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研究ハイライト

三次元ナノカーボン材料の新しい合成法 ~触媒反応で炭素をつなぎ、曲がった八角形構造をつくる~

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎(拠点長、大学院理学研究科 教授、JST戦略的創造研究推進事業 ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括)、村上 慧 特任准教授、松原 聡志 大学院生らは、 ベンゼン環をつないで八員環構造注1)をつくる新触媒反応を開発し、三次元ナノカーボン分子の精密かつ簡便な合成法を確立しました。

優れた物理学的性質を示すことが予測される三次元ナノカーボン分子は、ダイヤモンドより硬い高硬度材料、燃料電池材料、そして次世代有機エレクトロニクス材料として 広く注目されています。しかし、構造が精密に制御された三次元ナノカーボン分子の合成はいまだ容易ではありません。これまでに知られているナノカーボン分子の多くは平面二次元構造であり、合成の困難さから三次元ナノカーボンの物性は十分に調べられていませんでした。

三次元ナノカーボンの合成を実現した本手法の鍵は、パラジウム触媒を用いた新反応です。この反応により、炭素からなる八角形構造の構築を可能にしました。一般に、八角形を含むナノカーボンは三次元構造になります。今回の手法により、八角形を構築しながら基質となる多環芳香族炭化水素を連結し、新たな三次元ナノカーボン分子へと導くことに成功しました。

本研究成果は、三次元構造のナノカーボン分子合成における画期的な成果であり、将来、新物性の発見と解明、そして次世代機能性材料の開発が期待されます。本研究成果は、2020 7 27 16 時(英国夏時間)に英国科学誌Nature Catalysisのオンライン版で公開されます。

【研究の背景と内容】

炭素のみから構成されるナノカーボンは多彩な物性を示す優れた機能性分子群として、広く注目を集めてきました。例えば、フラーレン(球状:1996年ノーベル賞)、カーボンナノチューブ(筒状:1991年発見)、グラフェン(シート状:2010年ノーベル賞) が知られています(図1A)。このいずれにも分類されない未踏ナノカーボンとして、八員環を含む周期性三次元ナノカーボンがあります。1991年のMackayらの理論提唱以降、 様々な構造をもつ周期性三次元ナノカーボンが提案されてきました。これらの周期性三次 元ナノカーボンはダイヤモンドに勝る機械的強度、自発的な磁性の発現といった優れた物性をもつことが予測されています。一方で、これらの理論的分子を合成することは極めて難しく、これまで幾多の挑戦をはねのけてきました。

その難しさの一因は八員環構造にあります。周期性三次元ナノカーボンでは、八員環構造が周期的に現れます(図1B)。そのため、周期性三次元ナノカーボンを合成するには八員環を連続構築する必要があります。しかし、一般に八員環構造は構築自体が難しく、効率的に複数の八員環を作ることは困難であると考えられていました(図2)。周期性三次元 ナノカーボンの部分構造である多環芳香族炭化水素(PAHs)を簡便に八員環でつなぐことができるようになれば、三次元ナノカーボン合成への道が見えてきます。究極的には周期的に八員環を構築し、新しい機能性材料の開発を実現する革新的な手法となりえます。これらの理由から、効率よく八員環を構築する手法の開発が望まれていました。

本研究グループは今回、多環芳香族炭化水素(PAHs)をパラジウム触媒によってつなぎ合わせ、八員環を作る新しい手法を開発しました(図3A)。本手法では PAHs のベイ領域 (4炭素ユニット)注2)に塩素原子を有する分子を基質として用い、二量化反応を行うこ とで炭素 8 個(4炭素+4炭素)からなる八員環構造を構築することができました。合成した分子は八員環に由来して高度にねじれた構造(三次元構造)を有しています。専門的 な内容になりますが、さらにビフェニレンと呼ばれる分子を4炭素ユニットとして用いたクロスカップリング注3)反応を行うことにより、世界初の八員環構築クロスカップリング 反応も達成しました。これらの触媒反応の一般性は高く、様々な三次元分子を効率的に構築することができます。具体例として、塩素部位をつもつトリフェニレン注4)に対して、ビフェニレンを3つ作用させることにより、新たな八員環を3つ含む三次元ナノカーボン分子を構築することができました(図3C)。これは周期性三次元ナノカーボンの部分構造 に対応する分子であり、複数の八員環構造を一度に構築できた点において、極めて高い新規性を有しています。得られた分子の構造を図4に示しています。八員環に由来した高度 に湾曲した構造は、従来の手法では合成困難な新分子です。さらに、周期性三次元ナノカ ーボンの部分構造を図4C に示していますが、青くハイライトした部分が合成した分子の 構造に当てはまります。このように本新手法を通して、周期性三次元ナノカーボンの合成 に先鞭をつけることができました。

【本研究の意義と今後の展開】

本研究は全く新しい三次元ナノカーボンの合成法を提供するものであり、有機合成化学、材料科学、触媒化学に大きな進展をもたらすものです。本手法で合成されるナノカーボン材料を応用することにより、高硬度材料や燃料電池材料など、非常に幅広い応用が期待されます。

【参考図】

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1 ナノカーボン

(A)ナノカーボンは炭素原子だけでできた物質である。その構造によって、分類される。

(B)三次元ナノカーボンの部分構造を詳細に記載した。部分構造を拡大すると八員環部位が含まれることがわかる。

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2 従来の環構造を構築する手法

これまで知られているベンゼン環をつなげる手法では、六員環ができるのが一般的であった。そのため、湾曲した構造になる八員環を構築することは難しい。

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3 本研究で達成した合成反応

(A)パラジウム触媒を用いる環化二量化反応と環化クロスカップリング反応

(B)三連続の八員環構築反応

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4 三連続八員環構築反応で合成した分子

(A)X線結晶構造解析によって明らかになった構造(分子正面)

(B)X線結晶構造解析によって明らかになった構造(分子側面)

(C)類似の構造を有する周期性三次元ナノカーボンの部分構造(対応する部分が青色でハイライトされている)

(D)立体視

【用語解説】

注1)八員環構造

8つの炭素から構築される環状構造のこと。

注2)ベイ領域

多環芳香族炭化水素において、4つの炭素から構成される部位の名前。

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注3)クロスカップリング

二つの異なる分子をつなぎ合わせる有機化学的手法のこと。

注4)トリフェニレン

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【論文情報】

掲載雑誌: Nature Catalysis 論文名: Creation of negatively curved polyaromatics enabled by annulative coupling that forms an eight-membered ring

著 者: Satoshi Matsubara, Yoshito Koga, Yasutomo Segawa, Kei Murakami, Kenichiro Itami
(松原 聡志、古賀 義人、瀬川 泰知、村上 慧、伊丹 健一郎)

論文公開日: 2020年7月27日16時(英国夏時間)

DOI: 10.1038/s41929-020-0487-0

URL: https://www.nature.com/articles/s41929-020-0487-0




2020-07-28

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