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研究ハイライト

有用有機フッ素化合物の迅速合成法の確立 ~創薬、機能性分子開発の足掛かり~

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)のCathleen Crudden(キャサリン クラッデン)客員教授、南保 正和 特任講師、前川 侑輝 日本学術振興会特別研究員、東京大学の横川 大輔 准教授らは、医農薬品に重要であるフッ素化されたアルケン類を効率的に得られる新規合成法の開発に成功しました。本合成法の特徴は、フッ素と硫黄元素を含む有機化合物に、有機合成で汎用される有機マグネシウム試薬を添加するだけという非常に単純な操作のみで、多様なフッ素化されたアルケン類を合成できる点です。本手法を駆使することで既存の生物活性化合物の誘導体を短工程で合成し、その有用性を実証しました。

本合成法は入手·調製容易な試薬を用いて実施することが可能であり、従来にない新しい医農薬品や有機材料の開発に貢献すると期待されます。

本研究成果は、20209月1日に米国の科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(17K17805)の支援のもとで行われたものです。

【研究背景と内容】

フッ素は最も電子陰性度が大きい元素であり、有機分子に導入することで、その性質を劇的に変化させることができます。また、炭素とフッ素の結合は炭素と水素の結合に比べて強固であるため、代謝や酸化に対する安定性が向上することが知られています。そのため、有機フッ素化合物は非常に多くの医農薬品や有機材料に含まれており、その重要性はますます高まっています。ジフルオロアルケン類は2つのフッ素が二重結合上に導入された構造を有する化合物の総称です。カルボニル基の生物学的等価体注1とも言われ、創薬研究においても注目されています。中でも二重結合上の置換基がすべて置換されたgem-ジフルオロアルケン類(下図)は、医農薬品以外に様々な有機フッ素化合物の出発原料としても用いられる有用な化合物群の一つとされています。

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これまで様々なジフルオロアルケン類を合成する手法が開発されてきましたが、毒性や反応性の高い危険なフッ素化試薬を用いる手法や、出発化合物の合成に多段階を有するなどといった課題がありました。近年、危険な試薬を使用しない方法が報告されてきましたが、それでもまだgem-ジフルオロアルケン類の汎用的な合成法は極めて限定的でありました。有効な合成法が欠如していたため、この骨格を活用した創薬·材料開発研究は立ち遅れており、簡便に、かつ、短工程で合成できるgem-ジフルオロアルケン類の新規合成法の開発が望まれてきました。

Crudden客員教授、南保特任講師らの研究グループは、これまでに有機硫黄化合物の1つであるスルホン注2を鋳型に用いることで、様々な有用分子群の自在合成法を開発してきました。最近ではトリフルオロメチル基(CF3)を有するスルホン(トリフロン)に着目し、フッ素化とスルホン部位の切断を伴うクロスカップリング反応によってフッ素化されたジアリールメタン類の自在合成に成功しています。

そこで、研究グループはトリフロンを利用した新しいフッ素化合物の合成法の開発を目指しました。すなわち、水素原子の引き抜き(脱プロトン化)と炭素-フッ素結合の活性化、続く二酸化硫黄(SO2)の脱離によって前例のないgem-ジフルオロアルケン類への変換反応が実現できると考えました。この反応はランバーグ-バックランド反応注3として知られていましたが、これまでフッ素化されたスルホンで達成した例はありませんでした。

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今回Crudden客員教授、南保特任講師らの研究グループは、トリフロンを有機合成で汎用される有機マグネシウム試薬と反応させるgem-ジフルオロアルケン類の新しい合成法の開発に成功しました。原料となるトリフロンには様々な炭素置換基を導入することが可能であることから、これまで合成が困難であったgem-ジフルオロアルケン類へと迅速に導くことができる有用な手法といえます。本反応で用いた有機マグネシウム試薬は、水素原子を引き抜く塩基として働くことに加え、炭素フッ素結合の活性化剤として機能することが非常に重要なことが分かりました。研究グループは、この有機マグネシウム試薬の興味深い機能を、詳細な合成実験および理論計算によって示すことに成功しました。

本手法によって合成できるgem-ジフルオロアルケン類は、さらに様々なフッ素化された化合物へと変換することが可能です。開発した反応を用いることで、抗酸化作用を有する乾燥生姜の根に含まれるジンゲロンのカルボニル基をフッ素で置き換えた誘導体を、安価なオイゲノールから短工程で合成することに成功しました。

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【成果の意義】

今回、ITbMCrudden客員教授、南保特任講師らは、簡便に合成可能なトリフロンからgem-ジフルオロアルケン類への効率的な合成法の開発に成功しました。本合成法は、多様な構造を有するgem-ジフルオロアルケン類の合成を可能とするもので、有機合成化学における新たな合成戦略を提示するものです。本合成法は入手・調製容易な試薬を用いて実施できることから、今後、多くの研究者が本合成法を活用し、従来にない新しい医農薬品や有機材料の開発に貢献すると期待されます。

この研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(17K17805)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】

注1)生物学的等価体:生物学的に類似の機能を示す化学構造。近年の医薬品開発に重要な概念。

注2)スルホン:有機硫黄化合物の1つであり、硫黄上が2つの炭素と2つの酸素が結合している分子の総称。

注3)ランバーグ-バックランド反応:スルホンに塩基を反応させることで二酸化硫黄(SO)を放出しながらアルケン類へと導く人名反応。通常、硫黄に結合した炭素上に塩素や、臭素、ヨウ素などのハロゲン元素が導入されたスルホンが用いられる。

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society

論文タイトル:Alkyltriflones in the Ramberg-Bäcklund Reaction: An Efficient and Modular Synthesis of gem-Difluoroalkenes

著者:前川 侑輝(日本学術振興会特別研究員)、南保 正和(特任講師)、横川 大輔(東京大学准教授)、Cathleen M. Crudden(客員教授、クイーンズ大学教授)

DOIhttps://doi.org/10.1021/jacs.0c07924

2020-09-02

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