研究ハイライト

近赤外光で植物の細胞核を見る技術 ~遺伝子操作なしで解析、農作物への応用も期待~

【ポイント】

・植物の細胞核が近赤外波長域で自家蛍光注1)を示すことを見出した。

・近赤外自家蛍光は光受容体のフィトクロム注2)タンパク質に由来することを発見した。

・近赤外自家蛍光を利用した非侵襲的なイメージング法は、実験植物以外の植物にも適用できることから、農作物などへの応用が期待される。


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (WPI-ITbM)の中村 匡良 特任准教授、高等研究院の吉成 晃 YLC特任助教、礒田 玲華 博士研究員、八木 慎宜 博士研究員、佐藤 良勝 特任准教授、ウォルフ フロマー 客員教授らの研究グループは、アメリカのカーネギー研究所のデイヴィッド エアハルト博士らとの共同研究で、植物の細胞核が近赤外波長域の自家蛍光を示すことを発見し、その自家蛍光が植物光受容体フィトクロムタンパク質に由来することを見出しました。

 さらに、近赤外領域の自家蛍光を利用することで、非侵襲的に植物の細胞核の動きを解析できることを新たに見出しました。

 本研究により発見されたフィトクロムを用いた近赤外自家蛍光イメージング法は、実験植物のみならず、普段手にするさまざまな植物の細胞核の動きを解析できる手法であり、核は遺伝子発現や細胞分裂に関わるため、まだ研究が進んでいない農作物などの核研究への応用が期待されます。

 本研究成果は、2024年3月20日付、国際科学専門誌「The Plant Journal」に掲載されました。


【研究背景と内容】

 細胞の核は、遺伝子発現、DNA複製、細胞分裂など多くの現象において極めて重要な役割を担っており、植物の成長や発育に重要な細胞小器官です。これまで、核の機能や構造を理解するために、蛍光色素による染色や、蛍光タンパク質を核局在タンパク質と融合させるなど、核の可視化技術が開発されてきました。核の観察では、DNAに結合する染色色素のDAPIやHoechst33342などが広く使用されていますが、これらの色素の多くは生きた植物細胞の中に入ることができず、生細胞での観察には使えませんでした。また、蛍光タンパク質を利用する方法は、形質転換などの遺伝子操作を必要とするため、遺伝子操作手法が確立されていない植物種では実用的ではありませんでした。   そこで登場してきたのが、近赤外光注3)による自家蛍光を利用した細胞核のイメージング技術です。この技術は、思いがけない発見から始まりました。生き物には自家蛍光があり、葉緑体などは励起光を当てるだけで蛍光を発するため、植物に蛍光タンパク質を導入するなどの改変なしに観察できることが知られています。 研究グループは、シロイヌナズナの根を近赤外光(640nm-)で励起したところ、細胞の中に丸い構造体がくっきりと観察できることを偶然発見しました。そこで、その構造体が何かを特定するため、核蛍光マーカーのヒストンH2B-mCloverと一緒に観察したところ、蛍光を発する場所が一致したことから、構造体が細胞核であることを見出しました(図1)。


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 次に、実験植物のタマネギ、タバコ培養細胞を用いたところ、近赤外光照射により細胞核が観察できることが分かりました。さらに、近くの園芸用品店から入手したニンジン、キュウリ、コリアンダー、ルッコラなどの実験植物以外の植物の根でも、近赤外光による自家蛍光を利用した細胞核のイメージングができることを実証しました(図2)。


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 次に、脂質二重膜内における各色素の振る舞いについて、分子動力学(MD)シミュレーションを行いました。その結果、cis-1は色素同士が相互作用し、脂質二重膜内で凝集体を形成しやすくなっていることが分かりました。一方、trans-1は色素がリン脂質と相互作用することによって、凝集体の形成が大幅に抑制されていることが明らかになりました。このような相互作用の違いが膜透過性の違いを引き起こすというのは、蛍光標識剤開発における新たな知見です。

 しかしながら、ヒメツリガネゴケやほうれん草など、葉緑体や色素体などの自家蛍光を発する細胞小器官が多い細胞では、自家蛍光によって核とそれ以外の細胞小器官とを判別することが困難でした。そこで、蛍光寿命注4)イメージングを試み、核とそれ以外の細胞小器の蛍光寿命の違いを検出することにより、両者を自家蛍光で区別することに成功しました(図3)。


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 興味深いことに、酵母や動物細胞では、核の近赤外自家蛍光が観察されないことから、自家蛍光の原因は植物由来の分子やタンパク質ではないかと推測されました。そこで、植物の光受容体フィトクロムが685 nmの蛍光極大をもつことが広く知られていたため、この偶然の一致からフィトクロムが関与している可能性を探りました。


 シロイヌナズナのフィトクロム遺伝子PHYAとPHYBを欠損している変異体を用い、近赤外光による自家蛍光を観察したところ、phyA;phyB変異体では、野生型で検出される近赤外光照射による核の自家蛍光が消失していました(図4)。このことから、近赤外光により観察された核の自家蛍光は、核に局在する光受容体フィトクロムから発する蛍光であることが明らかとなりました。


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【成果の意義】

 今回開発した近赤外自家蛍光イメージング法は、一般的な共焦点レーザー顕微鏡注5)を用いて行うことができ、植物に遺伝子操作を加えることなく、植物にダメージを与えずに核の構造や動きの解析を可能にします。さらに、遺伝子操作技術が確立されていない植物種への本手法の応用により、植物核研究のさらなる発展が期待されます。

 光受容体のフィトクロムは、植物に広く保存されています。本研究により、核の近赤外自家蛍光イメージングが幅広い植物種に適用可能であることが実証されたことから、形質転換が確立されていない種であっても、植物におけるフィトクロムタンパク質の動態を調べることが可能であることが示されました。

 本研究成果は、核内動態の新しい非侵襲的ライブセルイメージング技術を提供し、フィトクロムの細胞内動態に光を当てることで、フィトクロムの生物学的理解への新たな道を開くものと言えます。


【支援・謝辞】

 本研究は、JSTさきがけ(JPMJPR22D9)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(B)(23H02473)、若手研究(22K15139)などの支援のもとで行われました。


【用語説明】

注1)自家蛍光:

生体内の構造や物質が光を吸収した際に起こる光の自然放出。


注2)フィトクロム:

植物に含まれる色素タンパク質。植物の光発芽、花芽形成、避陰反応など多くの重要な整理機能を制御する光受容タンパク質。


注3)近赤外光:

650nm以上の長い波長域。


注4)蛍光寿命:

試料にパルス光を照射して励起状態となってから、蛍光を発して元の状態に戻るまでの時間。葉緑体と核で異なる。


注5)共焦点レーザー顕微鏡:

レーザー光を試料の狭い範囲に焦点を合わせて画像を検出する。光を全面に照射する一般の蛍光顕微鏡と比べ、高

いコントラストでピントの合った画像を得ることができる。