研究ハイライト

シロイヌナズナの気孔を簡便かつ高速に自動計測する技術の開発

【ポイント】

・シロイヌナズナの気孔開度を自動定量する画像解析アルゴリズムを開発

・顕微鏡の代わりとなる携帯型気孔観察装置の開発

・光や化学物質、微生物に対する気孔開度の微細な変化を迅速かつ簡便に測定可能


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の高木 桃子 博士研究員と戸田 陽介 招へい教員(㈱フィトメトリクス兼任)は、京都大学大学院農学研究科の平田 梨佳子 博士研究員と峯 彰 准教授らとの共同研究で、シロイヌナズナの気孔開度を自動定量する画像解析アルゴリズムおよび携帯型気孔観察装置の開発に成功しました。

 シロイヌナズナは、植物の環境応答における気孔の役割の解明を目指す研究に広く用いられるモデル生物ですが、その気孔は極めて小さいため、画像解析による気孔の検出・計測はこれまで困難でした。

 本研究では、気孔開度を自動測定する画像解析アルゴリズムを構築し、手作業と同等の正確さでありながら、140倍も高速な測定が可能となりました。それと同時に、顕微鏡の代わりとなる持ち運び可能な小型気孔観察装置も開発しました。従来の顕微鏡観察では植物から切り取った葉を観察する必要がありましたが、今回開発した小型装置を用いることで、植物個体から葉を切り離すことなく連続的に気孔を観察することが可能になりました。これらの技術を組み合わせることで、光や化学物質、微生物に対する気孔開度の微細な変化を迅速かつ簡便に測定できるようになりました。

 本研究成果は、2023320日付日本植物生理学会「Plant & Cell Physiology」のオンライン版に掲載されました。


【研究背景と内容】

 気孔は、植物葉の表面に存在する一対の孔辺細胞に囲まれた孔(あな)です。植物は気孔の開き具合(気孔開度)を制御することで、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みや水分の蒸散などのガス交換を調節します。また、気孔は微生物の感染に応じて閉じ、その侵入を阻む役割も担っています。そのため、光刺激や微生物の感染に応じた気孔開度を測定することは、植物が環境にどのように適応するのかを理解するために欠かせません。しかしながら、気孔は顕微鏡を使わないと観察することができず、その数も多いため、手作業による気孔開度測定は手間も時間もかかるという課題がありました。特に、シロイヌナズナは、植物の環境応答における気孔の役割の解明を目指す研究に広く用いられるモデル生物ですが、その気孔は極めて小さく、画像解析による気孔の検出・計測は困難でした。

 従来、気孔の顕微鏡写真を撮る際は、リーフディスク注1)と呼ばれる葉の断片が広く用いられてきました。しかしながら、特定の瞬間における植物の生理学的反応を厳密に評価するためには、植物個体から葉を切り離すことなく気孔のリアルタイム観察を行う必要があります。そのため、多くの研究者から、そのような観察を可能にする手法の開発が求められてきました。

 本研究では、機械学習によりシロイヌナズナの気孔開度を自動的に定量化する画像解析方法の確立、および、植物体が生育する場所で葉を切り取ることなく、気孔の画像を簡単に取得できるポータブル気孔撮影装置の開発に取り組みました。


データセットと機械学習モデルの構築

 リーフディスクは気孔開度を測定する実験によく用いられますが、その顕微鏡撮影画像は気孔を形成する孔辺細胞だけでなく、表皮細胞や葉肉細胞などの多数の"ノイズ"を含むため、気孔を見つけるのは人の目でも容易ではありません。また、気孔は様々な環境刺激に応じて、その開度をダイナミックに変化させます。そこで、研究グループはまず、異なる光条件や化合物を処理することで様々な開度を示す気孔を準備し、その顕微鏡画像を独自に取得しました。これらの画像に対して、気孔開度測定に習熟した研究者が気孔の位置、開閉および開口領域に関する情報を注釈として付与(アノテーション)し、トレーニング用、バリデーション(検証)用、テスト用データセットに分けました。

