研究ハイライト

気孔開口を抑制する新分子の開発に成功 ~新たな気孔運動制御因子の発見に期待~

【ポイント】

・気孔の開口を阻害する新規化合物AUsを開発。

・生化学実験と計算科学実験から、AUsの標的タンパク質候補の同定に成功。

・新しく発見された標的タンパク質候補を介した気孔運動の制御は世界で初めての成功。


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の上田 彩果 博士後期課程学生、同トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎 教授、木下 俊則 教授、藤本 和宏 特任准教授、天池 一真 助教、相原 悠介 特任講師らの研究チームは、気孔の開口を阻害する新規分子を発見し、その標的タンパク質候補の同定に成功しました。

 気孔は植物の葉に存在し、酸素や二酸化炭素などのガスや水分を外気と交換する孔(あな)です。そのため、気孔の開閉は植物の成長やストレス応答と深く関係しており、古くから研究対象にされてきました。中でも、気孔開閉運動を制御する低分子化合物は、気孔運動の機構解明における強力な研究ツールとしてだけでなく、農薬など農業への応用にも期待されています。これまでいくつかの気孔運動制御分子が発見されてきましたが、それらの作用機序は不明なものがほとんどでした。

 本研究では、2,6-ジハロプリン誘導体(AUs)が新しい気孔開口阻害剤であることを発見し、その機構解明研究をおこないました。AUsは気孔を開かせる原動力である細胞膜プロトンポンプ注1)の働きを抑制することで、気孔の開口を阻害することが明らかになりました。詳細な生化学実験(アフィニティーベースプルダウンアッセイ注2))と計算科学実験(分子動力学シミュレーション注3))から、ロイシンリッチリピートエクステンシンタンパク質(LRXs)注4)およびRALFペプチド注5)を、AUsの標的タンパク質候補として同定しました。LRXs-RALF複合体が関与する気孔運動の作用機序は未解明であり、今後の研究により、気孔運動に関わる新たなシグナル伝達経路や制御因子の発見が期待されます。

 本研究成果は、2023年1月13日付アメリカ化学会誌「ACS Chemical Biology」のオンライン速報版に掲載されました。


【研究背景】

 植物は葉に存在する気孔を介して、酸素や二酸化炭素などのガスや水分を外気と交換しています。気孔は暗所や乾燥条件下では閉鎖し、太陽光の下では開口することで、植物内の水分量やガス交換を調整し、呼吸や光合成を制御しています(図1)。そのため、気孔の開閉は植物の成長やストレス応答と深く関係しており、古くから多くの研究者によって研究対象にされてきました。これまで気孔開閉運動を制御する低分子がいくつか開発されてきており、気孔運動の機構解明研究の強力なツールとしてだけでなく、農業応用にも期待されています。しかし、従来の気孔運動制御分子はその作用機序は不明なものが多く、基礎学問や農業での使用が制限されることもしばしばありました。


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図1:気孔の開閉とその働き。気孔は明所で開口し、暗所や乾燥条件下では閉鎖する。 その開閉運動により、植物の様々な生理現象を制御している。


【研究内容】

 本研究グループは、新しい気孔開口を阻害する化合物を発見し、その機構解明研究を行うことで標的タンパク質候補の同定に成功しました。本研究ではこれまでの気孔開口阻害分子の構造をヒントに、2,6-ジハロプリン誘導体(AUs)が光による気孔開口を阻害することを明らかにしました(図2)。さらにその類似構造体を数多く合成し、その気孔開口阻害能を評価することで、AUsの構造的特徴と阻害能との関連性を明らかにしました。

 さらに、AUsの作用機序を明らかにするために詳細な生物学的解析をおこないました。気孔の孔辺細胞に光が当たると、光受容器であるフォトトロピンが活性化し細胞内でシグナル伝達を誘導します。これにより細胞膜プロトンポンプが活性化され、プロトン(水素陽イオン)が細胞外へ排出されることで細胞内が電気的に陰性になります(過分極)。この過分極に応答してカリウムイオンが細胞に取り込まれます。これにより浸透圧の上昇がおこり、細胞内に水が取り込まれることで細胞の体積が増加し、気孔が開口します(図3)。解析の結果、AUsはフォトトロピンより下流で作用していること、気孔を開かせる原動力である細胞膜プロトンポンプの働きを抑制し、気孔の開口を阻害することが明らかになりました(図3)。さらに、AUsの標的生体分子を明らかにするために、気孔開口阻害能を有したアフィニティープローブ注2)参照を作成し、プルダウンアッセイをおこないました。3回のプルダウンアッセイにより、植物内に存在する無数の生体分子の中から、ロイシンリッチリピートエクステンシンタンパク質(LRXs)およびRALFペプチドをAUsの標的タンパク質候補として同定しました(図4)。

