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研究ハイライト

ヒト細胞におけるミトコンドリアDNAの維持機構を発見 ~生きた細胞でミトコンドリアDNAが増える様子を観察~

 名古屋大学大学院理学研究科(研究科長:杉山 直)の佐々木 成江(ささき なりえ)准教授、佐々木 妙子(ささき たえこ)大学院生、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の佐藤 良勝(さとう よしかつ)特任講師、東山 哲也(ひがしやま てつや)教授の研究グループは、細胞の中でエネルギーを作るミトコンドリアに含まれるDNA(mtDNA)が、ヒト細胞の中で増えていく様子をとらえることに初めて成功し、mtDNAが正常に維持される仕組みを明らかにしました。

 mtDNAは、ミトコンドリア核様体(核様体)1という構造体の中に収納されており、一つの細胞の中には核様体が数百個含まれています。増殖する細胞の中で核様体の数が正常に維持されない場合、ミトコンドリアの機能不全による重大な疾患を引き起こします。しかし、細胞内で核様体の数がどのように維持されているのかという基本的な仕組みがわかっていませんでした。研究グループでは、生きた細胞内の核様体をリアルタイムで観察した結果、核様体の数が細胞周期2の特定の時期で増加し、mtDNAの複製と連動しながら適切に維持されていることを発見しました。さらに、核様体が頻繁に接着や解離する様子を捉えることに成功し、この動態制御も核様体数の維持に重要であることを初めて明らかにしました。

 これらの発見は、mtDNAの維持の基本原理に迫るものであり、将来的にmtDNAの減少に起因する疾患の発生機序の解明につながることが期待されます。

 この研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」のオンライン版で掲載されました。

mtDNA_Fig1.png1.ヒト細胞内のミトコンドリア核様体

【ポイント】

  • 細胞周期における核様体を生きた細胞でリアルタイム観察することに初めて成功した。
  • 細胞周期の特定の時期に核様体数がmtDNA複製と連動しながら増加することを初めて示した。
  • 核様体を維持するためには、核様体の動態制御も重要であることを初めて示した。

研究の内容:

 【研究の背景】

 ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーをつくる小器官です。ミトコンドリアは、約20億年前にその祖先となる細菌が別の細胞に共生して誕生したと考えられており、その痕跡として、ミトコンドリアは独自のDNA(ミトコンドリアDNA; mtDNA)を持っています。生体内でmtDNAはミトコンドリア核様体(核様体)と呼ばれる構造体に収納されており、核様体の数が正常に維持できなくなると、ミトコンドリアでエネルギーが作られなくなり、重大な疾患につながります。ヒトの細胞の場合、1つの細胞あたり数百個もの核様体が存在しています(図1)。しかし、核様体は非常に小さく観察が困難だったため、次々と分裂して増殖する細胞の中で、数百個もある核様体の数がどのように維持されているのかという、非常に基本的な仕組みが明らかになっていませんでした。

【研究の内容】

 本研究では、高感度でDNAを検出できる蛍光色素SYBR Green Iを用いて、mtDNAを選択的に染色する方法を開発し、さらに核の色で細胞周期を判別できる細胞(Fucci2-HeLa細胞)3を用いることで、生きた細胞で細胞周期における核様体を解析することに初めて成功しました(図2)。

 mtDNA_Fig2.png2.細胞周期におけるミトコンドリア核様体の観察方法の開発

 細胞周期の様々な時期の核様体の数を調べたところ、核様体の数が細胞周期のG1期(核DNA合成準備期)からG2期(分裂準備期)の間に約2倍に増加し、分裂に伴って等分配されることが明らかになりました(図3A)。また、核様体の数が顕著に増加していたのはS期(核DNAの複製期)で、核様体の数が増える時期はmtDNA複製が活発に起きる時期とも一致していました(図3B)。また、薬剤(ジデオキシシチジン)4を用いてmtDNA複製を停止させ流と、核様体数の増加が起こらなくなることも分かりました(図3C)。このことは、核様体数の増加にはmtDNAの複製が必要であることを示しています。

 mtDNA_Fig3.png

3.細胞周期におけるミトコンドリア様体数とmtDNA複製の制御

(A)細胞周期の様々な時期の核様体数(B)細胞周期におけるmtDNA複製の様子

(C)mtDNA複製を停止させたときの核様体数の変化

 また、生きた細胞内での核様体の動きをリアルタイムで観察したところ、核様体は細胞周期のどの時期においても、接着と解離を繰り返しており(図4A)、こうした動きを細胞全体で1分あたり数百回という高頻度で繰り返していることが明らかになりました。さらに、mtDNA結合タンパク質であるTFAM(Mitochondrial transcription factor A)5が減少すると、接着後に解離しにくくなり、その結果核様体が巨大化して数が減少しました(図4B)。以上のことから、核様体の動態制御もまた核様体数の維持に重要であることが初めて明らかになりました。

  mtDNA_Fig4.png 4.生きた細胞内でのミトコンドリア核様体のリアルタイム観察

(A)核様体の接着と解離の様子 (B)TFAMが減少した時の核様体の変化

【成果の意義】

生きた細胞内でミトコンドリア核様体が増える様子を観察することに初めて成功し、ヒト細胞内でmtDNAがいつどのように増えているのかという、mtDNA維持の基本的な仕組みを明らかにしました。また、生きた細胞内における核様体のダイナミックな動態を詳細に解析し、その動態制御がmtDNA維持に重要であることも明らかにしました。これらの発見は、mtDNAの維持機構の研究におけるブレイクスルーの一つになるだけではなく、将来的にmtDNAの減少に起因する疾患の発生機序の解明につながることが期待されます。

 【用語説明】

 1) ミトコンドリア核様体

数分子のmtDNAがタンパク質によって折りたたまれた構造体。

2) 細胞周期

細胞が分裂してから次の分裂までを1サイクルとした周期。1周期は、核DNA合成準備期(G1期)、核DNA合成期(S期)、分裂準備期(G2期)、分裂期(M期)の4つの時期から成る。

3) Fucci2-HeLa細胞

ヒトのHeLa細胞にFucci2プローブを導入した細胞株で、細胞周期の時期に応じて核の色が変化する。本実験系においては、核の色はそれぞれ、分裂直後には無色、G1期には赤、S期前期~中期にはオレンジ、S期後期~M期には緑を呈する。

4) ジデオキシシチジン

mtDNA複製の阻害剤。mtDNA複製に特異的であり、核DNA複製には影響を与えない。

5) TFAM

核様体の中でmtDNAに結合し、mtDNAを折りたたんでいるタンパク質。

論文情報:

"Live imaging reveals the dynamics and regulation of mitochondrial nucleoids during the cell cycle in Fucci2-HeLa cells" by Taeko Sasaki, Yoshikatsu Sato, Tetsuya Higashiyama & Narie Sasaki is published online in Scientific Reports.

DOI: 10.1038/s41598-017-10843-8

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