名古屋大学 卓越大学院プログラム

トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム

Graduate Program of Transformative Chem-Bio Research

活動報告

2021年度GTR Research Awardインタビュー

GTRでは、学生の融合研究の成果や異分野に挑戦する姿勢などを評価し、GTR Research Awardとして顕彰しています。

2021年度のGTR Research Awardは以下の4名に贈られました。

今年度の受賞者の4人に、研究内容や研究に対する思い、今後の抱負などをインタビューしました。

(2021年12月オンラインでインタビュー)

2021年度GTR Research Award 受賞者インタビュー

前田明里さん
理学研究科 生命理学専攻 博士前期課程2年

植物の概日時計を、より深く理解したい
博士前期課程のわずか2年間のうちに、二つの研究テーマに同時に取り組み、その両方で順調に結果を出している。一つは、植物の体内時計である概日時計が、温度が変化しても一定に保たれる仕組みの分子メカニズムを探る研究。モデル植物であるシロイヌナズナを使った分子生物学的な実験が中心となるもので、研究室で与えられたテーマだ。
もう一つはGTRの融合研究として自ら着想し、提案したテーマ。温度によってタンパク質のふるまいがどう変わるかを知るには、分子生物学的な手法では限界がある。「そこを計算科学の力を使って理解したい」
その第一歩として、概日時計にかかわるタンパク質と、その働きを阻害する化合物の結びつき方を、ホモロジーモデリングという手法を用いてシミュレーションした。シミュレーションして評価してみると、阻害する働きの強い化合物は、タンパク質との結合が強いかどうかでは見分けにくく、タンパク質の「ポケット」に、安定してとどまることが特徴だとわかった。

二つのテーマの同時駆動で、研究に広がり
二つの研究を同時に進めるのは、そう簡単ではない。パソコン上で計算を進めながら、もう一つのテーマの実験を進め、計算が終わったころに戻ってきてまた計算をやり直す。「大変ではありましたが、二つとも全力で取り組みました。どちらのテーマもとても面白く、早く結果が知りたくて、次へ次へと手を動かしていったら、思った以上に早く結果が出ました」
学部時代から計算科学にも興味はあったが、深く学べる環境は周りになかった。コロナ禍で実験ができなくなった時間を使って独学でプログラミングの勉強を始め、その後、本格的に融合研究に取り組むため、修士2年の春から、柳井毅教授の研究室でシミュレーションを行うために必要な基礎を学んだ。
「融合研究を通じて、計算科学で何ができるのかや、タンパク質の立体構造シミュレーションをどのように扱えばよいかが掴めてきた。融合研究を通して得られた新たな視点をメインの研究テーマにも活かしていけそうで、さらに新たなテーマも見つかりました。自分の成長にもつながったと感じていて、計算科学の研究室に行って本当に良かった」

研究のデザインにおける「見極める力」
学部時代は他大学の農学部に在籍し、大学院から名古屋大学に移った。大学院の進学先を選ぶにあたっては、全国各地のラボに足を運び、教員や学生から直接話を聞いたそうだ。「どこの研究室も研究の内容は楽しそうだなと思ったけれど、将来どんなキャリアを歩みたいのか、研究者になりたいのであれば、そのためにいつまでに何をするのか、そんな話まで丁寧にしてくださったのが、今の指導教官の中道範人先生でした」。それが研究室選びの決め手となった。
これまでの博士前期課程の2年間、中道教授のもとで研究を行い、目指す目標から逆算して今すべきことを考える姿勢は、研究においても大切だと気付いたそうだ。重要なのは、研究をデザインする中での「見極める力」だと教わった。「大事なデータをどうやったら出せるかをまず考えて動く。重要な実験、枝葉になる実験を見極めて、優先順位を考える。実験の計画の段階で、どういうグラフにできるのか、論文の構成はどうするのか、ある程度は事前に考えます」

