研究ハイライト
加熱したカーボンナノチューブの特異な熱放射物性を解明 〜鋭い発光ピーク構造、熱光変換材料に期待〜
JST戦略的創造研究推進事業において、ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授)、宮内 雄平 グループリーダー(名古屋大学 客員准教授/京都大学 准教授)、西原 大志 サブグループリーダー(名古屋大学 特任助教)らのグループは、カーボンナノチューブを高温に加熱すると、狭い波長範囲の近赤外光が放出されることを観測し、そのメカニズムを解明しました。
カーボンナノチューブは、卓越した光学、電気、機械特性を兼ね備えていることから、多彩な応用が期待される次世代材料として注目されています。しかし、カーボンナノチューブ固有の熱放射注1)の特性は、最も基本的な光学特性であるにもかかわらず、実験の難しさから明らかにされていませんでした。
本研究では特別な実験システムを構築し、1本のナノチューブを加熱して暗視野顕微鏡観察注2)したところ、半導体型のナノチューブの熱放射光は、「励起子効果注3)」と呼ばれる量子効果注4)によって、極めて狭い波長範囲に限定されることを明らかにしました。
本研究成果は、カーボンナノチューブに代表される1次元物質の基本的な光学特性を明らかにしたという基礎科学的な意義に加えて、熱をより有用な波長の光エネルギーに変換して発電する技術の大幅な高効率化につながると期待されます。
本研究成果は、2018年8月7日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。
【研究のポイント】
- 物質を加熱すると光が放出されるが(熱放射現象)、カーボンナノチューブなど、電子が前後方向にだけ動ける1次元物質の熱放射特性は明らかではなかった。
- カーボンナノチューブの熱放射だけを観測できる実験システムを作り、半導体型のナノチューブでは、熱が近赤外域の狭い波長範囲の光に変換されることを突き止めた。
- 高温の熱を光に変換して発電する技術の大幅な高効率化が期待される。
研究の内容:
<研究の背景と経緯>
物質からは、その表面温度に応じた波長の光(電磁波)が放出されています。この現象は熱放射と呼ばれ、高温に加熱されるほど波長が短い(光子エネルギーが高い)光が放出されます。光は電子がエネルギーを失うときに放出されますが、原子単体の熱放射の場合、原子ごとに決まった色の光が出ます(例:炎色反応)。これは、負の電荷を帯びた電子が正電荷を帯びた原子核にクーロン力(静電気力)で束縛されたことにより、原子中の電子は決まったエネルギーしか持てず(これを「量子化」と呼ぶ)、電子のエネルギー変化も決まった値だけになるからです(図1a, b)。一方、金属などの多数の原子が集まってできた物質(バルク材料など)では、電子は原子核に束縛されず自由に運動し、電子はさまざまなエネルギーを持てるので、さまざまなエネルギーの光が含まれた赤熱放射が観測されます(例:溶鉱炉からの光、図1a, b)。
図1 熱放射スペクトルと1次元物質の模式図
(a)原子(左)と多数の原子が集まってできた物質(バルク材料)(右)のエネルギー準位の模式図。エネルギー準位図では、縦軸がエネルギー、横軸はそのエネルギーを持つことができる状態の数(状態密度)を表している。波線矢印は電子が高いエネルギー状態(始点)から低い状態(終点)へ移る過程を表していて、そのエネルギー差と同じエネルギーを持った光が放出される。
(b)熱放射スペクトルの模式図。熱放射光を、光子エネルギーに対する強度分布で表している。
(c)1次元物質のエネルギー準位の模式図。多数の原子が集まってできた物質でありながら、原子のような特徴も兼ね備えている。
熱放射現象の研究は、100年以上前に量子力学の誕生のきっかけとなりました。現在でも、さまざまな応用を目指して、物質の熱放射スペクトルの制御注5)が盛んに研究され、たくさんの物質系の熱放射現象が詳細に調べられてきました。しかし、熱放射特性がまだ明らかにされていないのが、1次元物質と呼ばれる物質系です。
カーボンナノチューブに代表される1次元物質は、電子などの運動の自由度が1次元(前後方向だけに動くことができる)に制限されている物質です(図1c)。1次元物質では電子などの荷電粒子が互いに影響を与えずにすれ違うことができないため、荷電粒子間にクーロン力が強く働きます。この性質によって、室温から極低温の条件下の1次元物質は、多数の原子が集まってできた物質でありながら、原子のような特徴(決まったエネルギー)も兼ね備えた光学特性を持つことが報告されてきました。しかし、その固有の特性を保ったまま加熱することは技術的に難しく、1次元物質の熱放射特性は明らかにされていませんでした。
