研究ハイライト

植物の膜輸送体の基質選択性を操作することに成功 ~二種類の基質を運ぶSWEET13の花粉成熟における機能が明らかに~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の中村 匡良 特任准教授、礒田 玲華 博士研究員、ゾルタン パルマイ博士研究員(研究当時)、ウォルフ フロマー 客員教授、吉成 晃 YLC特任助教、フロレンス タマ 教授らの研究グループは、分子ドッキングと分子動力学シミュレーションにより、植物の輸送体SWEET13が異なる二種類の基質(スクロースとジベレリン)を認識する際の構造をそれぞれ予測し、予測されたアミノ酸残基への変異導入によりSWEET13の基質選択性を操作することに成功しました。この手法により、基質ごとにSWEET13の輸送活性を調べることが可能となり、シロイヌナズナの花粉成熟にはスクロースの輸送が重要であることが明らかになりました。

 本研究に用いた研究手法は、複数の基質を持つ膜輸送体や酵素の働きや基質選択性を理解する上で有効と言えます。将来的にはこの手法を様々な輸送体や酵素に活用することで、農作物育種への応用も期待されます。

 本研究成果は、2022年10月11日付アメリカ科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載されました。


【ポイント】

・スクロースとジベレリンを輸送するたんぱく質SWEET13のそれぞれの基質認識に関与するアミノ酸残基を分子ドッキング注1)と分子動力学シミュレーション注2)により予測した。

・予測を基にした変異導入と機能解析により、SWEET13のスクロースとジベレリンの輸送活性を切り分けることに成功した。

sweet13;14変異体が示す雄性不稔注3)は、ジベレリンではなく、スクロースを輸送する機能の欠失によることを明らかにした。


【研究背景】

 糖輸送体SWEETは、植物体においてスクロースの分配に重要な役割を担っており、葉茎でのスクロースの積み込みや積み下ろし、花蜜の分泌、種子登熟や花粉の成熟、さらには耐病性といった様々な場面で重要な役割を果たしています。近年、SWEETファミリーのいくつかのSWEETが、糖だけでなく、植物ホルモンであるジベレリンを輸送することが明らかとなりました。シロイヌナズナではSWEET13とSWEET14がスクロースに加えジベレリンを輸送することが知られており、sweet13;sweet14二重変異体は雄性不稔を示します。そのため、変異体の雄性不稔がSWEETのスクロース輸送の欠陥によるものか、ジベレリン輸送の欠陥によるものか、あるいは両方によるものかは大きな疑問でした。この疑問に答えるためには、二つの基質の輸送活性を分離する必要がありました。


【研究内容】

 今回、SWEET13のスクロースおよびジベレリン輸送活性の役割を理解するため、研究グループはまず、SWEET13の結晶構造に基づく分子ドッキングおよび分子動力学シミュレーションによって基質結合ポーズを予測し、スクロースとジベレリンの認識に関与するアミノ酸を同定しました(図1)。

図1.png

図1:分子ドッキングと分子動力学シミュレーションにより予測されたSWEET13とスクロース(左)および活性型ジベレリン(GA3、右)の結合様式。



 次に、基質認識に関与すると予測されたアミノ酸に変異を導入し、動物細胞を用いた輸送活性測定注4)と酵母three-hybrid法注5)を行いました。その結果、SWEET13の76番目のアスパラギンをグルタミンに置換したSWEET13N76Qは、ジベレリンをより選択的に輸送するようになり、142番目のセリン残基をアスパラギンに置換したSWEET13S142Nはスクロースのみを輸送することを見出しました(図2)。以上の結果から、変異導入によりSWEET13の基質選択性を分離できることに成功しました。


図2.png

図2:基質結合部位に変異を導入したSWEET13の(A)スクロースおよび(B)GA3の取り込み実験。(C)野生型を100%としてそれぞれの輸送活性を算出。



 研究グループはさらに、sweet13;14変異体に基質選択性を付与したSWEET13N76QとSWEET13S142Nを発現させ、それぞれが選択的に輸送する基質の役割を解析しました。その結果、野生型SWEET13とSWEET13S142Nを発現したときのみ花粉の生存率が回復しました(図3)。


図3.png

図3:花粉生存試験では、sweet13;14変異体に野生型SWEET13(中央)と スクロース型SWEET13S142N(右端)を発現したときに花粉の生存率が回復する。



 SWEET13のスクロースおよびジベレリンに対する選択性を分離することにより、ジベレリンではなく、スクロースの輸送活性が花粉の成熟、ひいては有性生殖に重要であることを見出しました。さらに、GFPを用いたSWEET13の局在解析により、SWEET13が葯の結合組織注6)から花粉粒へのスクロース輸送に寄与することを明らかにしました。


今後の展望

 膜輸送体や酵素は一般に完全な特異性を持っておらず、様々な化学構造を認識することが知られています。これまでに、硝酸イオン輸送体(NRT)もしくはペプチド輸送体(PTR)として知られるNRT/PTRファミリーに属するタンパク質が、複数の植物ホルモンを輸送する能力を持つことが報告されています。しかし、NRT/PTRファミリーの輸送体が多様な植物ホルモンに対する輸送活性を持つことの生理的意義は解明されていません。本研究の手法を適用し、NRT/PTRファミリーの膜輸送体の基質選択性を操作することができれば、植物ホルモンなどの重要な代謝物の輸送研究が大きく進展すると期待されます。本研究に用いた研究手法は、複数の基質を持つ膜輸送体や酵素の働きや基質選択性を理解する上で有効と言えます。将来的にはこの手法を様々な輸送体や酵素に活用することで、農作物育種への応用も期待されます。

 本研究は、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、科学研究費助成事業基盤研究(A)(19H00932; 22H00360)などの支援のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1) 分子ドッキング:

 二つ以上の分子構造(例えば、化合物と酵素やタンパク質)がそのように結合するかを計算により予測すること。

注2) 分子動力学シミュレーション:

 一定時間における原子の動きと相互作用を解析するコンピューターシミュレーション。

注3) 雄性不稔:

 正常な花粉が作れない性質。

注4) 動物細胞を用いた輸送活性測定:

 スクロースバイオセンサー(FLIPsuc-90µ∆1)、またはジベレリンバイオセンサー (GPS1)を発現させた動物培養細胞HEK293T細胞におけるリガンドの取り込み実験。リガンドがSWEET13により輸送されると細胞内のバイオセンサーが反応する。

注5) 酵母three-hybrid法:

 SWEET13によりジベレリンが輸送されると、輸送されたジベレリン依存的にジベレリン受容体 (BD)とDELLAタンパク質(AD)が結合し酵母の生育に必要な栄養が合成される。

注6) 葯の結合組織:

 葯をつける柄の部分 (花糸)から葯室を連結している組織。SWEET13は花発生ステージ13では結合組織と表皮、内被に蓄積していた。