研究ハイライト

耐光性に優れたライブセルイメージング用 近赤外蛍光標識剤を開発 ~立体化学によって細胞膜透過性が異なることを発見~

【ポイント】

・細胞膜透過性を有し、かつ耐光性に優れた近赤外蛍光標識剤注1)を開発した。

・色素の三次元的な構造が細胞膜透過性に影響を与えることを発見し、分子動力学(MD)シミュレーション注2)を用いてその理由を明らかにした。

・オルガネラ(細胞小器官)同士の相互作用を、3D+時間+波長の超解像5次元イメージング注3)で追跡することに成功した。


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の多喜 正泰 特任准教授、山口 茂弘 教授、フロハンス タマ(Florence Tama)教授(理化学研究所計算科学研究センター チームリーダー)、東京大学大学院医学系研究科・同大学院理学系研究科(兼務)の岡田 康志 教授(理化学研究所生命機能科学研究センター チームリーダー)らの研究グループは、高い耐光性と細胞膜透過性を兼ね備えたライブセルイメージング注4)用近赤外蛍光標識剤の開発に成功しました。

 近赤外領域の光は生体に対する毒性が低く、かつ自家蛍光の影響も受けにくいため、生細胞の長時間イメージングに適しています。また、広く利用されている可視光領域の蛍光タンパク質や蛍光標識剤と波長域が重ならないことから、多色で標的を染色するのにも有用です。しかし、近赤外蛍光色素の多くは水溶性や化学的な安定性が低く、光によって劣化してしまうため、長時間の観察が必要となるオルガネラのライブセルイメージングへ利用可能なものは非常に限られていました。

 本研究では、光に対する安定性に優れた近赤外蛍光標識剤を開発し、細胞膜透過性を評価しました。その結果、化合物の三次元的な構造である立体化学が細胞膜透過性に大きな影響を与えることを発見しました。膜透過性を有する近赤外蛍光標識剤を用いることで、蛍光イメージングによる任意のオルガネラの特異的標識を達成しました。また、超解像5次元イメージング(3D+時間+波長)により、オルガネラ同士の相互作用を追跡することにも成功しました。

 本研究成果は、2024年2月27日付ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載されました。


【研究背景と内容】

 近赤外領域の光は生体に対する毒性が低く、かつ自家蛍光の影響も受けにくいため、生細胞の長時間イメージングに適しています。また、多くの蛍光タンパク質や蛍光標識剤と波長域が重ならないことから、多色で標的を染色するのにも有用です。しかし、近赤外蛍光色素は水溶性が乏しく、化学的な安定性が低いものが多いため、蛍光イメージングにはあまり利用されていませんでした。これらの問題に対処するため、研究グループはリン元素を含む電子受容性の原子団(ホスフィンオキシド、P=O)をローダミン骨格注5)に導入した近赤外蛍光色素ホスファローダミン(POR)骨格の開発を進めてきました(図1a)。しかし、正の電荷を帯びたカチオン性POR(図1b)は細胞膜の透過性が低いため、任意のオルガネラを標識することが難しく、生細胞イメージングへの展開には課題がありました。

 今回、研究グループは、細胞膜透過性を向上させるために、2-カルボキシ-ベンゾ[b]チオフェン-3-イル (BT)基注6)を導入した近赤外色素1を開発しました。BT基に導入したカルボキシ基により、1は環が閉じた状態と環が開いた状態の平衡状態をとることができます(図1b)。前者は分子に電荷をもたないことから細胞膜を透過しやすい構造となっています。さらに、任意のオルガネラを蛍光標識するために、HaloTag®タンパク質注7)(以下、HaloTag)と共有結合可能なクロロアルカンをリガンドとして導入しました。


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図1.(a) 近赤外蛍光色素ホスファローダミン(POR)骨格の構造。(b) カチオン性PORの構造。(c) BT基を導入した膜透過性PORの開環・反応。


 BT基とPOR骨格は立体障害により直交した配置を取るため、1にはカルボキシ基とP=O基が同じ向きを向いたシス型(cis-1)と反対を向いたトランス型(trans-1)が生じます。これらの立体異性体を分離し、HaloTagを融合させたヒストンH2B注8)を発現させた細胞を用いて標識能を評価しました。その結果、cis-1では細胞内の膜組織が非特異的に染色されたのに対し、trans-1を用いた場合は核のみが特異的に標識される様子が確認されました(図2)。また、HaloTagを小胞体やミトコンドリア、微小管などに発現させた細胞においても、各オルガネラを選択的に染色できたことから、trans-1は優れた細胞膜透過性を有する蛍光標識剤として機能することが分かりました。近赤外領域を用いることにより、細胞内の様々なオルガネラを同時に染色し、多色イメージングを容易に達成することができます(図3a)。