未来を見据え、今やれることにどん欲に取り組む
2021年11月、GTRの「院生企画」の制度を活用し、タンパク質立体構造予測AI「Alphafold2」に関するセミナーを企画した。
植物の分野では、立体構造を決めることの難しさから、タンパク質の立体構造を活用した研究アプローチは多くない。しかしタンパク質の立体構造を高精度に予測できるAIの登場によって、現在の研究現場の前提は、大きく変わるかもしれない。「これは、自分も今から知っておかなければ、と思いました」。計算科学との融合研究でタンパク質の立体構造を扱い始めたからこそ、新しい技術の登場に敏感に反応できたと話す。
大学院に進学後、研究者の先達から、「20年先を見据えろ」という言葉を度々耳にしてきた。「20年先を見るためにも、まずは自分の極めたい分野の"今"をしっかり知る必要があると考えています。そのために、色々な機会を貪欲に活用していきたい」


栗本道隆さん
創薬科学研究科 創薬有機化学講座 博士後期課程2年

新しいがん治療法の開発に向けて
創薬科学研究科の天然物化学分野に所属し、複雑な生物活性分子の合成手法の開発に取り組んでいる。
GTRの融合研究では、田中克典・東京工業大学教授らが開発した「生体内合成化学」と呼ばれる手法を使い、がん細胞を殺す薬を、人間の体内で「合成」することを目指した研究を行っている。 抗がん剤は一般に毒性が強く、正常な細胞にも悪影響を及ぼす。そのため、がん細胞だけに届けるための様々な手段が研究されている。生体内合成化学の手法で、抗がん剤の原料となる分子と触媒をがん細胞のある「現場」で結びつけ、そこだけで細胞を殺す効果を発揮させることができれば、副作用の少ない新たな治療法につながる。
自身は、より強力な抗がん活性を発揮させるため、抗がん剤の原料となる複雑な分子の合成に挑む。「複雑な構造を持った分子の設計・合成を得意とする研究室の強みを活かせる融合研究です」

ケニアで意識した創薬の力
多くの人を助けることができる創薬に魅力を感じて、大学は薬学部に進学した。大学2年生の時にケニアの地方部を訪れたことで、薬の持つ力をさらに強く意識するようになったそうだ。
ケニアに行くことになったきっかけは、たまたま教室に居合わせて聞いていた一般教養の熱帯医学の講義。「興味のある人いますか」というマラリア研究者の講師の呼びかけに、講義の正規受講生でないにもかかわらず手を挙げ、現地に同行して調査を手伝った。ナイロビから小さな飛行機でさらに奥地を尋ね、約3週間滞在した。「貧困な地域で蔓延する病気を現地で見ることで、優れた薬をつくれば多くの人を助けられるのではと創薬への興味が深まりました」
現在の研究テーマは、がんの治療法だが、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)」には今も関心を寄せている。

研究室全体に目配り
研究室では、「師匠」の先輩が下級生を指導し、実験の技術や研究に対する姿勢が受け継がれている。この1年間は、ラボラトリーマネジャーとして、研究室のマネジメント全般にも関わった。学生の係を決めたり、教授とのディスカッションを調整したり、研究室スタッフと学生を取り持つ役割だ。コロナの影響で、対面での交流が2年近くもできていない状況。下級生とのコミュニケーションにも気を配った。
また、尊敬する上級生や優秀な同期の姿を見習い、研究室全体が円滑に動くよう目配りする。「実験設備が汚れていたら拭く、倉庫から消耗品を補充するなど、研究室の中で担当者の決まっていない仕事を積極的にやるように心がけています」

化学反応を読む力/博士課程の経験値
学部に入った当初から、「研究する時間がたくさん欲しい」と、博士号取得までのキャリアを考えていたそうだ。
博士課程後期まで進んだことで、「化合物に対する理解はぐんと深まった」と話す。学部生時代は、数撃ちゃ当たる戦法でも良かったけれど、博士課程でそれは通用しない。思った通りの結果が得られなかった実験から何を読み解くか、考察する力が求められた。「失敗した」で終わらせず、生成した物質のわずかな痕跡を手がかりに、実際にどんな反応が進行したのか深く考察するように心がけている。「一つひとつの実験に真摯に対応して、"結果がない実験"はないようにしています」
また、合成の手法や化学反応の考察に対する経験値だけでなく、上手くいかなかったときの考え方や立ち直り方なども学んだ。「ドクターの学生はみんな、"上手くいかない経験"をしている。そんな中で、辛抱強さも培われたと思います」
深く考察する力があれば、「失敗」も貴重な「経験」となる。博士課程を通じて培われた「考察する力」が、自身の研究者としての強みだと感じている。


