研究ハイライト

抗真菌薬「ミカファンギン」は、コウモリオルソレオウイルスの細胞外放出を抑制する

【ポイント】

・コウモリオルソレオウイルス(PRV)は、ヒトに急性呼吸器疾患を引き起こすが、有効な治療法が見つかっていない。

・FDA(米国食品医薬品局)認証の2,943薬剤の中から、PRVに効果のある薬剤をスクリーニング。

・抗真菌薬「ミカファンギン」注1)は、ヒト肺がん由来の細胞(A549)においてPRVの細胞外放出を抑制した。


【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の本道 栄一 教授、勝田 哲史(2022年度修士課程修了)、飯田 敦夫 助教、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の佐藤 綾人 特任准教授、角房 直哉 技術員らの研究グループは、コウモリを自然宿主とし、ヒトに急性呼吸器疾患を引き起こすコウモリオルソレオウイルス(PRV)に対する効果的な薬剤を新たに発見しました。

 本ウイルス感染症には効果的な薬剤やワクチンは開発されておらず、今後の大規模発生に備えた対策が必要でした。本研究で発見した薬剤は、既にヒトへの使用が米国で認可されている2,943種類の薬剤のスクリーニングによって明らかになったものであり(ドラッグ・リポジショニング注2))、将来、PRVのパンデミックが起こった際には、初動の薬剤となる候補としてその貢献が期待できます。

 本研究成果は、2023年11月10日付Elsevier社 「Virus Research」誌の電子版に掲載されました。


【研究の背景と内容】

 コウモリオルソレオウイルスは、1968年にオオコウモリから見つかったウイルスで、ヒトに急性呼吸器疾患を引き起こす人獣共通感染症です。このウイルスは、インフルエンザウイルスと同様に分節化したゲノムが特徴的で、遺伝子再集合によって大きな変異を起こすことがあります。

 PRV感染症の患者は、マレーシア、インドネシア、フィリピンで散発的に報告されていますが、インドネシアから帰国した日本人の感染例も報告されています。マレーシアでは局地的に、13~18%の人に感染歴がみられることから、注視すべきウイルス感染症のひとつです。

 一方、本ウイルス感染症には効果的な薬剤やワクチンは開発されておらず、今後の大規模発生に備えた対策が必要でした。そこで我々は、初動の対策に効果的である薬剤の発見に着手しました。FDA(米国食品医薬品局)により、ヒトでの使用が既に認可されている薬剤ライブラリ(2,943種類)の中から、抗PRV効果を持つ薬剤のスクリーニングを行ったところ(Vero細胞注3))、膵臓癌の化学療法に用いられている「ゲムシタビン」およびそのプロドラッグ注4)が、ウイルス複製への抑制効果が最も高く、抗真菌薬である「ミカファンギン」がそれに次ぎました(図1)。ヒトへの副作用の観点から、「ゲムシタビン」が本感染症対策の第一候補とはなりえず、当初の候補を「ミカファンギン」として、ヒト肺がん由来細胞株(A549)を含むヒト2種の細胞においてその効果と、作用を検討しました。


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図1 縦軸はウイルスRNAのコピー数。横軸はウイルス抑制を示した薬剤名、その投与した濃度


 その結果、ヒトの2種類の細胞において、「ミカファンギン」はウイルスの複製に大きな効果を示しませんでしたが(図2A)、培養細胞中のウイルス力価は有意に減少したことから(図2B)、「ミカファンギン」は、ヒト細胞に対し、PRVの細胞外への放出を抑制すると結論付けました。


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図2 A:縦軸はウイルスRNAのコピー数、横軸はミカファンギンの濃度 B:縦軸はウイルス力価、横軸はミカファンギンの濃度


【成果の意義】

 抗真菌薬「ミカファンギン」は、わが国でも点滴薬として病院等で使用されている薬であり、PRV感染症が我が国に侵入したときには、初動対応に貢献可能な薬剤となることが期待できます。


【用語説明】

1) 抗真菌薬「ミカファンギン」:

カビの一種、カンジダ症などの治療に用いられる。


2) ドラッグ・リポジショニング:

作用、効果、安全性などが既に明らかになっている薬剤から、別の薬効を見つけ、他の疾患の治療に役立てようとする薬剤の開発法。対象の薬剤に、既に安全性が確認されていることから、開発までの費用と時間が大幅に削減できる利点がある。


3) Vero細胞:

アフリカミドリザルの腎臓から樹立された細胞で、ウイルス学で広く使用される細胞株。


4) プロドラッグ:

投与後に生体による代謝作用を受けて活性化する薬剤のこと。プロドラッグは投与前には活性はほとんど見られないが、投与後の生体が代謝することで本来の薬効を示す。