名古屋大学 卓越大学院プログラム

トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム

Graduate Program of Transformative Chem-Bio Research

活動報告

2022年度GTR Research Awardインタビュー

GTRでは、融合フロンティア研究において優れた成果をあげた学生を表彰するGTR Research Awardを設けています。 GTR Research Awardは、融合研究の成果や異分野に挑戦する姿勢など、学生の研究への取り組みを総合して評価し、その年を代表するGTR生を顕彰するものです。

2022年度の受賞者は以下の4名です。

今年度の受賞者4名に、異分野との融合の魅力や研究に対する姿勢などをインタビューしました。

2022年度GTR Research Award 受賞者インタビュー

西山 尚来さん
理学研究科・生命理学 博士後期課程1年

数理科学で生物のふるまいを説明したい
ウイルスが細胞内でどんなふうに動いているのか、微分方程式を用いて定量的にアプローチする数理科学的な研究をしている。ウイルスが感染する過程は、ウイルスが細胞表面に付着する、細胞内に取り込まれる、段々と細胞核に移行していくなど、状況が刻々と変わり、さまざまな要素が複雑に絡み合って進行していく。このさまざまな感染の過程を数理モデルで表現できるようにパラメーターを推定してみる。すると、「実はこの過程で未知の因子が働いているのではないか」など、実験だけでは得られない新たな知見を数学の力で見つけ出すことができる。
実験データをもらい、それを解析して新たな仮説を立て、それを実験する研究者に戻し、また実験をしてもらう。この数理実験相互フィードバック型と呼ばれるアプローチで、B型肝炎ウイルスの細胞内での動態を定量的に明らかにしようとしている。B型肝炎ウイルスが細胞内に侵入しどのような動きをしているのか解明することで、その動きを阻害する新たな薬の開発につながると期待される。

二つの分野を知っている強みと、コミュニケーション力の重要性
博士後期課程から、現在の岩見研究室に所属。修士課程までは、分子生物学・生化学的な手法で実験を行っていた。実験の経験を持ち、数理のこともわかる。このことは、融合研究で役立つことが多いという。実験側の技術の細部やその限界を知っているし、数理側でどんな方法を使うと適切なのかも判断できる。
しかし実験のことがわかれば必ずしも優れた数理モデルが作れるわけでもないという。
「両方のことを、ただ知っていればいいというわけでもない。『良い』モデルをつくるには、センスがいる。論文などを読み続けて、『良い』モデルを勉強し続けるしかない。まだまだペーペーです」
今の研究スタイルには、コミュニケーション力も重要だと気付いた。実験する人からデータをもらってくるには、相手との信頼関係が必要だからだ。「わかってくれているな。この人なら解析を任せられるな」と思ってもらうことが大事だという。
「研究のパートナーとしての信頼を勝ち取るために、自分からどんどんサイエンスの質問をするよう心がけています」

実験と数理解析、両方を完結できるスタイルを目指したい
コロナ感染症の拡大を解析する数理モデルが注目されたり、タンパク質の立体構造を予測するAI「AlphaFold2」が広まったりしたことで、数理科学・AI分野を活用したアプローチが生物学でも影響力を持ちつつあると感じている。現在手がけているウイルス研究にとどまらず、他の領域でも応用できるのではないかと思っている。GTRでの活動を通じて、創薬分野など化学系とのコラボレーションにも可能性を感じている。
「実験は、失敗すると準備のやり直しにすごく時間がかかっていました。それに比べると、数理科学は一回の解析の時間は短いし、どんどんトライアンドエラーを回せる。でもだからといって研究がすぐにできるという訳ではない。今は、実験に手を動かす時間のかわりに、考察に多くの時間を使います。実験も解析も、時間の使いどころは違うけれど、どれだけ研究にコミットできるかという部分は、変わらないと思います」
トライアンドエラーを繰り返しながら、少しずつ前に進んでいく手ごたえが得られる数理科学のアプローチが性に合っていると思う一方、ウエットな実験も好きだったと話す。
「自分で手を動かして実験するからこそ分かることもある。実験に必要な知識や感覚をアップデートしていくには、やっぱり手を動かす必要があると思います」
博士号取得後は、数理解析と実験の両方を自分で完結できるような独自のスタイルを探索してみたいと話す。

