵では、WOX8タンパク質がほとんど作られなくなったことから、父母因子は、充分な量のWOX8タンパク質を作ることで、子供の形作りを助けているのではないかと予想されました(図4)。そこで、SSPやHDG11/12を失わせた受精卵において、強制的にWOX8タンパク質を作らせたところ、受精卵が非対称に分裂できるようになりました。したがって、予想した通り、父母因子の協力の最終的なゴールは、子供自身に充分な量のWOX8タンパク質を作らせることで、形作りを助けることだとわかりました。

【まとめと今後の展望】

 本研究では、両親に由来する因子が協力することで、受精卵というごく初期から子供の形作りを助けることを世界で初めて明らかにしました。これは、受精卵の周囲にある栄養組織で見られる「父母の軋轢」と対照的です。本研究では、子供自身である受精卵の中では両親の因子が協調して働くという新たな関係、つまり「父母の協力」を示したことになります(図5)。今後、この協力の詳細を解明することで、父母が子供の成長を制御する戦略について、より深く理解できると考えられます。また、この協力の最終的な標的であるWOX8タンパク質を人為的に作らせることで、父母因子が無くても胚が成長できる可能性が示唆されたことから、本研究を発展させることで、父母因子が適合しない異種間での雑種植物の作出などへの貢献も期待されます。

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5. 種子内にある栄養組織と受精卵のそれぞれにおける父母因子の関係

【用語解説】

注1:「父母の軋轢」:1本のめしべから複数の種子が作られる植物の場合、母親にとっては、自分のめしべからできた種子は全て自分の子供になります。一方、異なる父親が作った花粉がめしべに付くこともあるので、父親にとっては、同じめしべから作られた種子の中でも、自分の花粉に由来するものだけが自分の子供になります。この違いから、母親は全ての子供に栄養を均等に振り分けようとし、父親は自分の子供だけに栄養を集中させようという対立が生じ、これが「父母の軋轢」と呼ばれます。

注2:胚:発生の途上にある幼生物のことで、植物の場合は、種子のなかにある個体を胚と呼びます。

注3:非対称分裂:一般的な細胞分裂では、生じた二つの細胞の大きさや働きは同じですが、違う性質をもった細胞を生み出す細胞分裂もあり、これを非対称分裂と呼びます。一般的に、植物の受精卵は非対称に分裂します。

注4:リン酸化:タンパク質にリン酸基を付加する反応のこと。多くの場合、タンパク質の構造変化を誘導することで、機能や活性を変化させることができます。

論文情報:

This article "Transcriptional integration of paternal and maternal factors in the Arabidopsis zygote" by Minako Ueda, Ernst Aichinger, Wen Gong, Edwin Groot, Inge Verstraeten, Lam Dai Vu, Ive De Smet, Tetsuya Higashiyama, Masaaki Umeda and Thomas Laux is published online in Genes & Development.

DOI: 10.1101/gad.292409.116

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