研究ハイライト

リングサイズで性質が変わる蛍光性芳香族ナノベルトの合成に成功

【ポイント】

・カーボンナノベルト分子「メチレン架橋シクロパラフェニレン(MCPP) 注1)」を、様々なリングサイズで合成することに成功

・MCPPのリングサイズに依存した蛍光特性や電子的・磁気的性質を解明

・マルチラジカル性 注2)をもつ機能性ナノベルトの合成につながる成果


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎 教授、八木 亜樹子 特任准教授、同大学院理学研究科の河野 英也 博士後期課程学生らは、芳香族ナノベルトである「メチレン架橋シクロパラフェニレン(MCPP)」を様々なリングサイズで合成しました。また、MCPPがリングサイズによって蛍光特性や電子・磁気的性質が異なるという特性をもつことを明らかにしました。

 芳香族ナノベルトは芳香環が筒状につながった分子であり、他に類をみない剛直な環状構造をもつため古くから興味がもたれてきた分子です。近年、2017年の本研究グループの報告を皮切りに世界中で様々なナノベルト合成が行われており、電子材料としての応用展開が始まっています。一方、それらの合成は依然として多段階であり、多種類のリングサイズのものを一挙に合成することは困難です。そのため、芳香族ナノベルトのリングサイズに依存した性質には未解明な点が多いのが現状です。

 本研究では、構成するベンゼン環の数が6個、8個、および10個のMCPPをそれぞれ合成することに成功しました。これらは全て同じ手法で、市販化合物からわずか4段階で合成することができます。また、[8]MCPPおよび[10]MCPPが蛍光性のナノベルトであることや、磁気的性質がリングサイズに依存することを実験的に明らかにしました。

 本研究は、芳香族ナノベルトの化学に新たな知見を与えるだけでなく、合成が期待されている「マルチラジカル性をもつ機能性分子」の創製につながる画期的な成果です。

 本研究成果は、2023年4月12日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に掲載されました。


【研究背景】

 シクロパラフェニレン(CPP、図1左)はベンゼン注3)環がパラ位注4)で環状につながった分子です。2009年に合成されて以降、様々なリングサイズのものが合成され、性質解明や応用展開が行われてきました。CPPが芳香族ナノリングと呼ばれる分子であるのに対し、芳香族ナノベルトと呼ばれる分子群があります。それらは芳香環が筒状に連結された分子であり、他に類をみない剛直な環状構造をもちます。特に、ベンゼン環のみからなるナノベルトであるカーボンナノベルト(図1中央)は、次世代炭素材料として期待されているカーボンナノチューブの「短尺分子」として注目を集め、古くから多くの研究者が合成に挑戦してきました。2017年に本研究グループが世界初のカーボンナノベルト合成を達成して以降、世界中で多様な構造の芳香族ナノベルトが合成され、合成化学における一大領域となっています。

現在、いくつかの芳香族ナノベルト合成法が確立されている一方で、それらは依然として多段階を必要とします。また、同じ種類で様々なリングサイズのものを合成することができれば芳香族ナノベルトの化学をさらに深く探究することができますが、そのような技術も限られていました。

 研究グループでは2020年に、6個のベンゼン環をもつ芳香族ナノベルトである「メチレン架橋[6]CPP ([6]MCPP、図1右)」の合成と性質解明に成功しています。[6]MCPP[6]CPPを筒状に固定化した構造をもち、2022年には東京化成工業株式会社から市販化もされるなど、今後の展開に期待がもたれている分子です。研究グループの報告後、MCPPがリングサイズによって異なる磁気的性質を示すことを理論的に予測した論文が海外グループから発表されるなど、MCPPの化学に高い関心が集まっていました。


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図1:シクロパラフェニレン CPP(左)、カーボンナノベルト(中央)、メチレン架橋シクロパラフェニレン MCPP(右)。


研究の内容

 研究グループは今回、リングサイズの異なる3種類のMCPPをそれぞれ合成し、その性質を調査することでリングサイズに依存した特性の評価に成功しました。[6]MCPP(図2左)は市販されているパラジエトキシベンゼン注5)を出発物質に、ピラー[6]アレーン注6)という環状分子を経てわずか4段階の化学反応で効率的に合成することができます。研究グループは、ピラー[6]アレーンの合成において、リングサイズの異なるピラー[8]アレーンならびにピラー[10]アレーンも同時に得られることに着目し、それらの変換により[8]MCPP(図2中央)および[10]MCPP(図2右)という新たなMCPPを合成しました。リングサイズの異なるナノベルトを同一の出発物質から同一の手法で一挙に合成できることは、特筆すべき点です。