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図2.立体化学選択的なリン脂質膜透過性。トランス型 (trans-1) のみが脂質膜を通過してHaloTagと結合することができる。


 次に、脂質二重膜内における各色素の振る舞いについて、分子動力学(MD)シミュレーションを行いました。その結果、cis-1は色素同士が相互作用し、脂質二重膜内で凝集体を形成しやすくなっていることが分かりました。一方、trans-1は色素がリン脂質と相互作用することによって、凝集体の形成が大幅に抑制されていることが明らかになりました。このような相互作用の違いが膜透過性の違いを引き起こすというのは、蛍光標識剤開発における新たな知見です。

 trans-1が優れたオルガネラ標識能を有することから、生細胞の蛍光イメージングへの応用を検証しました。POR骨格は光に対する安定性と化学的な安定性が高いことに加え、近赤外光で励起できることから、生理学的な条件での生細胞の動態を長時間に渡って観察することが可能です。実際に、ヒストンH2Bを標識した細胞において、90秒毎に25時間かけて撮影することができ、核分裂過程を追跡することに成功しました。

 優れた耐光性は超解像イメージングにおいても有効です。スピニングディスク超解像顕微鏡法注9)を用いて細胞内の微細な構造の三次元動態を追跡しました(図3b)。小胞体と微小管をそれぞれtrans-1と市販の微小管標識剤SiR-Tubulinで染色し、イメージ画像を異なる波長で同時かつ連続的に取得することにより、三次元+時間+波長の超解像5次元イメージングを実現しました。これにより、小胞体膜のネットワークと微小管のネットワークがどのように連結していくのかという動きを捉えることに成功しました(図3c)。


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図3.(a) 生細胞オルガネラの多色イメージング。青: 核、緑: リソソーム、黄: ミトコンドリア、赤: 微小管、シアン: 小胞体 (b) 細胞構造の超解像三次元イメージング。赤: 微小管 (SiR-Tubulin)、シアン: 小胞体 (trans-1) (c) 経時的に変化する小胞体ネットワーク構造。


【成果の意義】

 今回の成果の意義は、リン原子を組み込んだ蛍光色素の機能を追求することで、細胞膜透過性を有し、耐光性に優れたライブセルイメージング用の近赤外蛍光標識剤を開発した点にあります。この近赤外特性と耐光性を兼ね備えた蛍光標識剤は、細胞イメージング研究において非常に有用であり、生細胞の動態や機能解析において低侵襲でかつ長時間の観察が可能となります。これにより、細胞機能の理解や疾患メカニズムの解明など、医学や生命科学分野に画期的な進展をもたらすことが期待されます。

 さらに、今回の研究により、立体化学が膜透過性に深く関与していることが明らかになりました。この知見は、薬物の膜透過性に関しても重要な情報といえます。したがって、新しい蛍光標識剤の開発だけでなく、創薬開発への応用も見込まれます。今後は、この成果を基にした新しい研究や技術の展開が進み、医学や生命科学分野において先駆的に貢献することが期待されます。


【付記】

 本研究は、以下の事業・共同利用研究施設による支援を受けて行われました。

 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR21O5、JPMJCR20E2、JPMJCR1852)、科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業(PMJMS2025-14)、日本学術振興会 科学研究費補助金 (22H02798、22H04926、22K21346、20F20034、19H02849、19H03394、19H05794、19H05795)


【用語説明】

注1)近赤外蛍光標識剤:

任意のタンパク質やオルガネラを特異的に染色できる650~900 nmの近赤外領域に吸収および蛍光極大波長を有する蛍光色素。


注2) 分子動力学(MD)シミュレーション:

原子や分子の物理的な動きをシミュレーションし、その振る舞いを明らかにする手法。物質分子間で働く相互作用の時間変化を追跡することができる。


注3)5次元イメージング:

細胞の構造を三次元 (x, y, z)で複数の波長 ()を用いながら経時的な変化(t)をイメージングする技術。本研究では3D+時間+波長の5次元で観察した。


注4)ライブセルイメージング:

細胞が生きたままの状態でリアルタイムに可視化する技術。


注5)ローダミン色素骨格:

代表的な鮮紅色蛍光色素。レーザー色素としても使用されている。


注6)2-カルボキシ-ベンゾ[b]チオフェン-3-イル (BT)基:

2位にカルボキシ基を有するベンゾチオフェン様の原子団。


注7)HaloTag®:

自己標識化タンパク質タグの一つであり、ハロアルカンリガンドと共有結合を形成することができる。


注8)ヒストンH2B:

真核細胞の核内タンパク質であり、クロマチン構造を構成するヒストンタンパク質のうちの一つ。


注9)スピニングディスク超解像顕微鏡法:

超解像顕微鏡法(200 nm以下の空間分解能で観察可能な光学顕微鏡法)の一つで、生きた細胞の中の微細な構造が動く様子を高速で観察することができることが特徴。