研究ハイライト

甲状腺刺激ホルモン抵抗性の原因を特定

【研究概要】

・甲状腺刺激ホルモンに対する甲状腺の感受性が低下する甲状腺刺激ホルモン抵抗性の原因は未解明でした。

・甲状腺刺激ホルモン抵抗性の原因の1つにショートタンデムリピート(STR)注1)の非コード変異注2)があることを明らかにしました。

・遺伝子間領域にあるSTRのたった一つの欠損あるいは変異が、優勢遺伝するヒトの病気を引き起こすことを示しました。


【研究概要】

 シカゴ大学 Samuel Refetoff教授、ミシガン大学 Helmut Grasberger博士、ブリュッセル自由大学 Gilbert Vassart教授、ワシントン大学Michael J. Bamshad教授、名古屋大学 吉村崇教授らの研究グループは甲状腺刺激ホルモンに対する感受性が低下する甲状腺刺激ホルモン抵抗性の原因として、霊長類に特有のショートタンデムリピートの非コード変異を同定しました。

 DNAにはタンパク質の情報が書き込まれた「遺伝子」の領域と、タンパク質の情報が書き込まれていない「遺伝子間領域」が存在しますが、遺伝子間領域のたった一つのリピートの欠損か変異が、ヒトの遺伝病を引き起こすことが明らかになりました。

 本研究成果は、2024年5月7日にNature Genetics誌のオンライン版に掲載されました。


【研究の背景と内容】

 先天性甲状腺機能低下症は、新生児の2,000〜3,000人に1人が罹患する新生児内分泌疾患です。先天性甲状腺機能低下症の早期スクリーニングと甲状腺ホルモン補充療法は、ほとんどの国で実施されており、知的障害や成長障害を含む深刻な合併症の予防に役立っています。なお、日本での早期スクリーニングの指標には甲状腺刺激ホルモン(thyroid-stimulating hormone: TSH)が使われています。

 TSHは、甲状腺の発達と機能を制御するマスター制御因子で、甲状腺刺激ホルモンに対する感受性が低下する甲状腺刺激ホルモン抵抗性(resistance to TSH: RTSH)は、甲状腺ホルモンの産生は正常なものの、血中TSHの値が上昇することで先天性甲状腺機能低下症には至らない、いわゆる代償性甲状腺機能低下症の特殊なサブタイプです。RTSHは1968年に報告され、1989年にTSH受容体の変異が原因遺伝子として特定されていました。その後、Refetoff教授らによって、TSH受容体に変異を伴わず、優性遺伝する新たなタイプのRTSHが発見され、その原因が第15番染色体に存在することが2005年に示されていましたが、それ以来20年近く正確な原因は不明でした。今回の研究で優勢遺伝するRTSHの原因として、ショートタンデムリピート(STR)の非コード変異を同定しました。


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図1. (A) 甲状腺刺激ホルモン不応症(RTSH)を引き起こすSTRの変異、 (B) TSHが高い値を示すゴリラにおいてもSTRの変異が共通していた


【成果の意義】

 近年、タンパク質をコードしていない領域の変異が様々なヒトの病気の原因になりうることが明らかにされていますが、それらの原因の特定は困難でした。今回の研究により、タンパク質をコードしていない領域のたった一つのリピートの欠損か変異が、ヒトの遺伝病の原因になることが明らかになりました。


【用語説明】

注1)ショートタンデムリピート(STR):

ゲノム上にある数塩基単位の繰り返しからなる反復配列のこと。


注2) 非コード変異:

タンパク質の情報が組み込まれていないDNA領域における塩基配列の変異のこと。