研究ハイライト

植物の染色体が維持されるための仕組みを解明 ~自在な半数体誘導を介した育種法開発の糸口~

【研究概要】

・植物の受精時に雄と雌の染色体が維持されるための重要な仕組みを発見した。

・染色体維持の鍵分子セントロメア注1)特異的ヒストン(CENH3)を運搬するヒストンシャペロン注2)(NASP)を見出し、種特異的なアミノ酸配列の組み合わせが運搬に重要であることを明らかにした。

・これらタンパク質の組み合わせの不和合は受精卵・初期胚での染色体脱落を引き起こすため、人為制御による自在な半数体誘導技術への応用が期待される。


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の武内 秀憲 特任助教、永原 史織 博士研究員(現:京都大学大学院理学研究科 助教)は、東京大学大学院理学系研究科 東山 哲也 教授(名古屋大学 客員教授)、オーストリア グレゴール・メンデル研究所のFrédéric Berger(フレデリック ベルジェ)シニア・グループリーダーとの共同研究で、染色体維持の鍵分子であるセントロメア特異的ヒストン(CENH3)の認識・運搬の分子基盤を植物で明らかにしました。さらに、CENH3の運搬を担うヒストンシャペロンタンパク質(NASP)は、植物の受精卵・初期胚において特に重要な役割を有しており、機能が損なわれると染色体の脱落が起こることを見出しました。

 被子植物では、受精卵・初期胚において片親由来の染色体が維持されず細胞から脱落することで半数体個体が生じる現象が知られており、その性質を用いた育種(品種改良)法がトウモロコシなどの限られた植物種で利用されています。本研究により、受精卵・初期胚における染色体維持の仕組みの理解が進んだことで、様々な被子植物で自在に半数体を誘導できるような技術への応用が期待されます。

 本研究成果は、2024年4月26日付日本植物生理学会の国際誌「Plant & Cell Physiology」に掲載されました。


【研究の背景】

 セントロメアは酵母から動物、植物まで全ての真核生物が有する染色体の領域で、細胞分裂の際に染色体が均等に分配されるために重要な役割をもちます。同様に、全ての真核生物はCENH3(動物ではCENP-A)タンパク質と呼ばれるセントロメア領域を特異的に標識するヒストンバリアント注3)を用いており、それらは染色体の均等な分配に必須の動原体注4)形成の中核となります(図1)。そのため、CENH3がセントロメア特異的に運搬される仕組みは、全ての細胞が正常なセットの染色体を保持し続けるために必須です。

 真核生物はCENH3に分類されるヒストンバリアントを共通して用いている一方で、そのアミノ酸配列は種間で変化が大きいことも知られています。このことから、CENH3やそれをセントロメアへと運搬する因子は、種特異的な仕組みで染色体を維持するための鍵分子であり、細胞レベルで種のアイデンティティーを決定付けていると言えます。

 このような重要性から、酵母や動物では関連する仕組みが盛んに研究されてきました。しかしながら、穀物、野菜、果実など我々の食糧を生み出す植物では、どのような仕組みでCENH3が認識されてセントロメア領域へと運搬されるのか、これまでほとんど分かっていませんでした。


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 そこで研究グループは、被子植物アブラナ科のシロイヌナズナを用いて、CENH3がセントロメア領域へと運搬されるための仕組みを解析しました。まず、種間でCENH3のアミノ酸配列の変化が大きいことに注目して、異種植物のCENH3がセントロメア領域へと運搬されるかどうかを調べました。その結果、コケ植物ゼニゴケのCENH3はシロイヌナズナのセントロメアへと運搬されないことを見出しました(図2上)。さらに、シロイヌナズナとゼニゴケ両者のCENH3のキメラタンパク質注5)を用いた実験で、タンパク質の二つのドメインがシロイヌナズナの配列であることがセントロメアへの運搬に必要であることを見出しました(図2下)。


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ヒストンが核内の特定のDNA領域を標識するためには、ヒストンシャペロンと総称されるヒストンを運搬するタンパク質が重要です。酵母や動物ではCENH3に特異的なシャペロンが同定されていますが、植物では相同なタンパク質は見つからず、どのようなタンパク質がCENH3をセントロメアへと運搬しているのかは分かっていませんでした。そこで研究グループは、シロイヌナズナで変異体の作出・解析を行うことで、cenh3変異体と同じ胚性致死の異常を示す因子を探索しました。その結果、NASP注6)と呼ばれるタンパク質を欠損させると正常な種子を作れない、すなわち胚性致死の異常を示すことを発見しました(図3)。


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 次に、異種植物のNASPやシロイヌナズナとゼニゴケのキメラNASPをnasp変異体に再導入する実験を行い、NASPとCENH3の種特異的な認識機構を解析しました。胚性致死の異常が回復するかを指標とした実験の結果、シロイヌナズナまたはアブラナ科の近縁種のNASPだけが胚性致死の異常を回復させたことから、NASPがCENH3を種特異的な様式で認識していることが示されました。さらに、植物体内でタンパク質間の相互作用を調べる実験により、CENH3がセントロメアへと運搬されるために必要な二つのドメイン(図2下)のうちの一つを介してCENH3はNASPと相互作用していることが示唆されました。


