研究ハイライト

植物の二酸化炭素センサーを世界で初めて同定 ~植物の水利用効率や大気CO2の吸収を増進する技術開発に期待~

【ポイント】

・長らく不明だった植物の気孔における二酸化炭素センサーを世界で初めて同定

・2種類の蛋白質の結合による植物のユニークなCO2感知機構を解明

・植物の水利用効率や大気CO2の吸収を増進する技術開発の起点となる可能性がある


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の高橋 洋平 特任准教授と、カリフォルニア大学サンディエゴ校(アメリカ)のジュリアン シュローダー 教授らは、モデル植物シロイヌナズナ注1)を用いた解析により、2種類の遺伝子にコードされる蛋白質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)注2)が互いに結合または解離することによって、植物が二酸化炭素(CO2)濃度の変化を感知していることを世界で初めて明らかにしました。

 植物は、気孔注3)と呼ばれる体表の小孔を介して、光合成の材料であるCO2の取り入れや水の蒸散をおこないます。気孔は、様々な環境刺激に応答して素早く開閉し、植物のCO2吸収や効率的な水利用に重要な役割を担います。

 本研究では、モデル植物シロイヌナズナの気孔ではたらく2種類の蛋白質(プロテインキナーゼMPK4/12とHT1)が、CO2に依存して互いに結合することを見出し、突然変異体を用いた解析などから、このMPK4/12-HT1複合体がCO2を感知して気孔開閉を引き起こすことを証明しました。本研究成果は、長らく不明だった植物のCO2センサー注4)を同定し、その作用機構を解明したもので、植物の水利用効率注5)や大気CO2吸収の増進に向けた将来の新技術開発の起点としても期待されます。

 本研究成果は、2022年12月8日午前4時(日本時間)付アメリカ科学誌「Science Advances」でオンライン公開されました。


【研究背景と内容】

 植物は、葉の表面に存在する気孔を通して大気中から二酸化炭素(CO2)を取り込み、光合成をおこなっています(図A)。気孔を構成する一対の孔辺細胞は、太陽光を感知して膨圧を増加させることにより気孔を開口し、CO2の取り込みが促進されます。しかし、同時に水分子も気孔を通過するため、植物の生存に必要な水分の大気中への流出も促進されます。興味深いことに、植物は高いCO2濃度の環境では気孔を閉鎖することが100年以上前から知られていました。このことは、植物がCO2の濃度変化を感知して、気孔の開き具合を調節することにより、CO2の獲得に伴う水分損失の割合を制御する仕組みを備えていることを示唆しています。しかしながら、植物の「CO2センサー」の実体は長らく不明で、植物がどのようにCO2濃度変化を感知しているのかは分かっていませんでした。

 動植物を通じて、細胞が内外の刺激に応答して特定の生理反応を引き起こすとき、酵素などの活性を一時的に変化させる「蛋白質リン酸化」が重要な役割を担います。植物の気孔開閉においても、蛋白質リン酸化を触媒する機能を持つ、複数のプロテインキナーゼ遺伝子の関与が報告されていました。

 本研究グループは、これらのプロテインキナーゼのうち、MAPキナーゼファミリーに分類されるMPK4/12と、Raf-like MAP3キナーゼファミリーに分類されるHT1という2つのキナーゼに着目しました。まず、放射性同位体を用いて蛋白質リン酸化を観察した実験によって、CO2が存在するとMPK4/12がHT1のプロテインキナーゼ活性を低下させることを見つけました。そこで、蛍光によって蛋白質同士の結合を評価する二分子蛍光補完(BiFC)法を用いて、BiFC用に改変したMPK4, HT1を導入した植物を、低濃度(100 ppm)または高濃度(800 ppm)のCO2含有空気で処理し、表皮の蛍光顕微鏡観察をおこなったところ、この2つのプロテインキナーゼが、CO2存在下で互いに結合することを見出しました(図B)。この反応は、植物細胞内だけでなく、大腸菌で作成した精製蛋白質を用いた試験管内の実験でも引き起こされました。さらに、この結合を阻害するHT1遺伝子の突然変異を持つシロイヌナズナを用いて、気孔の開閉を調べると、CO2に応答した気孔閉鎖が損なわれていました。また、分子モデリング技術AlphaFold2を用いたMPK12-HT1蛋白質複合体の立体構造予測により、結合に重要なHT1蛋白質中のアミノ酸が、MPK4/12とHT1の境界面にクラスターを形成していることが予測されました(図C)。これらの結果から、MPK4/12とHT1がCO2を直接認識して複合体を形成する「CO2センサー」であることが、世界で初めて証明されました。