米村開さん
理学研究科 物質理学専攻(化学系) 博士後期課程2年

酵素を騙すデコイ分子
生体の中で化学反応の触媒として働くタンパク質である「酵素」。その酵素に「デコイ分子」と呼ばれる小分子を加えて「誤作動」を起こさせ、酵素の働きを変える研究をしている。
これまでの分子生物学では、酵素と、それに結びつく基質の分子は、鍵と鍵穴の関係に例えられていて、分子構造が違えば酵素の基質として機能しにくいと考えられていた。この鍵穴を疑似基質(デコイ分子)で誤作動させ、本来とは異なる反応を起こさせることで、酵素の触媒としての機能を広く活用しようというのが研究の狙いだ。
「酵素は、分子量がだいたい数万とか数十万という大きさ。一方、デコイ分子の分子量は数百程度。大きさでいうと数百分の1ぐらいしかない。それが大きな酵素の機能を変えられることが、この研究の面白いところです」

二つの融合研究
GTRの融合研究では、二つのテーマに取り組んでいる。 一つは、デコイ分子の性能を測る新しい手法の導入だ。酵素とデコイ分子の相互作用を測るには、デコイ分子が水に溶けにくいことが障壁になっていた。水に溶けにくい分子を脂質二重膜の小さな粒(リポソーム)に結合させて測る手法を探り当て、その技術を持つ大分大学医学部の研究者から手法を直接学んだ。
もう一つの融合研究は、ヒトの酵素を使ったものだ。これまでは、細菌由来の酵素を、触媒として工業的に用いることを目的に、デコイ分子の開発に取り組んできた。「デコイ分子は、酵素自体を遺伝子改変せずに機能の変化を起こせる。この強みを生かせる応用先はどこかと考えた時に、ヒトの体の中だと思いました」。ヒトの酵素の働きを生体内で変えることができれば、創薬につなげることもできる。GTRのイベントで創薬科学研究科の教員の研究発表を聞き、融合研究につなげた。
「酵素の機能を単純に止めてしまう小分子は、これまでも薬として使われていましたが、働きを変えるデコイ分子を薬にしようというアイデアは考えられていなかった。デコイ分子の、創薬分野への応用の最初のステップとなることを期待しています」

応用をするには、基礎を幅広く学ぶ必要がある
幼いころからレゴブロックや電子工作キットで遊ぶのが好きで、モノづくりに興味があったという。航空宇宙分野への進学を考えていたが、高校2年生の時に、山中伸弥氏がノーベル医学生理学賞を受賞したことをきっかけに、生物に関心を持ったそうだ。
生命現象の基礎にあるのは化学だと考え、ノーベル化学賞を一番多く取っていた名古屋大に進んだ。「モノづくりと同じで、生物も様々な部品の組み合わせでできています。そして生命現象の根底にあるのは化学反応。モノづくりのような応用をするにも、その前にまずは基礎を幅広く学ぶ必要があると思い、理学部を選びました」

幅広い変化を楽しみたい
研究室を選ぶ際には、生物から無機化学、有機化学、物理化学まで幅広く学べ、「自分の可能性をどこにでも広げられる」ところに魅力を感じて、生物無機化学研究室を選んだ。
博士学位取得後は、総合化学メーカーで、もっと幅広く様々なテーマに携わりたいと考えている。「ちょっと珍しいかもしれませんが、大学院で研究していることとは違うことに取り組みたいと思っています。変化が起こることが好きなので、例え自分がやりたいと思っていることと違うことが降ってきたとしても、それはそれで私にとっては幸福なこと。むしろポジティブにとらえ、楽しんで研究していけると思います」。どのようなテーマであっても、大学院で培った「基礎力」を研究に活かしていけると考えている。


