研究ハイライト

植物の気孔開口を抑え、しおれを防ぐ天然物を新たに発見! ~正体は辛味成分、分子改造で幅広い用途へ~

【ポイント】

・気孔開口を抑える薬剤として、アブラナ目植物の天然物のイソチオシアネート類注1)であるベンジルイソチオシアネート (BITC) 注2)を同定した。

・BITCの作用点として、「気孔開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプ注3)の活性化抑制」を明らかにした。

・BITCの分子構造を改良し、抑制活性を大幅に強化したスーパーイソチオシアネート(スーパーITC)を開発した。

・スーパーITCは、植物ホルモンのアブシジン酸(ABA) 注4)をしのぐ気孔開口抑制活性を有し、かつ、作用時間の長期化や副作用軽減の優位性も示すことが分かった。

・スーパーITCが、切花のしおれ抑制や土植え植物の乾燥耐性付与の効果を有することを実証した。


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下 俊則 教授、佐藤 綾人 特任准教授、相原 悠介 特任講師らの研究グループは、関西学院大学理学部 村上 慧 准教授らとの共同研究により、植物の気孔開口を抑制する天然物を発見し、これをもとに活性を大幅に向上した分子の開発に成功しました。

 本研究では、気孔開口阻害剤としてアブラナ目植物に含まれる天然物のベンジルイソチオシアネート(BITC)を新たに見出しました。この化合物は、気孔の開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプの働きを抑制することで、気孔が開かないようにすることが分かりました。さらに、BITCの分子構造を様々に改変し、天然物の最大66倍も強力な気孔の開口抑制活性を示し、かつ副作用の少ない「スーパーITC」分子の開発に成功しました。

 これらの化合物をキクの切花や土植えのハクサイに散布したところ、乾燥による葉のしおれが抑制されることが明らかとなりました。切花や生け花の鮮度保持剤や農作物の乾燥耐性付与剤としての利用が期待されます。

本研究成果は、2023年5月15日午後6時(日本時間)付イギリス科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。


【研究背景と内容】

 植物の表皮には気孔が数多く存在し、植物はこの孔を通して光合成に必要な二酸化炭素を取り込み、また、蒸散や酸素の放出など、大気とのガス交換を行っています。一つの気孔は一対の孔辺細胞により構成され、太陽光に含まれる青色光に応答して開口します。一方、気孔は、暗黒条件や乾燥ストレスに応答して生合成される植物ホルモン・アブシジン酸(ABA)により閉鎖します(図1)。孔辺細胞に青色光が当たると、光受容体であるフォトトロピン注5)が活性化し、細胞内でシグナル伝達を誘導します。このシグナルにより細胞膜プロトンポンプが活性化され、その後、孔辺細胞内にカリウムイオンが取り込まれることで最終的に気孔が開口します(図2)。細胞膜プロトンポンプの活性化は、気孔開口の駆動力を生み出す重要な反応ですが、青色光がどのようにプロトンポンプを活性化するのか、シグナル伝達の詳細は完全には明らかになっていません。


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図1 気孔の開閉とその働き:気孔は青色光によって開口し、暗処理や乾燥ストレスにより生合成される植物ホルモン・アブシジン酸(ABA)により閉鎖する。気孔は、光合成に必要な二酸化炭素の唯一の取り込み口として働く。


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図2 青色光による気孔開口のシグナル伝達:青色光は、フォトトロピンに受容され、細胞膜プロトンポンプを活性化し、カリウムイオン(K+)取り込みを誘導する。これにより、浸透圧が上昇し、水が取り込まれ、孔辺細胞の体積が増加することで気孔が開口する。本研究ではBITCが細胞膜プロトンポンプの直接的なリン酸化とそれに伴う活性化を抑制することを明らかにした。BLUS1、BHPとPP1はシグナル伝達に関わると考えられているシグナル伝達因子。


 研究グループは、これまでに化合物ライブラリー注6)を網羅的に探索することで、気孔開口に影響を与える化合物を複数発見し、報告してきました(2018年4月6日のプレスリリース「気孔開口を抑制する新しい化合物を発見!」)。中でもSCL1と名付けた化合物は高い気孔開口抑制効果を発揮し、これを塗布することで植物のしおれを遅らせることができたことから、乾燥耐性付与剤としての可能性が示されました。しかしながら、これらの化合物は葉面散布での効果が低いため、気孔開口抑制およびしおれ抑制効果が限定的でした。