(2022年12月インタビュー)


ヌルマニタ リスマニングシさん
工学研究科 博士後期課程2年

量子ドットの研究で、社会に貢献したい
量子ドットと呼ばれる数ナノメートルの大きさの半導体ナノ結晶を研究している。量子ドットには、強い発光強度や、その波長が調整できるという強みがあり、応用先の一つとしてバイオイメージングへの活用が期待されている。しかし従来の量子ドットは毒性が強いカドミウムや鉛などの元素を含んでおり、実用化に向けた壁の一つとなっている。
そこで今回、より毒性の低い元素を使う量子ドットを作製し、さらに生体の外から検出しやすい波長の光を放つように工夫。従来の低毒性の量子ドットよりも明るく、一か月も光り続けるほど長時間性能を発揮する安定性を実現した。また、工学研究科生命分子工学専攻の馬場嘉信研究室との融合研究で、開発した量子ドットをネズミの皮下に注射して実際に光っている様子を撮影することにも成功した。
所属する研究室は、化学的な手法で材料のナノ構造を制御することを得意とし、毒性の低い量子ドット研究のパイオニア的な存在だが、生命科学分野とのコラボレーションはまだ少なく、ネズミを使った実験などは、融合研究先の馬場研究室で行わせてもらった。
「量子ドットの生体への応用の可能性が広がってイメージングに活用できるようになれば、例えばがんの発見などに貢献できる。量子ドットの研究を通じて、社会の課題解決に貢献したい」

実験は冒険、あきらめずに道を探す
アニメ「ONE PIECE」(作者:尾田栄一郎)が大好きと話す。留学先に日本を選んだ理由の一つには、アニメやマンガ、ゲームが大好きなこともあったそうだ。主人公の少年ルフィが困難を超えて冒険を続ける姿は、研究とも重なるという。
「実験も冒険だと思うと楽しい。この道は失敗したか、と思っても、あきらめないで他の道を探せば、きっとできる」
毒性が低く性能の良い量子ドットを作るためには、様々な元素の組み合わせや、合成温度や時間などを試す必要がある。指導教員と議論し、実験を繰り返した。実験が思惑通りに進まない時こそ、そこから何を引き出すかが問われるという。
あきらめない粘り強さが、研究者としての自身の強みだと分析する。

異分野の実験からの学び
融合研究では、実際に融合研究先に足を運び、生物学の実験にも参加した。生き物を相手にする研究と、自身が専門とする化学では、研究に対する考え方や実験が異なり、学ぶことも多かったという。今回、ネズミを使った実験で、実際に手を動かすことは融合研究先に協力してもらったが、今後は自分でもやってみたいと話す。
「化学の実験では、繰り返し実験して失敗を考察し、また次の実験、という風に何度もトライできるけれど、生き物だとそうはいかない。失敗する前にじっくり考えることも大切です」

研究者として、より良い未来に貢献したい
大学に入る前から、サイエンスの中では化学に一番関心があったそうだ。化学は、生物学、物理学、工学など多様な分野とコラボレーションして、環境や健康などの領域で、様々な問題の解決にも具体的に役立ちそうだと思ったからだ。
インドネシアの大学で学部時代に化学を専攻し、農村での実習で、ナノシリカを使って米の生産量を上げる実験に取り組んで、ナノテクノロジーの威力に気づいた。留学先を探す時に、現在所属する鳥本研究室をウェブサイトで知り、将来性のある量子ドットを学ぼうと留学先に選んだ。
GTRでは異分野の研究者や学生、企業の人たちに会う機会が多く設けられている。そこでの議論から新しい知識が得られ、独自のアイデアも生まれる。
「理学、農学、工学の広い領域で、異分野にも友人がたくさんできた。SDGs等の問題について議論する機会もあり、それぞれの研究分野が、社会にある様々な課題の解決に向き合っていると実感しました。世界には色々な課題があるけれど、GTRの優秀な友人たちと話していると、未来は大丈夫、と勇気ももらえます」
将来は大学で研究を続け、研究を通じて社会の問題解決に貢献するキャリアを送りたいと話す。

(2022年12月インタビュー)


