研究ハイライト

ダイヤモンド構造と芳香族分子を結合させ新たな機能性分子を創製

【ポイント】

・ダイヤモンド構造をもつ機能性芳香族分子注1)の「アダマンタン縮環芳香族分子注2)」の合成に成功

・アダマンタン骨格注3)を縮環注4)させることによって芳香族分子の性質が変化することを発見

・両者の特性を併せもつと期待される未踏材料である「ダイヤモンド-グラフェン ハイブリッド物質注5)」の創製につながる成果


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の八木 亜樹子 特任准教授、伊丹 健一郎 教授、同大学院理学研究科の吉原 空駆 博士前期課程学生(研究当時)らは、ダイヤモンド構造をもつアダマンタン分子を芳香族分子に密に結合させる(= 縮環させる)ことで、新たな分子群の「アダマンタン縮環芳香族分子」を創製しました。

 芳香族分子は多くの医薬品や電子材料に見られる分子群で、他の分子骨格で修飾することでその機能を変化させることができるため、その修飾法は常に開発が求められています。

 本研究では、アダマンタンという飽和炭化水素を芳香族分子に縮環させる手法を開発し、30種類以上のアダマンタン縮環芳香族分子を合成してその構造的特徴や電子的性質を明らかにしました。その結果、アダマンタン縮環により、芳香族分子の有機溶媒に対する溶解性が劇的に向上することや、通常は不安定なカルボカチオン種注6)が安定化されることを見出しました。

 本研究成果は、芳香族分子の新たな修飾法であるだけでなく、創製が期待されている「ダイヤモンド-グラフェン ハイブリッド物質」の精密合成につながる画期的なものと言えます。

 2023年5月19日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に掲載されました。


【研究背景】

 芳香族分子は多くの医薬品や電子材料に見られる分子群であり、その構造に他の分子骨格を連結する(= 修飾する)ことで望みの機能を付与させることができます。芳香族分子の修飾法は数多く存在するものの、新たな修飾法の開発は機能性芳香族分子の創製につながるため、現在でも重要な課題として取り組まれています。

 アダマンタンは、C10H16の組成式で表されるかご状の飽和炭化水素で、ダイヤモンドの構造と同じ炭素骨格をもつことから、ダイヤモンドイドとも呼ばれています。ひずみのない構造を有すること、270度という高い融点をもつこと、反応性が他の炭化水素とは異なること、さらには分子間で比較的強いロンドン分散力注7)が働くという特性をもつことから、アダマンタン骨格は配位子や電子材料、高分子材料など幅広い分野で用いられています。しかし、その一方で、アダマンタン骨格を他の分子骨格に密に結合させる(= 縮環させる)手法は開発されておらず、アダマンタン骨格が縮環した構造をもつ分子の性質はこれまで知られていませんでした。


【研究内容】

 研究グループは、芳香族分子にアダマンタン骨格を縮環させる手法を開発しました。それにより合成した分子群の「アダマンタン縮環芳香族分子」は、機能性芳香族分子として新しい修飾様式をもち、また、アダマンタン骨格をもつ分子としても、これまでにないユニークな構造を有していることが明らかになりました。

 アダマンタン縮環芳香族分子は、市販化合物から二段階で、かつ簡便な操作で合成することができます (図1)。6員環構造を介して縮環した分子のみならず、5員環構造を介して縮環した分子やアダマンタン骨格が2つ縮環した分子も合成できることが分かりました。短段階かつシンプルな手法で新規分子群を合成できることは、本研究の特筆すべき点です。研究グループは、開発した反応に対し計算科学を用いて反応経路を考察しました。その結果、まず、メタル化された芳香族分子の4-プロトアダマンタノンに対する付加反応により第三級アルコールが合成され、さらに得られた第三級アルコールにおいて、酸による脱水、カルボカチオンの転位注8)および分子内でフリーデルクラフツ反応注9)型の反応が進行することによりアダマンタン縮環芳香族分子が生成すると考えられました。


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図1:(a) アダマンタン縮環芳香族分子の合成法。(b) 本研究で合成したアダマンタン縮環芳香族分子の一部。30種類以上を合成することに成功している。


 本手法は様々な芳香族分子にも適用することができ、30種類以上の多様なアダマンタン縮環芳香族分子を合成できることが分かりました。さらに、その性質を調査したところ、アダマンタン縮環芳香族分子は単体の芳香族分子に比べて紫外可視吸収スペクトル注10)および蛍光スペクトル注11)が長波長側に観測されることが分かりました。特筆すべきことに、1つのアダマンタンが縮環することにより、芳香族分子の溶解性が劇的に向上することが分かりました。一般的に、広いπ共役注12)をもつ芳香族分子は有機溶媒に対する溶解性が低く、芳香族分子の合成や解析、応用の妨げとなることが知られています。高溶解性の芳香族分子を与える本手法は、有機半導体や医農薬の開発における新たな分子設計として貢献することが期待されます。