 次に、LRXsおよびRALFペプチドがAUsの標的タンパク質候補であることを裏付けるために分子力学シミュレーションをおこない、AUsとLRXs-RALF複合体の相互作用について評価しました。AUsは、LRXsとRALFペプチドの間の空間で安定に存在し、LRXs-RALF複合体に対し糊のような働きをすることが予想されました(図5)。また、気孔開口阻害能が低い構造をもつ類縁体で同様の計算をおこなうと、LRXs-RALF複合体とは安定に相互作用しないことが明らかになり、構造と阻害能との関連性を調べた実験結果と計算科学実験の結果に矛盾がないことが明らかになりました。


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図2:本研究で発見した気孔開口阻害化合物AUsとその気孔開口阻害活性。



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図3:青色光による気孔開口のシグナル伝達とAUsの作用点。



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図4:プルダウンアッセイの方法と結果。3回のプルダウンアッセイにより、AUsの標的生体内分子候補としてロイシンリッチリピートエクステンシンタンパク質(LRXs)およびRALFペプチドを同定。



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図5:分子力学シミュレーションによるLRXs-RALF複合体とAUsとの相互作用様式。


【今後の展開】

 本研究による気孔開口を阻害する化合物(AUs)の発見とその機構解明は、植物の成長やストレス応答に深く関わる気孔開口のメカニズムに新たな切り口を与えた点において、大きな意義があります。これまで発見されてこなかったLRXs-RALF複合体が、気孔開閉運動に関連しているかもしれないという知見は、植物生理学に新たな道を切り開く可能性があります。また、AUsはLRXタンパク質の基礎研究におけるツールとして大いに活躍することが予想されます。今後、AUsを活用した研究により、気孔運動に関わる新たなシグナル伝達経路や制御因子の発見が期待されます。 近年、環境ストレスが植物に与える影響が上昇し続けており、植物にかかるストレスが緩和されるような技術の開発が強く望まれています。今回開発したAUsは、気孔の開口を阻害することで気孔からの水蒸気の流出を防ぐことができるため、植物へ乾燥耐性を付与する効果が期待されます。今後の研究により、大量に化学合成できるAUsを基盤とした農業応用可能な化合物の創製が期待されます。


【付記】

 本成果は、以下の事業・共同利用研究施設による支援を受けて行われました。


日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(JP19H05463)

研究プロジェクト:「未踏分子ナノカーボンの創製」

研究代表者:伊丹 健一郎

研究期間:2019年4月~2022年3月


日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(20H05620)

研究プロジェクト:「フェアリー化合物の科学とその応用展開」

研究総括:河岸 洋和(静岡大学, 農学部, 特任教授)

主たる共同研究者:天池 一真

研究期間:2020年7月~2025年3月


【用語説明】

注1)細胞膜プロトンポンプ:

 ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、様々な物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されている。孔辺細胞では、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こす。


注2)アフィニティーベースプルダウンアッセイ:

 ここでは生物活性物質とその標的分子との親和性を利用することで無数の生体分子の中から目的の生体分子を精製する実験を指す。具体的には生物活性分子をビーズなどの固相担体に固定化したプローブを用いて、細胞抽出液から標的分子を単離した。


注3)分子動力学シミュレーション:

 コンピュータを用いて原子・分子などの静的・動的な構造および、その変化過程などの物理的な動きをシミュレーションする方法。


注4)ロイシンリッチリピートエクステンシンタンパク質(LRXs):

 細胞壁に付着した細胞外の細胞壁形成制御因子として知られる。細胞成長に関わる様々な生理的プロセスを引き起こすRALFペプチドホルモンの高親和性結合部位をもつ。


注5)RALFペプチド:

 植物界において普遍性が高い分泌型ペプチドであるペプチドホルモンの1つ。プロトンポンプの機能を阻害することで根の成熟領域における細胞伸長の抑制をおこなう。