杉山 亜矢斗さん
創薬科学研究科 博士後期課程2年

幅広い分野を横断
人工関節や人工血管、手術後の癒着を防ぐ医療材料など、生体組織と直接接する形で使わる「生体材料」。近年、高分子と生体由来分子など複数の材料を組み合わせたハイブリッド生体材料の開発が進んでいる。一方、作製や評価の工程にはばらつきやあいまいさがあり、生体材料を製品化するにはこういった点を克服していく必要があった。
研究で取り上げたテーマの一つは、けがや病気で骨の治療をするときに、骨の細胞の再生をうながす生体材料だ。医療の現場で広く使われているが、どんな材料を使えば再生効果が高いのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。
そこで骨を作る細胞(骨芽細胞)の周りの環境のどのパラメーターが、再生に影響を与えているのか、その法則を解き明かし、最適な生体材料をデザインするルールの構築につなげることをねらった。具体的には、細胞の周囲の環境の電荷や疎水性などの物性に注目し、構成するアミノ酸を変えたペプチドを用いることで物性を制御し、細胞の応答を調べている。
一連の研究を遂行するには、分野を横断した幅広い知識と具体的な研究手法を身につける必要がある。まずは生体材料の作製。次に、作製した生体材料の分析・評価方法の構築。そして、取得したデータの解析だ。融合研究先の協力も得ながら、自身の研究室が持つ技術にさらに改良を加えた実験系を構築。実験自動化の手法も取り入れ、質の高いデータを大量に取得できるよう工夫した。

データの質を高めるために
細胞が応答する法則を探るには、条件を変えて大量の実験が必要となる。高価な装置を導入しなくても、安価な装置を改良して自動化する方法を考案。実験のばらつきを減らして再現性の高いデータを集められるようにした。
たとえば、これまでは論文に書かれた「洗浄」という操作一つでも、実験者、あるいは実験ごとに操作の細部が異なり、再現性の悪さにつながっている可能性があった。細胞を育てる培地の出し入れ操作である「洗浄」を自動化することで、安定したデータを効率的に取れるようにした。
また細胞の応答を見る際は、細胞を多種類の試薬で染色し、多層的に画像データを得られるようにした。
このこのように質を高めて大量に得られたデータを生かす解析方法も工夫。いくつもある指標の中で、どれが細胞の応答を的確に表現しているか、機械学習を使って把握できるようにした。
「生物学の実験は再現性が良くない時でも『生き物だからしょうがない』で片付けられることもありました。大量のデータをどのように取るかに加えて、データの質を上げる取り組みが重要だと思っています」

学びの場を自ら企画
学生自らが講義やセミナーなどを企画できるGTRの制度を活用し、「ラズパイでラボDIY」「相分離生物学セミナー」「ベイズ統計学集中講義」「他学部ラボツアー」などの企画や運営に携わった。他にも、名古屋大学内の別の卓越大学院CIBoGの講義をGTRの学生も聴講できるよう働きかけるなど、学ぶ機会を自ら作り出すことにも積極的だ。
「知りたいテーマに対して、自分たちで企画すれば、それを援助してくれる仕組みがGTRにあることは、とても研究の助けになりました」
他分野の学生たちと協力して一つの企画を立ち上げる経験を積めることや、それらを通して、研究や大学院生活の様々な相談ができる人のつながりを作れることはGTRの良さだという。

尖った領域を複数持ち、引き出しの多さを強みに
様々な分野の情報を、自ら仕入れに行くのが好きな性格だと話す。実験の自動化についての知識は、外部の研究会に通って最新の事例を学んだ。新型コロナウイルスの感染拡大で、学外との融合研究が当初の計画通りに進めにくくなった面もあったが、オンライン開催が増えたため学外の研究会に参加しやすくなり、研究の幅を広げることができたという。
「1つの領域を突き詰めて勝負するのも格好いいと思うのですが、自分としては、尖った領域を2つ、あるいは3つ持って、それらを組み合わせて勝負するスタイルが合っていると思います」
博士号取得後は、その強みを生かして大量のデータを活用できる企業の研究職に進む予定だ。問題に対する解決策のヒントを、多様な分野から引き出せる「引き出しの多さ」を、自身の強みとしてこれからも磨いていきたい。

(2022年12月インタビュー)


