研究ハイライト

完璧を目指すならじっくり時間をかけて(植物の細胞でも) 〜植物の気孔の幹細胞非対称分裂から最終対称分裂への転換を担う、 細胞周期のブレーキ役の発見〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の鳥居 啓子 主任研究者/客員教授(アメリカテキサス大学オースティン校教授)、名古屋大学高等研究院のスンキ ハン 元YLC特任助教らの研究グループは、植物の気孔の幹細胞非対称分裂から最終対称分裂への転換を担う、細胞周期のブレーキ役を発見し、非対称分裂の細胞周期のみを減速させる仕組みを明らかにしました。さらに、この仕組みが、正常な形の気孔の完成に必須であることを示しました。 

私たちヒトなど動物細胞では、細胞周期の厳密な制御は、細胞の増殖やがん化と大きく関わっています。本研究から、動物細胞と全く異なる分裂様式の植物細胞でも、増殖から分化への転換時には同様の制御が行われることが分かりました。さらには、細胞周期の速度調節によって、植物細胞の形、大きさ、アイデンティティーを操作できる可能性も示唆しています。

本研究成果は、2022年2月11日午前1時(日本時間)付アメリカ学術誌「Developmental Cell」のオンライン先行版(雑誌3月14日号)に掲載されました。

本研究は、平成29年度から始まった文部科学省新学術領域研究「植物多能性幹細胞」および名古屋大学高等研究院Young Leaders Cultivationプログラム支援のもとで行われたものです。

研究背景と内容】

植物の気孔は、一対の孔辺細胞が孔を囲んだ構造をしており、開閉することにより二酸化炭素と酸素のガス交換や水分調節を行い、植物の成長と生存を左右します。気孔は、前駆体となる細胞が幹細胞的な増殖分裂を繰り返した後で、一回だけ厳密に対称分裂することにより完成しますが、増殖分裂と最終の対称分裂に切り換わる仕組みは分かっていませんでした。動植物を問わず、全ての細胞の分裂には「細胞周期」と呼ばれる一連のプロセスが厳密に制御されています。しかしながら、その解析ツールの不足により、植物細胞の分化過程における細胞周期の速度の直接観測は困難を極めました。

そこで、スペインの共同研究者によって開発された植物の細胞周期多色蛍光マーカーPlaCCI(文献1)を用いて、気孔の発生過程における細胞周期のライブイメージングを行いました。その結果、気孔の幹細胞(メリステモイド細胞)の非対称分裂の細胞周期は平均約12時間に対して、孔辺母細胞の対称分裂の細胞周期は平均約20時間と、遅いことが分かりました(図2)。

メリステモイド細胞から孔辺母細胞への分化の切り替えは、司令因子MUTEによって制御されています。そのため、MUTEが細胞周期阻害因子を誘導することにより、細胞分裂の時間を減速させるのではないかと仮説を立て、MUTEによって直接制御される下流遺伝子を探索しました。その結果、SIAMESE RELATED4(SMR4)と呼ばれる細胞周期阻害因子のみが該当することが分かりました。

本研究では、ゲノム編集技術を用いてSMR4を欠損する変異体を作成したところ、非対称分裂の速度がさらに1時間ほど速くなっていることが分かりました。一方、それとは逆に、初期の気孔系譜の細胞においてSMR4を過剰に作らせると、非対称分裂の時間は平均で約18時間と、非常に遅くなりました。どちらの場合も、対称分裂自体は変化がありませんでした。PlaCCIを用いた観測から、細胞周期の中でもG1期と呼ばれる段階が大きく影響を受けていることも分かりました。

次に、SMR4がどうやって非対称分裂のみを減速させるのか、その分子レベルの仕組みに切り込みました。細胞周期阻害因子は、通常、サイクリンと呼ばれる「細胞周期のエンジン」に結合し、その作用を妨げます。気孔幹細胞の非対称分裂の開始と増殖には、サイクリンD3;1というG1期に働くサイクリンが重要であることが示唆されていました(文献2)。一方、孔辺母細胞の対称分裂は、サイクリンD5;1というG1期のサイクリンによって開始します(本研究グループの過去の成果:Hanら2018 Developmental Cell 文献3)。本研究では、SMR4はサイクリンD3;1と結合し、その機能を妨げる一方、サイクリンD5;1とは結合できないことを突き止めました。

これらの結果から、気孔系譜の非対称増殖分裂から、最終分化のための対称分裂への転換時において、司令因子MUTEは、細胞周期阻害因子SMR4を誘導し、SMR4がサイクリンD3;1を阻害することにより細胞周期にブレーキをかけ、対称分裂への足場をつくることが解明されました。一方、やはりMUTEによって誘導されたサイクリンD5;1はSMR4と結合しないため、対称分裂はきちんと起こり、一対の孔辺細胞が穴を囲んだ気孔が完成します(図1)。