<研究の内容>
研究グループは、単層カーボンナノチューブ(以下、「ナノチューブ」と呼ぶ)が2000度以上の高温にも耐え、熱放射特性の研究に利用可能な唯一の1次元物質であることに着目しました。ナノチューブには半導体型と金属型注6)の2種類があります。半導体型ナノチューブが光を吸収したり放出したりする際には、「励起子」と呼ばれる量子状態が形成され、これに起因する特徴的な光学特性が多数報告されてきました(図2a)。励起子は、光物性の研究分野ではよく知られた量子状態の1つで、物質中に励起された電子(負電荷)と、その抜け穴である正孔(正電荷)がクーロン力によって引き付け合うことで、水素原子(1つの電子と1つの陽子(正電荷)が引き付け合ってできている電気的に中性な原子)に似た状態を形成するものです。
図2 単層カーボンナノチューブの高温光学実験の模式図
(a)単層カーボンナノチューブと励起子状態。本研究では直径が約2~3ナノメートル、長さが20マイクロメートル程度のナノチューブを使用した。半導体型のカーボンナノチューブでは、電子と正孔がクーロン力で互いに引き付けあって1つの中性の粒子のように振る舞う励起子と呼ばれる状態が形成される。
(b)ナノチューブの高温光学実験の模式図。カーボンナノチューブを真空容器中に宙づりにして、加熱用のレーザーを真空中のナノチューブに集中的に照射します。ナノチューブだけが加熱されるので、ナノチューブからの光だけを観測できる暗視野配置となっている。
(c)ラマンスペクトルを用いた温度測定。挿入図はG-modeと呼ばれるラマン信号を室温付近で測定したもの。このG-modeのピーク位置は温度に敏感で、ピーク位置と温度の関係式が報告されている。この図は、G-modeのピーク位置を2次元的に表したもので、加熱用のレーザー強度を上げていくと(縦軸)、G-modeのピーク(図中の白い箇所)が左に移動し、その位置から温度(上軸)を見積もることができる。
励起子は通常、半導体が光を吸収した際に生成され、そのエネルギーは物質ごとにほぼ決まった値を取ります。普通の半導体では、励起子を構成する電子と正孔の結び付きは弱いため、温度を上げるとすぐに電子と正孔はバラバラになってしまい、励起子効果が現れるのは低温条件下に限られます。一方、半導体型ナノチューブの場合、電子と正孔の結び付きが強いため、室温程度の条件でも、顕著な励起子状態が観測されます。しかし、熱放射が起こるほどの高温でも励起子効果が現れるかどうかは、分かっていませんでした。これまでにも電気を流すことでナノチューブを加熱した研究が報告されていますが、電気を流すためにはナノチューブを帯電させる必要があり、ナノチューブ本来の熱放射特性を議論するまでには至っていませんでした。
研究グループは、真空中に設置された1本のナノチューブを、連続波レーザーを照射することで加熱し、暗視野顕微鏡観察できる特別な光学システムを構築しました(図2b)。レーザー加熱では、ナノチューブを電気的に中性に保ったまま温度を上げることができます。ナノチューブの本来の熱放射特性を観測できる上、ナノチューブ以外はほぼ室温に保たれるので、ナノチューブからの熱放射だけを高感度に捉えることが可能になりました。また、連続波レーザーは温度測定用のラマン散乱分光注7)用の光源としての役割も兼ねており、ラマンスペクトルの変化からナノチューブの温度を測定することができます(図2c)。
半導体型ナノチューブを用いた実験では、おおよそ温度が700度程度以上になったところから、熱発光が観測されはじめました(図3a)。この発光はナノチューブの軸方向に沿って偏光注8)しており、高温でも1次元物質としての特徴が保たれていました(図3b)。発光強度の温度依存性から、熱エネルギーによる発光であることも確認できました。この発光は近赤外域でピーク構造を持っており、同温度の黒体注9)の放射スペクトルと比べると、波長範囲が大変狭い熱放射特性を示しました(図3c)。
図3 高温カーボンナノチューブからの熱放射
(a)1830度に熱せられた半導体型ナノチューブの疑似カラー写真(CCDカメラで撮影)。700度程度以上に加熱した場合に、半導体型ナノチューブから強い発光が観測される。
(b)熱放射の偏光依存性。ナノチューブの軸に平行な偏光成分を持つ光(0度と180度)の強度が最大で、垂直な偏光成分を持つ光(90度)の強度はほとんどゼロである。これは、熱放射がナノチューブ軸に沿って偏光していることを示しており、高温でも1次元物質としての特徴が保たれていることを示唆している。