 合成したMCPPの構造・光電子的性質を調査すると、リングサイズに依存して異なる性質を示すことが明らかになりました。紫外可視吸収スペクトル注7)はリングサイズが大きくなるほど長波長側に観測され、スペクトルがリングサイズに依存しないCPPとは異なることがわかりました。また、[6]MCPPはほとんど蛍光注8)を示さないのに対し、[8]MCPPは橙色の蛍光 (蛍光波長 = 592 nm、蛍光量子収率15%) を、[10]MCPPは黄緑色の蛍光(蛍光波長 = 527 nm、蛍光量子収率25%)を示すことがわかりました(図3上)。これらは、芳香族ナノベルトの蛍光としては非常に強く、リングサイズの大きなMCPPはこれまでにない蛍光性ナノベルトとして応用される可能性を秘めているといえます。

 以前の理論研究により、[6]MCPPでは分子全体に「パラトロピック環電流注9)」という電流が強く観測されることが予測されていました。研究グループは、その理論研究を行なったイタリアとアメリカの研究グループと協働し、MCPPのリングサイズが大きくなることで分子全体に流れるパラトロピック環電流が減少することを、計算科学と実験科学の両面から明らかにしました(図3下)。この性質は、[8]MCPP[10]MCPPを合成したことで初めて解明できたもので、この発見は芳香族ナノベルトの磁気的性質の探究に大きな影響を与える成果といえます。


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図2:[6]MCPP(左)、[8]MCPP(中央)および[10]MCPP(右)の分子構造。


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図3:[8]MCPPおよび[10]MCPPの蛍光(上)MCPPのリングサイズごとのパラトロピック環電流のイメージ()。リングサイズが小さいと分子全体に、大きいとベンゼン環に流れる環電流の寄与が増大する。


【今後の展開】

 本研究では、新たな芳香族ナノベルトであるMCPPについて、様々なリングサイズのものを合成することに成功しました。またその性質を調べ、芳香族ナノベルトの化学を深化させることができました。リングサイズの大きなMCPPは、剛直性と内部の空洞構造を活かしたユニークな蛍光分子としての応用が期待されます。またMCPPは、「インデノフルオレンナノベルト10(図4)」という未踏の芳香族ナノベルトに変換できると考えられている分子です。インデノフルオレンナノベルトはマルチラジカル性をもつと予想されており、これまでにない機能性分子として合成と性質解明が待望されている分子です。今後、MCPPを用いたインデノフルオレンナノベルトの世界初の合成が期待されます。


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図4:インデノフルオレンナノベルトの構造。


【付記】

本成果は、以下の事業による支援を受けて行われました。

日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(JP19H05463)

研究プロジェクト:「未踏分子ナノカーボンの創製」

研究代表者:伊丹 健一郎

研究期間:20194月~20223


【用語説明】

注1)メチレン架橋シクロパラフェニレン(MCPP)

ベンゼン環がパラ位で環状につながった分子であるシクロパラフェニレンが、メチレン炭素によって架橋された構造をもつ芳香族ナノベルト。


注2)マルチラジカル性:

一分子内に複数の不対電子をもつ分子が有する性質。


注3)ベンゼン:

炭素6原子、水素6原子からなり、炭素原子が正6角形の構造をもつ有機分子をベンゼンと呼ぶ。平面構造が最も安定であり、湾曲するとひずみエネルギーをもつ。

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注4)パラ位:

一置換ベンゼンには、置換基(X)が結合した炭素原子以外に3種類の炭素がある。近い順にオルト位、メタ位、パラ位と区別される。

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注5)パラジエトキシベンゼン:

パラ位にそれぞれエトキシ基(-OCH2CH3)をもつ分子。

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注6)ピラー[6]アレーン:

パラアルコキシベンゼンの2位と5位がメチレン炭素を介して結合した、環状構造をもつ分子をピラーアレーンと呼ぶ。このうち、6個のパラアルコキシベンゼンから構成されるピラーアレーンをピラー[6]アレーンと呼ぶ。

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注7)紫外可視吸収スペクトル:

分子が光を吸収する波長域を示したグラフであり、分子の構造や電子状態を解析することに用いられる。


注8)蛍光:

分子が光を吸収した後に放出する光を指し、分子の性質を解析するのに用いられる。


注9)パラトロピック環電流:

共役が環状につながった分子が磁場中に置かれると現れる電流を環電流と呼ぶ。環電流のうちで反芳香族性を示すものをパラトロピック環電流と呼ぶ。


注10)インデノフルオレンナノベルト:

中野 雅由 教授(大阪大学大学院 基礎工学研究科、研究当時) らのグループが、マルチラジカル性をもつと予想した前人未到のナノベルト。非常に特異的な光物理化学特性をもち、今後の応用が期待されている。