伊丹 健一郎 (ITbM 拠点長)

上村大輔先生のご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。心の底から感謝し、尊敬するとても大きな存在であった上村先生を失ったことを今はまだしっかりと受け止めることができておりません。上村先生は天然物化学における真にユニークな巨人でした。伝説であり天才でした。上村先生は、現在の名古屋大学の化学を築き上げたリーダーでした。常に我々をインスパイアし、私たちが科学や研究に取り組む姿勢ややり方に決定的な変革をもたらした、偉大で愛すべき指導者でした。

上村先生は、私の人生を変えて下さった恩人であり、化学の世界における父親といっていい存在でした。18年前に初めて先生に出会ったときから、ユニークそのものの上村先生に少しでも近づきたいというのが私の目標でした。そして、上村先生の導きと教えがなければ名大伊丹研もITbMも存在しませんでした。2004年秋に先生からかかってきた一本のお電話がなければ、私が名大に来ることはありませんでした。2008年に上村先生の後任として名大理学部化学科の有機化学研究室を任されることもありませんでした。化学と生物の境界領域にこんなにもワクワクする世界が広がっていることを、上村先生は数々のユニークな天然物化学の研究で私たちに見せて下さいました。まさに上村先生への憧れが、2012年のITbM設立の動機でありました。

また、上村先生が始められた平田メモリアルレクチャー(現在の平田アワード)の実行委員・選考委員に加えて頂き、毎年一回受賞者をお招きし、素晴らしい時間を過ごさせて頂きました。世界トップの若手有機化学者たちが、上村先生の大ファンになり、上村イズムがどんどんと浸透していく様子を目の当たりにし、先生の偉大さをいつも感じていました。「こじんまりとするな。世界で大きく羽ばたけ。」と常に高みを目指すように指導して頂きました。また、私が何度かつらい状況に置かれたとき、上村先生は離れていても何故かいつもそれを察知され、必ず電話をして励まして下さいました。様々なアドバイスをして下さいました。涙が出るほどうれしかったです。

驚くような鋭い直感、洞察力、破格のスケール感をおもちであるばかりでなく、太陽のように明るく、前向きで、そして桁外れの人想いに溢れた上村先生でした。かけがえのない、とてつもなく大きな存在でした。研究者として、教員として、人間として、上村先生は私にとって永遠の目標です。これまでもずっと、そしてこれからもずっと。

上村先生が遺された数々の偉業と思い出は、ITbMで、名古屋大学で、そして世界中の科学界で永遠に生き続けます。

上村先生、どうか安らかにお眠りください。

 

山口 茂弘 (ITbM 副拠点長)

上村大輔先生の訃報に接し,ただただ寂しいばかりです.19年前に名大に赴任して以来これまで本当にお世話になり,多くのことを学ばせていただきました.赴任したての私は,先生の豪快かつ温かいお人柄に即座に惹かれ,そしてそのお人柄が反映されたダイナミックな研究に圧倒されました.まさに夢のある天然物化学で,当時多くの若者が先生を慕って集まり,実に活気のある研究室でした.名大を定年退職された後にも,僕はやりたいことがあるんだ,ずっと続けますよ,と常々言われていた先生のお姿が素敵で,憧れもしました.先生のお声がけで始まり,名古屋と世界をつなぐ大事な取り組みとなった平田メモリアルレクチャーシップ(現平田アワード)では,毎年,講演会終了後,最後にはお決まりのホテルのバーに行き,先生とともに受賞者を囲んで皆でダイキリを飲み,話に花を咲かせました.先生がいらっしゃると常に勢いのある空気が出来上がり,皆が元気をもらえる,そんなストレートで懐が深い先生でした.名大の有機化学を強力に牽引いただき,一時代を築いていただき,名古屋を離れられた後もいつも気にかけていただきました.先生から頂いた数々のご指導,ご厚情に感謝するばかりです.心よりご冥福をお祈りいたします.

 

大井 貴史 (ITbM)

上村大輔先生の訃報に接して

上村先生、

 あまりにも突然に旅立たれ、先生の永遠の不在を受け入れることができません。寂しさや悲しみよりも、ただ信じられず、残念でなりません。

 学生時代より、先生のお名前と天然物化学、特に海洋産の極めて複雑な構造をもつ天然物の単離・構造決定における比類のないご研究は、岸先生とのホットラインにまつわる伝説とともに存じ上げておりましたが、私が初めて先生にお会いし、お話ししたのは、2006年に名古屋大学で研究室を主宰するチャンスをいただいた時だったと思います。それ以来、平田アワードや大学院教育プログラムなどの活動を通じて先生のお人柄に触れ、ITbMの設立を契機として定期的に時間を共有させていただく機会に恵まれたことは、本当に幸運でした。名古屋大学の有機化学に関わる教員の世代交代が円滑に進み、部局を越えた真の交流が生まれて活力に満ちた今があるのは、先生がおられたからこそです。先生のスクールに在籍していたわけではない私も、名古屋大学の有機化学の伝統を築いてこられた先生に導かれ、育てていただいたと強く感じております。

 いつもお会いする度、言葉では言い尽くせない唯一無二の笑顔で声をかけてくださり、科学研究に話題が及べば、鋭い視点から時に強い言葉で現在と将来の可能性を表現され、叱咤激励してくださいました。それらのメッセージの奥にある厳しさと優しさが、先生の懐の深さと独特のユーモアゆえに、心の深部に届いてきたのです。それに支えられて歩いてきた私達にとって、先生はかけがえのない、大きな大きな存在でした。

 先生が遺された研究と教育への計り知れないご貢献、そして数えきれない記憶のすべては、先生を知る世界中の人達の中でこれからも生き続けるにちがいありません。私も、多くの仲間とともに、先生から与えていただいたものをしっかりと継いでまいります。

 ご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

 

Cathleen M. Crudden (ITbM; Queen’s University, Canada; The Hirata Award Committee)

   It was with great sadness that I learned of Professor Uemura’s untimely death. He was without a doubt a visionary in the area of natural products chemistry. His work with palytoxin stands out as a remarkable example of structure determination in hugely complex molecules. This is an example that I have used in my organic classes for years. However, what I will remember about him most is his joyful and inclusive attitudes. He was always happy to spend time with students and young faculty and was rarely without a smile. His outgoing and jovial demeanour along with his rapier sharp intellect made him a truly unique person and a true joy to be around. He will be sadly missed.

 

Jeffrey W. Bode (ITbM; ETH-Zürich, Switzerland; The 6th Yoshimasa Hirata Memorial Lecture, 2009; The Hirata Award Committee)

   I first met Uemura-sensei in the early 2000s, when I was a postdoc at the Tokyo Institute of Technology. Previously, I had known him only by name – as part of the fearless team from Nagoya University who had elucidated the planar structure of palytoxin, a feat that to this days stands as one of the greatest achievements of organic and analytical chemistry. Later on, in January 2010 I had the honour to be hosted by Prof. Uemura for the Hirata Memorial Award, one of the best experiences of my professional life. It was a snowy day in January, but Uemura-sensei was not going to let that bother him. With an also lively Nakanishi-sensei in tow, we crossed the town for restaurant, to bar, to nicer bar in an evening filled with science and laughter. Upon joining ITbM a few years later, I enjoyed many chances to interact with him again, especially through intense debates selecting the next Hirata awardees. Nagoya will not be the same without him, but I am blessed by the chance to spend many memorable days (and nights) together.

 

 

ITbMからの哀悼のことば

上村大輔先生

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