(c)1200度の半導体型ナノチューブの熱放射スペクトル。挿入図は同じスペクトルと同温度の黒体からの熱放射(点線)を波長に対して表したもの。比較のため、熱放射のピークの波長で強度を規格化している。この熱放射は近赤外域の1.0電子ボルト(1.2マイクロメートル)にピーク構造を持っており、挿入図に示しているように、同温度の黒体の放射スペクトルの2マイクロメートルのピーク構造と比較して、幅が大変細く、波長が狭い範囲に決まった熱放射特性を示す。
(d)1800度以上に熱せられた半導体型(上)と金属型(下)ナノチューブの熱放射スペクトル。半導体型ナノチューブはピーク構造を持った熱放射を示すのに対し、金属型ナノチューブからはスペクトル幅が広い熱放射が観測された。
次に、半導体型ナノチューブの熱放射スペクトルがこのような鋭いピーク構造を持つ原因を調べるために、金属型ナノチューブの熱放射も測定し、両者を比較しました。その結果、1800度以上の温度でも、半導体型ナノチューブはピーク構造を持った熱放射を示すのに対し、金属型ナノチューブはスペクトル幅が広い熱放射を示すことが分かりました(図3d)。金属型ナノチューブの熱放射の特徴は他のバルク材料と似ており、電子が比較的自由に運動できることを示唆しています。クーロン相互作用の大きい半導体型ナノチューブでのみ、原子のようなピーク構造を伴った熱放射が観測されたことから、このピーク構造は励起子に由来していると結論付けました。本研究で用いた半導体型ナノチューブは、直径が数ナノメートル程度と極めて細く、さらに、卓越した耐熱性を備えています。その結果、高温でも電子と正孔の間の量子力学的な相互作用は保たれ、励起子状態も安定であるため、励起子を通して熱が決まったエネルギーを持つ光に変換され、原子のように波長範囲が狭い熱放射が起こることを明らかにしました。
<今後の展開>
本研究では、半導体型ナノチューブには、励起子効果によって熱を狭い波長範囲の光に変換する性質があることを発見しました。半導体型ナノチューブのこの性質は、波長選択型の熱エミッターと呼ばれる熱から決まった範囲の波長(エネルギー)の近赤外光を発生させるデバイスへの応用展開が期待されます。特に、半導体型ナノチューブの熱放射波長は太陽電池の発電効率が最も高くなる近赤外域に分布しているので、ナノチューブを使って熱を近赤外光に変え、太陽電池に入力することで高い効率で発電できると期待されます。今後は、環境発電などの応用に向けたナノチューブの熱光デバイス化を進めていく予定です。
<用語解説>
注1)熱放射:有限温度の物体から、熱が電磁波(光)として放出される現象。
注2)暗視野顕微鏡観察:試料からの光(散乱光や反射光、発光など)だけを使って顕微鏡で観察する方法。真っ暗な背景に明るく光る試料が観測できる。
注3)励起子効果:励起子とは、固体中で電子を励起(エネルギーの高い状態にすること)したときに、もともと電子(負電荷)があった部分に正の電荷を持つ正孔と呼ばれる抜け穴が生じ、それら電子と正孔がクーロン力で互いに引き付け合って形成される、水素原子に似た量子状態のこと。励起子効果とは、励起子が引き起こす効果のこと。
注4)量子効果:ミクロな世界で表れる量子力学特有の効果。
注5)熱放射スペクトルの制御:物質に微細加工を施すなどして、さまざまなエネルギーの光が含まれた熱放射ではなく、特定のエネルギーだけの光だけを含んだ熱放射にすること。
注6)半導体型と金属型:カーボンナノチューブの電気的な性質は構成する炭素の配列によって決まり、金属型と半導体型のカーボンナノチューブに分類される。
注7)ラマン散乱分光:物質に光を照射すると、散乱光の一部は、物質の格子振動の周波数に相当する分だけ、光の周波数が変化する。これを観測することをラマン散乱分光と呼ぶ。
注8)偏光:電磁波(光)の電場の振動する方向が特定の向きにそろっていること。
注9)黒体:全ての波長の光を完全に吸収する物体のこと。
論文情報:
This article "Ultra-narrow-band near-infrared thermal exciton radiation in intrinsic one-dimensional semiconductors" by Taishi Nishihara, Akira Takakura, Yuhei Miyauchi & Kenichiro Itami is published online in Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-018-05598-3
リンク:

左から:伊丹 健一郎教授、宮内 雄平客員准教授、西原 大志特任助教
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2018-08-06