劉 思雨さん
工学研究科 博士後期課程3年

反芳香族化合物の可能性を探る
専門は有機合成化学。新しい化合物をデザイン、合成し、その物性を測る。大学院の修士課程から日本に留学し、工学研究科の有機構造化学研究室に所属している。有機構造化学を選んだ理由は、化合物の様々な構造を解き明かし、美しい構造に出会えるのが面白いからだという。
研究対象の分子「ノルコロール」も、対称性の高い美しい形をしている。ノルコロールは、所属する研究室が2012年に世界で初めて大量合成に成功した反芳香族化合物だ。一般に安定的な分子である芳香族化合物に対し、反芳香族化合物は不安定で扱いが難しく、研究分野として未開拓の領域が多かった。ノルコロールは、反芳香族化合物でありながら安定であることから、反芳香族化合物の性質の解明や応用の可能性を探る研究の進展が期待されている。
最近になって、二つのノルコロールを連結して積み重ねると、反芳香族分子であるノルコロールが、芳香族的な性質を示すことがわかった。ただし、分子を積み重ねるための合成方法が複雑で、収率もあまり高くなかった。
そこで、より簡単にノルコロールを積み重ねる方法を探して、東京工業大学の吉沢道人教授の研究室との融合研究に取り組んだ。水溶性ミセルカプセルに対して、シンプルなノルコロールを内包させ、カプセルの中で積層させるという超分子化学的な方法だ。
従来の有機合成化学的な手法では、五段階以上の化学反応が必要で、各段階で副生成物を分離する必要があり、手間と時間がかかった。一方、今回の融合研究によって新たに見出した方法は、材料を乳鉢でぐりぐりと混ぜ、水に溶かして、遠心分離して、濾過する。30分ほどの操作だ。
この簡単な方法で、ノルコロールを積み重ねたときに得られる芳香属性を発現させることに成功した。

融合研究先に実際に行くことで研究が進展
全く手法の異なる超分子化学分野の実験を手がけることは、最初は難しかった。このテーマの研究を開始したのは2020年4月で、コロナ禍の真っただ中。融合研究先の研究室で直接指導してもらうことも困難だった。
自分の研究室には、必要な機器がない。単純そうに見える乳鉢でも、どんな材質のものを用意すればいいかわからなかった。
なんとか合成したものの、本当に二つの分子が重なっているのか、構造を確認するのも一苦労だった。
自分の研究室が得意とする方法では確認できない。装置を名古屋大学の別の研究室で借りて測定してみたが、融合研究先とは装置が違うことなどもあり、求める精度がなかなか出せなかった。
「論文を読んだり、オンラインで議論したりするだけでは、実験の細かい点まではわからなかった。やはり融合研究先で実験させてもらおうということになりました」
2021年4月に実際に訪問して直接指導を受けると、約1か月で結果を出すことができた。
「名古屋で約1年苦労して、どんな風に実験を進めるのか、おおよそ掴んでいたおかげもありました」

「まずやってみる」で困難を乗り越える
その成果は、化学の分野のトップジャーナルであるJ. Am. Chem. Soc に2022年8月にアクセプトされた。査読の過程では大きな修正や補足も求められたが、新たに高エネルギー加速器研究機構や韓国の研究者の協力も得て、必要なデータを補強するなどして対応し、投稿から9カ月かかってアクセプトにこぎつけた。
問題に直面したとき、一番良い解決法を探すことに時間をかけるより、まず手元にある策を実行することを心がけている。「やってみないとわからない。失敗したらまた考える、を繰り返す。あきらめない気持ち、解決したいという気持ちが大切です」
解決策にすぐ着手することは、中国から留学して修士課程で現在の研究室に入ったころから意識していたという。言葉の壁もあり、忙しい研究生活で自信を失いそうになったときでも、先送りせず、すぐに問題を解決するように心がけた。
コロナ禍のため、研究で様々なコラボレーションが難しくなった時も、そのやり方で乗り越えてきた。
博士号取得後は、企業で研究を続ける。計算や光化学など、新しいことにも挑戦してみたい。「一番重要なのは考え方。研究の先に目指す目的は違っても、目的を実現できる方法を考える大切さは、大学でも企業でも同じだと思っています」

(2023年1月インタビュー)