興味深いことに、SMR4を初期のメリステモイド細胞に過剰に発現させると、細胞周期(G1期)が遅くなり、そうするとメリステモイド細胞が徐々に肥大し、通常の表皮細胞の様になってしまうことが分かりました。それでも、サイクリンD5;1による対称分裂はちゃんと起こるため、最終的に、ジグゾーパズル型の表皮細胞様の歪んだ形の大きな気孔ができました(図1右上)。一般的に、細胞周期G1期は、細胞が分裂するか分化するかを決める重要な時期とされます。今回の発見は、植物の未分化細胞の増殖期の細胞周期を遅延させると、その後、細胞の自己喪失(アイデンティティー クライシス)が起こることも示唆しています。

【成果の意義】

幹細胞の増殖と分化において細胞周期の厳密な制御は重要で、例えば、細胞周期のG1期の長さによって動物の脂肪細胞の数が制御されていることが、ごく近年の研究から明らかになっています(文献4)。また、私達ヒトを含む動物において、細胞周期G1期の制御異常が、細胞のがん化に深く関わることも解っています。今回、細胞壁を持ち、動物とは全く異なる細胞分裂様式を持つ植物細胞においても、細胞周期阻害因子によるG1期の減速が、気孔という特殊な細胞の幹細胞増殖から分化への切り換え、及び、正常なゼリービーン型の気孔が完成するプロセスに必須であることが判明し、細胞分裂、細胞周期と細胞分化の根源的な原理に迫ることができました。

Screenshot 2022-02-10 at 13.40.03.png

1:気孔の発生過程において、非対称増殖分裂から最終の対称分裂への切換えの仕組み

気孔分化の司令因子であるMUTEは細胞周期抑制因子SMR4を直接誘導し、SMR4は非対称分裂のG1期を担うサイクリンD3;1(CYCD3;1)と直接結合して細胞周期にブレーキをかける。しかし、SMR4は、MUTEによって誘導され対称分裂をになうG1期サイクリンD5;1(CYCD5;1)とは結合できないため、対称分裂が厳密に起こり気孔が完成する。右上は、初期に無理やり減速させることによって生じた歪んだ気孔。

Screenshot 2022-02-10 at 13.42.06.png

2:多色蛍光細胞周期マーカーPlaCCIを用いた、気孔系譜の細胞周期のライブイメージング

(上)非対称分裂 (下)対称分裂
非対称分裂(増殖分裂)の細胞周期の速度が早い事がわかる。G1期は水色、S-G2期はピンク、M期は黄色(時間が短いため1フレームのみでみられる)、30分毎に撮影。

"Video S1. Cell cycle marker PlaCCI during representative ACD and SCD in wild-type cotyledon epidermis, related to Figures 1 and S1,Soon-Ki Han et al.,Developmental Cell, 2022, https://doi.org/10.1016/j.devcel.2022.01.014."

【文献】

  1. B. Desvoyes, A. Arana-Echarri, M. D. Barea, C. Gutierrez, A comprehensive fluorescent sensor for spatiotemporal cell cycle analysis in Arabidopsis. Nat Plants 6, 1330-1334 (2020) DOI: 10.1038/s41477-020-00770-4
  2. J. Adrian, J. Chang, C. E. Ballenger, B. O. Bargmann, J. Alassimone, K. A. Davies, O. S. Lau, J. L. Matos, C. Hachez, A. Lanctot, A. Vaten, K. D. Birnbaum, D. C. Bergmann, Transcriptome dynamics of the stomatal lineage: birth, amplification, and termination of a self-renewing population. Dev Cell 33, 107-118 (2015) DOI: 10.1016/j.devcel.2015.01.025
  3. S. K. Han, X. Qi, K. Sugihara, J. H. Dang, T. A. Endo, K. L. Miller, E. D. Kim, T. Miura, K. U. Torii, MUTE Directly Orchestrates Cell-State Switch and the Single Symmetric Division to Create Stomata. Dev Cell 45, 303-315.e305 (2018) DOI: 10.1016/j.devcel.2018.04.010
  4. M. L. Zhao, A. Rabiee, K. M. Kovary, Z. Bahrami-Nejad, B. Taylor, M. N. Teruel, Molecular Competition in G1 Controls When Cells Simultaneously Commit to Terminally Differentiate and Exit the Cell Cycle. Cell Rep 31, 107769 (2020) DOI: 10.1016/j.celrep.2020.107769

【論文情報】

雑誌名:Developmental Cell

論文タイトル:Deceleration of the cell cycle underpins a switch from proliferative to terminal divisions in plant stomatal lineage

著者:Soon-Ki Han, Arvid Herrmann, Jiyuan Yang, Rie Iwasaki, Tomoaki Sakamoto, Bénédicte Desvoyes, Seisuke Kimura, Crisanto Gutierrez, Eun-Deok Kim, Keiko U. Torii (下線、名古屋大所属)

DOI:10.1016/j.devcel.2022.01.014