梶原啓司さん
理学研究科 物質理学専攻(化学系) 博士後期課程3年

有機蛍光分子で脂質を追う
理学研究科の機能有機化学研究室に所属し、脂質の動きを直接見るための分子ツールをつくる研究を行っている。脂肪酸やトリグリセリドなどの脂質は、エネルギーの供給や膜組織の形成を担うなど、細胞の機能を制御するうえで不可欠の存在だ。それらの代謝が正常に起きなくなると、肥満や糖尿病、がんなどの病気につながるといった報告もされている。そのため、脂質の代謝を直接観察できれば、生物学的・医学的に新たな知見を得ることができる。
そこでまず、脂質代謝において中心的な役割を果たしている細胞内小器官である脂肪滴に着目し、小さな脂肪滴を明瞭に可視化できる優れた感度と、長時間の蛍光イメージングにも耐えることができる高い耐光性を併せ持った有機蛍光分子を開発。その有用性を証明した。さらに医学分野への応用も進めている。
次に、細胞の中で様々な脂質に変換される脂肪酸にも研究を広げた。脂肪酸がいつ、どこで代謝されているかは、脂質代謝の機構を解明するうえで重要な情報だ。これを評価するために、脂肪酸代謝物の細胞内での分布を可視化・分析できる分子の開発にも取り組んでいる。
有機蛍光分子の設計から、細胞を使った実験による有用性の実証まで、全てを自分の手でこなす。「研究では、まず何が課題となっていて、それを克服するためにはどのような分子を開発すべきかを考えます。そして、自分でつくった蛍光分子を自分で使って実験することで、分子の弱点や何が足りないかをすぐに発見でき、的確にフィードバックしてより良い分子をつくりこむことができる。このサイクルをどんどん回して効率よく最良の分子にたどり着けることが強みです」

コロナ禍での方針転換
当初の融合研究の計画では、「既知の現象を観察することで自分のつくった分子の有用性を示す段階から、さらに踏み込んで未知のものを観察したい」と考え、生物学的な研究設備がより整った基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の研究室で、自身の開発した有機蛍光分子を使った応用研究を進めていた。ところが、コロナ禍の影響で学外の研究室への行き来が難しくなった。「感染の終わりが見えず、計画がつくれないのが大変だった」と振り返る。
そこで、同じ名古屋大学内の医学系研究室との融合研究に切り替え、医学研究への応用を目指した研究へと舵を切った。
「コロナ禍の影響はあったものの、GTRの一期生として、自分のやりたい研究を好き放題やらせてもらえたと思っています。自分の研究室では扱えないサンプルを使った研究テーマを提案して、別の研究室に行って実際に実験をさせてもらうようなことも、GTRの仕組みがなかったらできなかったでしょう。制限にとらわれずにやりたいことをやる、という面では、かなり満足しています」

GTRで鍛えられた力
GTRでの活動を通して、「課題を見つける力」を磨くことができたと話す。
「異分野との研究を始めるきっかけとして、相手の分野での"課題"を知ることが重要です。今できていないことが何かを理解した上で、それを乗り越える新しいものをどうやってつくるかを考える。異分野での課題をつかむには、自分自身が色々な知識を持っておく必要があります。また、自分は何ができるかを、相手に伝える力も重要。GTRでは、これらの力を鍛えられたと思います」
GTRでは、異分野の教員や学生と関わるチャンスが多い。「受け身で参加するのはもったいない。機会をどんどん使って、主体的に飛び込んでいって、自分から知識を取りにいって欲しい」と後輩たちにメッセージを送る。

より社会に近い現場で異分野融合を
学位取得後は、「つくったものを実社会に還元していきたい」との思いから、企業への就職を決めた。
自身の強みは、色々な人とコミュニケーションを取りながら、必要な知識を獲得し、研究を前に進めていける、フットワークの軽さだと分析する。
「博士号取得までに、化学と生物にまたがる複数分野の知識を身につけたことをベースに、今後は企業で、異分野をつなぐ新しい研究を主導していきたい」