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研究ハイライト

概日リズムの自在な操作を実現 ~時計キナーゼを光で調節する化合物を開発~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の廣田 毅特任准教授は、オランダ・グローニンゲン大学のBen Feringa 教授、Wiktor Szymanski 准教授、Dušan Kolarski 研究員らとともに、概日時計を調節するキナーゼ阻害剤に、光で構造が変化する「光スイッチ」を組み込んだ化合物を開発し、哺乳類の細胞が示す概日リズムを光によって自在に操作することに成功しました。
概日時計は睡眠・覚醒などのさまざまな生理現象に見られる1日周期のリズムを支配しており、その機能が乱れると睡眠障害やメタボリックシンドローム、がんなどの疾患に影響を及ぼすことが指摘されています。今回の成果により、全身の細胞に存在する概日時計に対して、タイミングや場所を狙った操作の実現に向けた道が拓け、生物が1日の時間を測る仕組みの理解や疾患の制御への応用が進むと期待されます。

本研究成果は、2021年5月26日午後18時(日本時間)英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

【研究の背景】

朝目覚めて、夜眠るというように、私たちの生命活動の多くは1日の周期で繰り返します。これらのリズムを司る体内の仕組みを「概日時計」と呼びます。概日時計は、時計遺伝子ならびに時計タンパク質注1)の相互作用によって構成されますが、1日という長い周期で、どのように安定して時を刻むことができるのか、その仕組みは未だ謎に包まれています。研究チームはこの問題に取り組むため、化合物が概日リズムに与える影響をヒトの培養細胞を用いて大規模に解析する手法を確立し、化学と生物学とを融合させたケミカルバイオロジー注2)の手法を応用することで、1日周期の決定に関わる重要な分子機構を明らかにしてきました。そのひとつが、概日リズムの周期を強力に延長するLongdaysin(図1A)で、この化合物はタンパク質キナーゼのCKIの機能を阻害します。
概日時計機構は全身の個々の細胞に存在することから、複雑な時計システムの全体像を解明していくには、狙ったタイミングと場所で概日時計を操作する技術が必要です。近年、光に応答する分子を用いて化合物の作用を時間・空間的に制御する手法として、光薬理学注3)が注目を集めています。今回、研究チームはLongdaysinを用いて、光薬理学による概日リズムの自在な制御を試みました。

【研究の内容】

アゾベンゼン(図1B)は光薬理学において光スイッチとしてよく用いられる分子で、紫外光によってトランス体からシス体に、白色光によってシス体からトランス体に構造変化します。可逆的な機能操作を可能にするためには、シス体とトランス体の間で構造変化の効率が高いこと、シス体とトランス体のそれぞれが安定であること、シス体とトランス体の間で生物活性が大きく異なること、などが求められます。しかし、一般的にアゾベンゼンのシス体の安定性は低く、概日リズムのような長時間スケールの生命現象への応用は困難であると考えられていました。
研究チームはLongdaysinにアゾベンゼンを導入した様々な化合物を合成し、シス体の安定性を解析しました。その結果、多くの化合物はシス体の半減期が数分間程度と、非常に低い安定性を持っていました。つまり、光を当ててもすぐにトランス体に戻ってしまうため、光を用いて概日リズムを調節することができません。しかし興味深いことに、いくつかの化合物ではシス体の半減期が10時間以上と、高い安定性を持つことを見出しました。特に、アゾベンゼンのオルト位にフッ素原子を2つ持つ化合物7(図1A)は、シス体が50時間以上という非常に長い半減期を示し、概日リズム調節の有力な候補であることがわかりました。

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図1. Longdaysinとその誘導体の構造 (A) およびアゾベンゼンの構造 (B)

LongdaysinはCKIを阻害することで概日リズムの周期を延長します。そこで、化合物7がCKIの活性に与える影響を解析しました。その結果、トランス体がシス体よりも強くCKIを阻害することが判明しました。つまり、光を用いてCKIの活性を制御することに成功しました。さらに、あらかじめ紫外光を照射してシス体にした化合物7をヒトの培養細胞に投与して概日リズムに与える影響を解析した結果、光を当てなかった場合(トランス体)と比べて、概日リズムの周期を延長する効果が弱まることを見出しました(図2A)。続いて、シス体に白色光を照射してトランス体に戻したところ、周期を延長する効果が回復しました。すなわち、概日リズム周期の光による可逆的な操作が可能となりました。