 次に、シロイヌナズナの気孔開度自動測定を実現するために、物体検出と領域分割から構成される二段階の深層学習アルゴリズムを構築しました。物体検出では、気孔の座標情報を取得するとともに、開いた気孔と閉じた気孔を分類します。You Only Look Once XYOLOX注2)の様々なモデルを、上述のトレーニング用データセットを用いて学習させ、バリデーション用データセットに対して高い精度と処理速度を示すモデルYOLOX-sを選択しました。続く、領域分割では、YOLOX-s によって"開いている"と判定された気孔画像から、気孔の開口部位を検出・計測します。ここでは、バリデーション用データセットに対して、気孔の検出と開口部位の抽出において最も高いパフォーマンスを示したU-Netに基づくモデルを選択しました。その結果、我々が開発した深層学習アルゴリズムは、リーフディスク画像の気孔開度を、手動測定と比べて、わずか0.2 m0.2 mmの誤差で自動測定することを可能にしました(図1)。さらに、テスト用データセットを用いた詳細な比較解析から、我々が開発した深層学習アルゴリズムは、手動測定と同等の正確さで、光や化合物に対する気孔開度の変化を捉えられることを証明しました。


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図1 自動定量結果の例(左)、開発したアルゴリズムで気孔開度を自動定量している様子(右)


ポータブル気孔撮影装置

 手軽に調製できるリーフディスクは、顕微鏡を用いて気孔を観察するための実用的なサンプルです。しかしながら、植物体から切り取る際の傷害やそれに伴って産生される植物ホルモンがシグナルとなって、気孔開度に影響を与えうることが分かってきています。したがって、気孔の生理学的反応を厳密に評価するためには、植物個体の葉をできる限り傷つけることなく気孔を観察する装置が必要になります。

 研究グループは、シロイヌナズナの葉を挟み込むことで"非破壊的に"気孔を撮影することが可能なデバイスを開発しました。本デバイスは、幅5 cm x 奥行20 cm x 高さ6 cmと小型であり、その重量は310 gと、携帯性にも優れています(図2)。しかし、このポータブル気孔撮影装置を用いて取得した画像に対して、前述の深層学習アルゴリズムを用いた気孔開度の自動測定を試みましたが、満足な結果が得られないという問題に直面しました。そこで、ポータブル気孔撮影装置を用いて取得した画像を用いて、モデルの再学習を行いました。その結果、ポータブル気孔撮影装置の画像に対しても、高い精度で気孔を検出し、その開度を計測することが可能になりました。さらに、ポータブル気孔撮影装置と深層学習アルゴリズムによる気孔開度自動推定を組み合わせて、トマト斑葉細菌病菌注3)に対する気孔応答を解析することに成功しました。また、気孔開度測定に要する時間は、画像一枚当たり、手動計測では平均211秒であったのに対し、自動測定では1.5秒と、140倍の高速化を達成しました。


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図2 ポータブル気孔撮影装置(左)、装置を用いて気孔測定をしている様子(右)


【成果の意義】

 本研究では、気孔開度を自動測定する画像解析アルゴリズムを構築し、手作業と同等の正確さでありながら、140倍も高速な測定が可能となりました。それと同時に、顕微鏡の代わりとなる持ち運び可能な小型気孔観察装置も開発しました。

 従来の顕微鏡観察では植物から切り取った葉を観察する必要がありましたが、今回開発した小型装置を用いることで、植物から葉を切り取ることなく連続的な気孔の観察が可能になりました。

 これらの技術を組み合わせることで、光や化学物質、微生物に対する気孔開度の微細な変化を迅速かつ簡便に測定できるようになり、今後は、光調節や植物と微生物の相互作用など、さまざまな環境刺激に応答した気孔開閉制御の根底にある分子メカニズムの解明を目的とした研究が加速することが期待されます。


【付記】

 本研究は、2021年度から始まった日本学術振興会・学術変革領域研究(B)『植物と微生物の共創による超個体の覚醒』の支援のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1)リーフディスク:

カミソリ等を用いて切り取った葉の断片。気孔を観察するための顕微鏡サンプルとして一般的に用いられる。


注2)You Only Look Once XYOLOX):

高速で物体検知をおこなうモデル。入力画像の中に写っているものに関して、位置を特定し、それを四角で囲み、それが何かを表すラベルを付与するタスクをおこなう。


注3)トマト斑葉細菌病菌:

植物病原細菌の一種。シロイヌナズナはトマト斑葉細菌病菌を認識して気孔を閉じ、その侵入を妨げるが、トマト斑葉細菌病菌は自身が産生する植物毒素コロナチンによって閉じた気孔を再び開き、植物内部へと侵入する。