 そこで研究グループは、天然由来の化合物が含まれる既存化合物ライブラリーを用いた化合物スクリーニングを行い、アブラナ目植物が産生する天然物のベンジルイソチオシアネート(BITC)が高い気孔開口抑制活性を示すことを見出しました。詳細な解析により、BITCが開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプの働きを抑制することで、気孔が開かなくなることが分かりました(図2)。さらに、BITCはキクの葉に直接塗布するだけで、しおれを遅らせる鮮度保持効果を発揮することが分かりました(図4上)。

 次に、有機合成化学のグループと共同で、BITCよりも活性の高い誘導体(スーパーITC)の開発を試みました。ツユクサを用いてその効果を調べた結果、活性に重要なイソチオシアナト基 (-N=C=S)を二つ、三つと増やした類縁体がそれぞれ17、66倍と飛躍的に向上した強力な活性を示すことが分かりました (図3)。これらスーパーITCは、気孔の開口をより長く抑制できることやBITCが有していた副作用を軽減できる、といった点において、強力な気孔開口抑制活性を有する植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)をしのぐ活性を有していることが明らかとなりました。さらに、スーパーITCは土植えの植物(ハクサイ)に対しても長時間の乾燥耐性を付与することが分かりました(図4下)。


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図3 スーパーITCの開発:BITCにイソチオシアナト基 (-NCS)を複数付加した類縁体は、BITCよりもはるかに低い濃度で効果を発揮し、活性が大幅に向上していることが示された。


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図4 BITCおよびスーパーITCによるしおれ抑制効果:(上図)BITCとスーパーITC(m-bis-BITC)をキクの切花に処理し、水を抜いてから1.5時間後の様子。対照処理と比較して、いずれもしおれが顕著に抑制された。m-bis-BITCは効果を発揮するのにBITCの1/50の使用量で十分だった。(下図)スーパーITC(m-bis-BITC)をポット植えのハクサイに処理し、水を抜いてから24時間後の様子。対照処理と比較してしおれが顕著に抑制された。


【成果の意義】

 本研究で気孔開口抑制する効果を見出したBITCは、アブラナ目植物由来の天然物です。植物における本来の役割としては、植物が傷害やストレスを受けたときに産生され、虫害などから身を守る物質として知られていました。

 今回、研究グループによって気孔開口のブレーキとして働く可能性が示されました。

 BITCは、(1)天然由来であり、かつ古くから利用されており人体への安全性が高い(2)無傷の葉への処理でも効果を発揮する強力な活性である、という優れた特徴を備えています。BITCは、ワサビやマスタードなどの辛味成分の一つとして古くから私たちの食生活で親しまれてきました。また、天然由来の抗菌・防カビ剤としても利用されています。これらに加えて、本研究により、収穫後の葉野菜への安全な鮮度保持剤などの新たな用途の開発に繋がることが期待されます。また、今回開発したスーパーITCは、BITCよりはるかに低濃度でかつ長期間の効果を発揮することから、切花の鮮度保持剤や乾燥地での乾燥耐性付与剤など幅広い活用が期待されます。


 本研究は、科学技術振興機構(JST)ACT-X「生命と化学」[JPMJAX1911:相原悠介]、さきがけ「植物分子の機能と制御」[JPMJPR22D1:相原悠介]、先端的低炭素化技術開発(ALCA)[JPMJAL1011:木下俊則]、基盤研究(S)[20H05687:木下俊則]、学術変革領域研究(A)[20H05910:木下俊則]のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1)イソチオシアネート類:

イソチオシアナト基(-N=C=S)を有する有機化合物の総称。天然では、ダイコンやワサビ、ケッパーなどのアブラナ目植物が産生し、これら食品の辛味成分として知られる。植物細胞内では前駆体であるグルコシノレートとして貯蔵されており、傷害やストレスを受けたときに酵素反応によりイソチオシアネートが産生される。高い化学反応性をもち、虫害を防いだり、バクテリアや真菌に抵抗したりする作用が知られる。


注2)ベンジルイソチオシアネート(BITC):

ベンゼン環骨格にメチルイソチオシアナト基が付加した化合物。


注3)細胞膜プロトンポンプ:

ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用される。気孔孔辺細胞においては、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られている。


注4)アブシジン酸(ABA):

植物ホルモンの一種で、乾燥などのストレスに対応して合成される。気孔の閉鎖や種子の休眠、生長抑制などを誘導する。


注5)フォトトロピン:

植物特有の光受容体で、光による気孔開口の光受容体として機能する。フォトトロピンは、気孔開口の他に、光屈性や葉緑体の光定位運動の光受容体として機能することが知られている。


注6)化合物ライブラリー:

構造、分子量、膜透過性が異なる化合物を集めたセットのこと。今回の研究では、天然由来の化合物が含まれる、381種類の既存化合物を集めたライブラリーを使用した。