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図2. 化合物7 (A) および化合物9 (B) を用いたヒト培養細胞の概日リズム周期の操作

紫外光は細胞毒性を示すことから、細胞への光照射による制御に向けて、より長い波長の光を用いる必要があります。そこで、アゾベンゼンのオルト位にフッ素原子を4つ持つ化合物9(図1A)を合成しました。この化合物は緑色光によってシス体に、紫色光によってトランス体に高い効率で構造変化し、シス体の半減期は50時間以上と、化合物7と同様に優れた性質を示しました。化合物9を細胞に投与した後に緑色光を照射してシス体にしたところ、光を当てなかった場合(トランス体)と比べて周期延長効果が低下し、さらに紫色光を照射したところ、周期延長効果が回復しました(図2B)。緑色光による周期を延長効果の低下は、ヒトの細胞だけでなく、マウスの視交叉上核や脾臓を培養した実験においても観察されました。以上の結果から、可視光を用いて概日リズムの周期を細胞レベルで可逆的に変化させることに成功しました。
さらに研究チームは、この可逆的な周期変化を概日リズムの時刻の調節に応用しました。シス体の化合物9を投与した細胞に紫色光を照射してトランス体にし、その3日後に緑色光を照射してシス体に戻したところ、これらの光を照射しなかった細胞と比べて、概日リズムの時刻を約5時間も遅らせることができました(図3)。

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図3. 化合物9を用いたヒト培養細胞の概日リズム時刻の操作

【今後の展望】

今回の研究では、最先端の光薬理学の応用により、光を用いてCKIの機能を可逆的に調節することで概日リズムの周期を自在に変化させることを実現しました。この成果は、今後、時間的だけでなく空間的な制御に適用することにより、多細胞からなる概日時計システムの複雑な細胞間相互作用ネットワークを解析するための有用なツールになると期待されます。化合物9のシス体は非常に安定であり、概日リズムに限らず、CKIが関与する様々な生理現象の長期的かつ可逆的な制御を可能にするに違いありません。CKIによる時計タンパク質PERのリン酸化は、その遺伝子変異がヒトの睡眠相前進症候群の原因となります。CKIの自在な調節による概日リズムの周期や時刻の制御は、このような疾患だけでなく、現代社会におけるシフトワークなどによる時差ボケの解消への応用が将来的に期待されます。

本研究は、ITbMの伊丹 健一郎 教授とフロハンス タマ 教授、および本学環境医学研究所の小野 大輔 講師らと共同で行われました。文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、科学研究費助成事業 基盤研究(B)(18H02402)、挑戦的研究(萌芽)(18K19171、20K21269)、上原記念生命科学財団 研究奨励金、武田科学振興財団 ライフサイエンス研究継続助成、金原一郎記念医学医療振興財団 基礎医学医療研究助成金などの支援のもとで行われたものです。

【用語説明】

注1)時計遺伝子ならびに時計タンパク質:概日時計が働くために必要な遺伝子とタンパク質。哺乳類においてはPER1、PER2、CRY1、CRY2、CLOCK、BMAL1の6種類が知られている。これらの遺伝子やタンパク質の機能制御が概日時計の働きに重要な役割を果たすと考えられている。CKIはPERをリン酸化して分解に導く作用をもつ。

注2)ケミカルバイオロジー:化学の力を応用して生物学の謎に取り組む手法。

注3)光薬理学:特定波長の光によって構造が変化する光スイッチや光分解性の保護基を目的の化合物に導入することで、光を用いて化合物の活性を時空間的に操作することを目指す学問領域。

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Reversible modulation of circadian time with chronophotopharmacology

著者:Dušan Kolarski, Carla Miró Vinyals, Akiko Sugiyama, Ashutosh Srivastava, Daisuke Ono, Yoshiko Nagai, Mui Iida, Kenichiro Itami, Florence Tama, Wiktor Szymanski, Tsuyoshi Hirota, Ben L. Feringa

DOI:10.1038/s41467-021-23301-x

2021-05-27

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