研究ハイライト

植物の葉で光合成による炭素と窒素のバランスを保つ仕組みを解明! 〜「架け橋」は細胞膜プロトンポンプ〜

【ポイント】

・光合成で作られるエネルギー産生関連の炭素代謝物によって、細胞膜プロトンポンプ注1)のスイッチがオンになることが分かった。

・細胞膜プロトンポンプのスイッチをオンにするためのタンパク質ファミリーの中から新奇分子SAUR30を同定し、遺伝子発現量の変化を伴う応答と、より早い応答の2つの時間的に異なる制御機構が存在することが明らかになった。

・さらに、スイッチがオンになった細胞膜プロトンポンプは、細胞への硝酸(無機窒素化合物)取り込みを促進することを見出した。

・本研究で、植物の二大要素の炭素と窒素の協調的な利用の仕組みが明らかになった。


【研究概要】

 植物は光合成によって空気中の二酸化炭素を吸収し、糖をはじめとした炭水化物と酸素を産生します。産生された炭水化物は、細胞内で細胞膜プロトンポンプのスイッチをオンにすることが知られていましたが、その仕組みと生理的な役割は未解明でした。

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)及び名古屋大学大学院理学研究科の木下(永縄)悟 研究員、木下 俊則 教授らの研究グループは、中部大学の鈴木 孝征 教授、名古屋大学大学院生命農学研究科の木羽 隆敏 准教授、榊原 均 教授らとともに、モデル植物のシロイヌナズナの葉における、炭水化物である糖のミミック注2)投与と、網羅的な遺伝子発現変動解析、安定同位体15Nラベル硝酸取り込み実験注3)によって、細胞膜プロトンポンプの活性化の仕組みと、植物の二大要素である炭素と窒素の協調的な利用の仕組みを明らかにしました。

 本研究成果は、2023年1月25日(日本時間)付日本植物生理学会「Plant & Cell Physiology」のオンライン版に掲載されました。


【研究背景と内容】

 植物は、光合成によって二酸化炭素を糖などの炭水化物に変換します。光合成によって産生された炭水化物は、我々のエネルギー源であるだけでなく、植物自身にとってもエネルギー源となります。これまでに、光合成は、細胞の内と外を隔てる細胞膜に存在する細胞膜プロトンポンプを活性化することが知られていました。細胞膜プロトンポンプは、ATPを加水分解することによって、細胞と細胞外の細胞膜の膜ポテンシャルとプロトンの濃度勾配を形成しています。これら細胞膜内外のプロトンの濃度勾配は、他の栄養輸送体の輸送エネルギーとなっているため、細胞膜プロトンポンプは栄養輸送体のエンジンとして働いています。このように、細胞内外の物質交換のエンジンである細胞膜プロトンポンプの活性化は、植物にとって、非常に重要であると推測されるものの、「光合成がどのように細胞膜プロトンポンプを活性化させるのか」や、「細胞膜プロトンポンプ活性化の役割」は大きな謎でした。


【エネルギー産生関連の代謝物が細胞膜プロトンポンプを活性化する】

 植物では、光合成によって産生された炭水化物は糖や有機酸に変換されます。このうち、糖は他の組織に運ばれ炭水化物として貯蔵され、有機酸は細胞内でエネルギーの産生に利用されます。本研究では、まず光合成によってできた糖がシグナル分子として働いている可能性を考え、糖と似た形を持ちつつも代謝されない糖ミミックを葉に投与し、その影響を調べました。その結果、葉にショ糖ミミックを投与しても、グルコースミミックを投与しても、細胞膜プロトンポンプは活性化されませんでした。これにより、糖そのものがシグナル分子となっている可能性が少なくなったため、次に、エネルギー産生に利用される有機酸の経路を調べました。すると、驚くことに、解糖経路を抑制すると、細胞膜プロトンポンプの活性化が減少しました(図1)。一方で、解糖経路の最終産物であるピルビン酸を投与すると、細胞膜プロトンポンプの活性化が誘導されることから、代謝物の中でも、特にエネルギー産生に関わる代謝物の蓄積変動が、光合成による細胞膜プロトンポンプの活性化を引き起こすことが分かりました。