 それでは、NASPが欠損した際に見られた胚性致死はどのような異常により引き起こされているのでしょうか? 被子植物の胚発生は胚珠(受精後に種子へと発達する組織)の中で行われます。名古屋大学WPI-ITbMで開発されたClearSee®注7)を用いた特殊な観察方法により、蛍光タンパク質で標識したCENH3を観察し、NASPの機能を調べました。その結果、NASPが欠損した胚ではCENH3によるセントロメアの標識が見られず、受精卵が1~2回分裂した状態で発生を停止していることが分かりました(図4左)。さらに、一部の異常な胚では、染色体の分配異常に起因すると考えられる微小核注8)も観察されました(図4右)。これらの結果から、NASPが受精卵・初期胚における染色体維持の鍵分子の一つであることが明らかとなりました。


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【成果の意義】

 細胞分裂を繰り返しても同じセットの染色体が保持され続ける仕組みは、細胞が正常にはたらき続けるために必須であり、生物が種のアイデンティティーを維持するための根幹と言えます。今回、その仕組みの中核をなす分子CENH3およびNASPに関する理解が深まったことで、植物における研究の加速、および動物と共通の原理解明が期待されます。

 今回行った受精卵・初期胚の解析において、染色体の分配異常が観察されたことは興味深い点です。被子植物では、雄と雌の遺伝情報が一つになる受精時に、片親由来の染色体が維持されず細胞から脱落して半数体個体が生じる現象が知られています。この性質を用いた半数体個体の誘導を介した育種(半数体育種注9))は、一世代で純系を確立できる優れた品種改良法ですが、トウモロコシなどの一部の植物種でしか利用できていません。本研究よってCENH3とNASPといった実働分子の作動原理の理解が進んだことで、今後、様々な被子植物で自在に半数体を誘導できるような技術の開発が期待されます。


【支援・謝辞】

本研究は、日本学術振興会・海外特別研究員制度(2016年2月~2018年1月:武内秀憲)、名古屋大学YLCプログラム(2017年4月~2022年3月:武内秀憲)、新学術領域研究「植物多能性幹細胞」(18H04834:武内秀憲)、住友財団・基礎科学研究助成(170663:武内秀憲)、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(16H06280, 22H04926)、オーストリア科学基金(I 2163, P28320:Frédéric Berger)の支援のもとで行われました。


【用語説明】

注1)セントロメア(英:centromere):

真核生物の細胞分裂の際に観察される染色体において、紡錘体微小管が接続する部位。また、そのゲノムDNA領域。多くの真核生物ではそれぞれの染色体の中央に位置することから名付けられたが、例外もある。シロイヌナズナは典型的なセントロメアの配置をもつ。


注2)ヒストンシャペロン(英:histone chaperone):

ヒストン分子に結合し、その運搬や再構成を介助するタンパク質。


注3)ヒストンバリアント(英: histone variant):

ヒストンはDNAと結合して核内に収納する役割をもつ、H2A、H2B、H3、H4などに分類されるタンパク質である。各種ヒストンには少しずつアミノ酸配列の異なるバリアント(変種)が存在するため、それぞれ特徴的な局在や機能に注目してヒストンバリアントと呼称される。


注4)動原体(英: kinetochore):

セントロメア領域に形成される構造であり、細胞分裂時に紡錘体微小管が結合するために必要なタンパク質複合体からなる。


注5)キメラタンパク質:

複数種類のタンパク質をつなぎ合わせて作ったタンパク質。本来のタンパク質の機能の一部を別のものに置換したり、複数の機能をもつタンパク質を作り出したりするために用いる。


注6)NASP:

酵母から動物、植物まで保存されているタンパク質Nuclear Autoantigenic Sperm Protein。ヒストンに結合して核内へと運搬・保持する役割を有する。


注7)ClearSee®:

植物用の組織透明化試薬。植物の細胞内の蛍光タンパク質の情報を保持したまま、組織を透明化(光の散乱を抑制)して深部まできれいに観察するために用いられる。


注8)微小核:

通常の核から独立して存在する小さな核のこと。細胞分裂時の染色体分配の異常や染色体の切断により、取り残されることで生じる。

注9)半数体育種:

半数体の植物個体を生じさせた後、コルヒチン処理などにより染色体を倍加する(元の親の個体と同じ染色体セットに戻す)ことで、純系を短期間で得る育種法。倍加半数体法とも呼ばれる。交雑により得られる有用な形質を示す個体を純系として確立(固定)するため、通常は何世代もかけた選抜が必要となるが、この手法を用いれば1世代で純系が得られる。