 さらに、MPK4/12とHT1の複合体が、CO2濃度を感知して下流のプロテインキナーゼCBC1を活性制御していることを、質量分析装置を用いたリン酸化部位同定や放射性同位元素を用いたプロテインキナーゼ活性の解析、複数遺伝子の多重突然変異シロイヌナズナを用いた気孔のCO2応答の解析など多角的なアプローチで明らかにし、MPK4/12-HT1-CBC1の3種のキナーゼを核とした、植物のCO2感知・情報変換装置のモデルを提唱しました(図D)。


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(A)気孔の開閉による植物と大気とのガス交換調節。気孔は植物の体表に存在する小孔で、二酸化炭素(CO2)濃度を感知して開閉し、光合成の材料となるCO2の大気からの取り込みや、蒸散による水の放出が調節される。(B)蛍光によって蛋白質同士の結合を評価する二分子蛍光補完(BiFC)法を用いた、MPK4とHT1のCO2に依存した結合の解析。BiFC用に改変したMPK4, HT1を導入した植物を低濃度(100 ppm)または高濃度(800 ppm)のCO2含有空気で処理した表皮の明視野と蛍光の顕微鏡像。蛍光像では、低濃度はほとんど蛍光が見られないのに対して、高濃度(800 ppm)で処理した植物細胞からは黄色の蛍光が観察され、CO2濃度依存的な反応が観察された。スケールバーは20 µmを示す。(C)分子モデリング技術AlphaFold2で予測したMPK12-HT1蛋白質複合体の立体構造。緑、黄、灰、紫は、本研究でCO2に応答した複合体形成に重要であることが確かめられたHT1蛋白質中の4個のアミノ酸を示す。(D)本研究で提唱される植物のCO2感知の概念図。今回同定されたCO2センサーMPK4/12-HT1複合体は、CO2濃度環境に応じて結合・解離して、気孔開閉を引き起こす。高濃度CO2環境では、MPK41/2とHT1が結合することにより気孔を閉鎖させて水分を保持し、低濃度CO2環境では解離することにより、下流のCBC1を活性化させて気孔を開口し、CO2吸収を効率化する。 


【成果の意義】

 地上に根を張って動けない植物にとって、環境に応じて開閉する能力を備えた気孔は極めて重要です。これまで、気孔開閉を引き起こす刺激である青色の光や植物ホルモン・アブシジン酸の受容体はわかっていましたが、本研究によって、長らく不明だった植物のCO2センサーの実体が世界で初めて明らかになりました。このことは、「植物はどのようにCO2濃度を感知しているのか?」という長年の疑問に答えるものです。

 気孔は、光合成の材料であるCO2分子を大気中から取り込むことにより、陸上植物の進化と繁栄に決定的な役割を果たしてきました。今回見いだされたCO2センサーは、CO2が豊富に存在することを感じて気孔を閉鎖させることで、植物のCO2獲得と蒸散による水の損失のバランスを取る重要な役割を担っていると考えられます。

 本研究で解明されたMPK4/12-HT1複合体によるCO2感知機構を改変することで、植物のCO2に対する感受性を制御できる可能性が考えられ、将来の農作物の水利用効率改善や、現在の地球規模の課題である大気中CO2の上昇に対して植物の光合成能力を活用した取り組みに発展することも期待されます。


 本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)さきがけ「植物分子の機能と制御」 [JPMJPR21D8]、サントリー生命科学財団の支援のもとで行われたものです。

 

【用語説明】

注1)シロイヌナズナ:

 世界中の研究機関で使用されているアブラナ科の被子植物で、全遺伝子のDNA配列や蛋白質のアミノ酸配列、それらの生理機能や研究文献などがデータベースとして蓄積されている。

注2)蛋白質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ):

 動植物を通じてよく保存されている蛋白質で、細胞内のエネルギー通貨であるATPを利用して他の蛋白質にリン酸基を付加することにより、それらの蛋白質の活性や局在、相互作用などを調節する重要な役割を担う。創薬における重要な標的分子でもある。

注3)気孔:

 植物の体表に存在する一対の孔辺細胞から形成される小孔で、大気からCO2や酸素を取り込み、蒸散により水分子を大気へ放出する。孔辺細胞は、光などの刺激に応答して体積を変化させ、気孔開度を調節している。陸上植物が約4億年前に気孔を獲得し、光合成の材料である二酸化炭素を効率的に取り込めるようになったことは、陸上植物の進化と繁栄だけでなく、地球の大気組成にも大きく影響したと考えられる。

注4)植物のCO2センサー:

 植物の気孔がCO2に応答することは100年以上前に記載されており、多くの陸上植物がCO2を感じる装置を普遍的に備えていると考えられるが、その実体は長らく不明であった。

注5)植物の水利用効率:

 光合成により同化されるCO2の量と蒸散により失われる水の量の比で、植物が水を利用する効率を示す。多くの陸上植物では、1分子のCO2を固定するために300以上の水分子が失われる。