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図1. 炭素代謝物の投与と解糖経路の抑制時の細胞膜プロトンポンプの活性化

A. 糖やピルビン酸を葉に投与し、細胞膜プロトンポンプの活性化(リン酸化)を、リン酸化抗体と細胞膜プロトンポンプ抗体を用いたウェスタンブロットによって検出した写真。Manが浸透圧コントロールのマンニトール、Sucがショ糖、Pyrがピルビン酸の略。水で事前処理した葉では、ショ糖とピルビン酸投与によってリン酸化されたが、2DG (解糖系の阻害剤)で事前処理すると、ショ糖投与時のリン酸化が減少していた。

B. 細胞膜プロトンポンプのリン酸化レベルを検出するウェスタンブロットを繰り返し行い、リン酸化レベルを定量してまとめたグラフ。


【新奇分子SAUR30が細胞膜プロトンポンプの活性化を促進する】

 細胞膜プロトンポンプは、プロテインホスファターゼ2C-D(PP2C-Ds)注4)と呼ばれるタンパク質ファミリーによって抑制されることが知られています。PP2C-Dsを阻害するSmall Auxin Up RNAs(SAURs)注5)ファミリーのタンパク質の量が多くなると、細胞膜プロトンポンプは、抑制から解放されて活性化されます。しかし、SAURsはモデル植物であるシロイヌナズナの中に79種類存在しており、どのSAURsが光合成による細胞膜プロトンポンプの活性化に関わっているのか分かっていませんでした。そこで、研究グループは細胞膜プロトンポンプが活性化されるときの遺伝子発現変動を網羅的に解析し、SAUR30のみが条件にあうことを突き止めました(図2)。

 さらに本研究では、プロトプラスト一過的発現系注6)と過剰発現植物体を用いて、光合成時にSAUR30が細胞膜プロトンポンプを活性化することを見出し、SAUR30の量が増えることが、細胞膜プロトンポンプを活性化することを証明しました。また、SAUR30転写物の量が増えるよりも早く、細胞膜プロトンポンプが活性化することも見つけ、細胞膜プロトンポンプの活性化には、時間的に2種類の仕組みがあることを明らかにしました。


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図2. 光照射時とショ糖投与時の遺伝子発現変動を示すSAURs 細胞膜プロトンポンプが活性化する光照射(Lt; 黄色)、ショ糖投与(suc; 白色)した葉で、網羅的な遺伝子発現をRNA-seqによって測定し、その中で統計的に有意に変動していたSAUR遺伝子のmRNA発現量(TPM)。Dkが暗所(黒色)、manがマンニトール(灰色)でそれぞれ、光処理とショ糖投与のコントロール。SAUR30の発現量のみが、光照射時とショ糖投与時の両方で大きく上昇していた。


【細胞膜プロトンポンプが活性化されると細胞内への硝酸取り込みが向上する】

 光合成が盛んな葉では、炭水化物の産生が多いだけでなく、窒素の同化も多くなることが知られています。これは光合成が盛んな時に、炭水化物と窒素によって、アミノ酸などの生体に必須の栄養素を作るためだと考えられます。しかし、細胞内で窒素を同化しつづけると窒素が枯渇してしまうため、細胞外から窒素源を取り込み続ける必要があります。そこで、本研究では、植物の葉では光合成が盛んな時に硝酸を窒素源として取り込む可能性を考え、「光合成が細胞膜プロトンポンプ活性化によって硝酸取り込みを促進している」という仮説を置いて、安定同位体15N硝酸取り込み実験を行いました。すると、光照射した葉では硝酸取り込みが増えるのに対し、細胞膜プロトンポンプ阻害剤処理した葉では増えないことが分かりました (図3)。さらに、光を照射しなくても細胞膜プロトンポンプを強制的に活性化した葉では、硝酸取り込みが増えました。これらのことから、光合成によってできた炭水化物は、細胞膜プロトンポンプを活性化することで、硝酸取り込みを促進し、窒素が枯渇しないようにすることで、炭素と窒素のバランスを保っているということが明らかになりました。