 また、研究グループは、アダマンタン縮環芳香族分子を化学酸化することで安定なカルボカチオンが得られることを見出しました(図2)。カルボカチオンは炭素原子上に電子不足状態が作られるため、電子的に中性な分子と比べ大きく異なる電子状態をもち、古くから基礎研究と応用研究が行われています。中には近赤外などの長波長領域での吸収や発光をもつものもあり、色素やオプトエレクトロニクス材料注13)、蛍光イメージングなどに使われてきました。通常、多くのカルボカチオンは室温下の空気中では不安定で分解してしまうことから、安定性の高いカルボカチオンの開発が求められています。アダマンタン縮環芳香族分子から得られるカルボカチオンは、室温下の空気中や溶液状態であっても分解することなく安定に存在することが明らかになりました。構造解析により、アダマンタンの炭素-炭素結合とカルボカチオン中心において超共役注14)が起こり、カチオン種の安定性に寄与していることが示唆されました。1つのアダマンタン骨格というシンプルな構造でカルボカチオンを高度に安定化できることは新たな発見です。また、アダマンタン縮環芳香族分子は多様な構造のものを合成することができるため、様々なカルボカチオンを創製できる点も本研究のポイントと言えます。


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図2:アダマンタン縮環芳香族分子の性質


【今後の展開】

 本研究では、新たな機能性芳香族分子群の「アダマンタン縮環芳香族分子」の合成に成功しました。その性質を調べることで、アダマンタン骨格の縮環が芳香族分子の溶解性を向上させることや、吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを長波長化させることが分かりました。また、化学酸化により安定なカルボカチオン種を与えることも明らかにしました。アダマンタン縮環は、新たな芳香族分子の修飾法として様々な機能性分子創製に用いられることが期待されます。また、両者の性質を併せもつと期待されていながらも未知の炭素物質である「ダイヤモンド-グラフェン ハイブリッド物質」の接合部分の構造をもつことから、今後、アダマンタン縮環芳香族分子を用いたダイヤモンド-グラフェン ハイブリッド物質の創製にも期待がもたれます。


【付記】

 本研究は、以下の事業による支援を受けて行われました。


国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ(JPMJPR22Q9)

研究プロジェクト:「新奇ダイヤモンド構造体の創製」

研究代表者:八木 亜樹子

研究期間:2022年10月~2026年3月


日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(JP19H05463)

研究プロジェクト:「未踏分子ナノカーボンの創製」

研究代表者:伊丹 健一郎

研究期間:2019年4月~2022年3月


【用語説明】

注1)芳香族分子:

ベンゼン(C6H6)を代表とする、環状の不飽和有機化合物。硫黄原子を含むチオフェンや酸素原子を含むフランなども芳香族分子である。


注2)アダマンタン縮環芳香族分子:

アダマンタン構造が2組以上の炭素-炭素結合で芳香族分子に結合した構造をもつ分子。結合部分には、アダマンタン構造と芳香族分子構造の間に環状の構造が形成されている。


注3)アダマンタン骨格:

アダマンタンの分子構造を構築する炭素骨格を表す。


注4)縮環:

分子骨格同士が2組以上の結合を介して繋がれ、連結部分に4、5、6員環などの環状構造が形成されていること。縮環部分は、環状飽和炭化水素の構造である場合や芳香族分子の構造である場合、ヘテロ原子が含まれる場合など様々である。


注5)ダイヤモンド-グラフェン ハイブリッド物質:

ダイヤモンドとグラフェンが連結した物質のこと。新たな炭素物質として近年注目を集めているが、未だ創製されていない。理論研究によって、ダイヤモンド由来の高い熱伝導性をもつグラフェン材料となることや、特異なスピン特性をもつことなどが推測されている。


注6)カルボカチオン種:

分子構造の炭素原子上に電子不足状態が生じている化学種。分子において、炭素原子の周囲には8電子存在する状態が電子的中性状態であるが、カルボカチオン種では1つ以上の炭素原子の周囲が6電子となった状態になる。何かしらのアニオン種と相互作用した状態で存在する。


注7)ロンドン分散力:

分子や原子などに量子論的に生じる一時的な電気双極子の間の引力による分子間力のこと。フリッツ・ロンドンにより定義され、分散力やファンデルワールス力とも呼ばれる。極性分子に働く分子間力に比べて非常に弱いものの、分子の反応性や性質を決定づける相互作用となる場合もある。


注8)転位:

分子における原子または原子団が結合位置を変え、分子構造の骨格変化を引き起こす化学反応。


注9)フリーデルクラフツ反応:

芳香族分子の求電子置換反応の一つで、1877年にシャルル・フリーデルとジェームス・クラフツによって発見された反応。ルイス酸の存在下、ハロゲン化アルキルと芳香族分子を反応させることでアルキル化芳香族分子が得られる。


注10)紫外可視吸収スペクトル:

分子が光を吸収する波長域を示したグラフであり、分子の構造や電子状態を解析することに用いられる。


注11)蛍光スペクトル:

分子が光を吸収した後に放出する光を指し、分子の性質を解析するのに用いられる。


注12)π共役:

複数の二重結合が単結合を挟んで交互に存在しているものを共役二重結合と呼ぶ。π電子が共役二重結合において非局在化している状態をπ共役という。


注13)オプトエレクトロニクス材料:

レーザー、発光素子、光磁気メモリ、液晶などの光電子材料のこと。


注14)超共役:

炭素原子上の空のp軌道と隣接する炭素-水素結合や炭素-炭素結合のσ軌道が重なることにより、σ電子の一部が空のp軌道にまで流れ込み、結果として炭素上の正電荷がアルキル基上にまで非局在化されること。超共役により、カルボカチオンは安定化される。