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図3.モデル植物シロイヌナズナの葉での硝酸取り込み

A. シロイヌナズナの葉を光照射をしたのちに、安定同位体15N硝酸を含む水に浮かべたところ、光照射をしなかった葉と比べて硝酸取り込みが促進されていた。この促進は光照射の前に細胞膜プロトンポンプ阻害剤を処理しておくと、促進されなかった。

B. 暗所のままでも、細胞膜プロトンポンプ強制活性化剤で処理すると硝酸取り込みが促進された。


【成果の意義】

 本研究により、植物の葉で、細胞膜プロトンポンプの活性化が、光合成と窒素の取り込みを繋げるかけ橋を担っていることが明らかになりました。光合成の向上には、葉での窒素の取り込みを向上させることが優良と考えられるため、本研究により、炭素と窒素のバランスを保つ仕組みの理解が深まったことは、植物の光合成向上に向けた大きな進展であると言えます。加えて、細胞膜プロトンポンプの活性化は、他の栄養素の取り込みを促進する可能性が高いと考えられます。本研究によって、細胞膜プロトンポンプの活性制御を担う因子が明らかとなったことから、今後は、葉で細胞膜プロトンポンプの活性を自在に制御することで、様々な生理的な影響を検証できるものと期待されます。


 本研究は、日本学術振興会 特別研究員奨励費 [19J20450]、基盤研究(S)[20H05687]、学術変革領域A(不均一環境と植物)[20H05910]、新学術領域研究(環境記憶統合)[15H05956]の支援のもとで行われたものです。


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図4.光合成により生じた炭水化物が細胞膜プロトンポンプを活性化し、窒素の取り込みを促進する仕組みの模式図。


【用語説明】

注1)細胞膜プロトンポンプ:

 ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されている。根においては、硝酸、リン酸、カリウムなど様々な無機養分の取り込みに関わることが知られている。


注2)糖ミミック:

 ある糖分子と近い構造をした異なる糖であり、分子が存在しているかのように植物に感知させることが可能で、ある糖分子が誘発するシグナルをオンにできる。


注3)安定同位体15Nラベル硝酸取り込み実験:

 質量数が異なる同位体窒素15Nでラベルされた硝酸を植物の葉に投与することで、どれだけの硝酸が取り込まれたかを測定する実験。自然界に多い14Nとは質量が異なるため、外部から与えた窒素と内部に元々存在していた窒素の量を元素質量の差で分離することが出来る。


注4)PP2C-D:

 タンパク質を脱リン酸化するプロテインホスファターゼの一種で、2Cと呼ばれるファミリーの中のDクレードに属することからPP2C-Dと呼ばれる。過去に、細胞膜プロトンポンプの不活性化の役割が報告されている。


注5)SAURs:

 Small Auxin Up RNAs(SAURs)ファミリーの略称。SAURsファミリーの中には、79遺伝子がシロイヌナズナの中に存在している。過去には、その数種類がPP2C-Dを阻害して、細胞膜プロトンポンプ活性化に寄与していることが報告されている。


注6)プロトプラスト一過的発現系:

 細胞壁を酵素処理により取り除いた葉肉細胞プロトプラストに、ポリエチレングリコール処理を行うと、DNAが取り込まれ、一過的に、DNAにコードされたタンパク質を発現することができる。この発現系を利用することで、葉肉細胞の細胞膜プロトンポンプのリン酸化状態に影響を与える因子を調べることができる。