研究ハイライト

見えた!植物がたくさん種子を作るしくみ ~花の中身を観察する新手法で、オスとメスが結ばれるしくみ究明~

【研究概要】

・特殊な顕微鏡法で花の中を生きたまま見ることに成功

・花の中ではメスが1つだけオスを引き寄せる1対1誘引が精密に制御されていた

・1対1誘引の制御のしくみは、種子を効率的に多く作るため、農業育種にも重要


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の水多 陽子 助教、大学院理学研究科の榊原 大吾 博士前期課程学生†、永原 史織 研究員†、金城 行真 博士前期課程学生†、長江 拓也 博士後期課程学生†、栗原 大輔 特任准教授、東京大学大学院理学系研究科の東山 哲也 教授らの研究グループは、花の中を生きたまま観察できる特殊な顕微鏡法を開発しました。開発した方法で花の中を観察することで、花粉管注1)(オス)が胚珠注2)(メス)に1対1で引き寄せられ、次々に受精する様子をはっきりと捉えることができました。

 その後の解析から、花粉管(オス)は胚珠(メス)に1対1で引き寄せられること、胚珠を包む母体組織や胚珠内の細胞から出る「花粉管誘引シグナル」が花粉管をめしべの組織表面に沿って伸長するように促す「花粉管くっつきシグナル」としても働くことで、1対1の引き寄せが時空間的に精密に制御されていることが分かりました。一方で、すでに花粉管を引き寄せた胚珠からは、これ以上オスが引き寄せられないよう速やかに「反発シグナル」が出ることも明らかとなりました。この反発シグナルにより、受精できなかった花粉管は他の胚珠に向かうことができるため、オスもメスも無駄にならず、より多く種子を作ることができると考えられます。

 本研究によって明らかになった植物が効率的に種子をより多く作るしくみは、種子増産など農業育種分野においても重要と考えられます。

 本研究成果は、2024年5月21日18時(日本時間)付ヨーロッパ科学雑誌「EMBO reports」に掲載されました。

(† は研究当時)


【研究の背景】

 花を咲かせる植物は被子植物と呼ばれ、地球上には25万種以上とも言われるほどたくさんの種が存在します。花は被子植物が種子をつくり、いのちを次の世代へつなぐための生殖器官です。道端に咲く小さな花にも壮大ないのちのドラマが隠されています。


 花の内部にはめしべとおしべと呼ばれる組織があります(図1A)。めしべの中には、胚珠と呼ばれるメスの組織が埋め込まれています。おしべの花粉の中には、オスの配偶子である精細胞が含まれています。花が咲くと花粉がめしべに受粉し、花粉管と呼ばれる管状の細胞が発芽します。その後、花粉管はめしべの中を伸長し、胚珠に辿り着いて精細胞を胚珠に送り届け、受精し、種子が作られます。興味深いことに、一つのめしべの中に複数の胚珠(メス)と花粉管(オス)が含まれる場合、胚珠は1本ずつ花粉管を誘引し、複数の花粉管を誘引することはほとんどありません。これまでの研究から、胚珠から分泌される花粉管誘引物質注3)が花粉管を引き寄せることが分かっていました。しかし、ただ引き寄せるだけでは1つの胚珠にたくさんの花粉管が集まってしまう(=多花粉管誘引)ため、他の胚珠が受精できず、種子の数が減ってしまいます(図1B)。引き寄せると同時に、余分な花粉管を他の胚珠へと向かわせるしくみがあると考えられますが、その詳細は完全には明らかになっていませんでした。花の中を生きたまま覗き見る方法がなく、実際の花の中でどのように花粉管誘引が制御されているか知ることができなかったためです。


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 そこで研究グループは、二光子励起顕微鏡注4)という特殊な顕微鏡を用いることで、花の内部を生きたまま観察する新しい観察方法を確立しました。モデル植物のシロイヌナズナのめしべを観察する「Single-locule法」注5)を確立することで、生きためしべの中でたくさんの花粉管が伸長し、次々に胚珠へと誘引される様子が初めて捉えられました(図2A)。また、めしべをホルマリン固定し植物透明化試薬ClearSee®注6)を用いて透明化することで、めしべ内部の3次元情報を得ることも可能となりました(図2B)。これにより、複数の胚珠と花粉管がどのように1対1で受精するのか、生きたまま、または固定化して時空間情報とともに詳細に解析することが可能になりました。


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 観察から、胚珠に誘引される花粉管(=受精に成功するオス)にはいくつか特徴があることが分かりました。花粉管が少ない時はめしべ中央部の胚珠に、花粉管が多い時はめしべ上部の胚珠に誘引されていたことから、どの胚珠に誘引されるかは花粉管の数、そして胚珠(メス)の成熟度に依存することが分かりました。また、花粉管が誘引されるには、胚珠の近くにいることが重要なことが分かりました。つまり、胚珠の花粉管誘引シグナルが届く範囲は限られていますが、数が多いとその範囲に入る花粉管が増えるため、めしべ上部の胚珠への誘引が増加すると考えられます。さらに変異体を用いた解析からは、「花粉管誘引シグナル」は胚珠の外珠皮に由来することが分かりました。また、誘引だけでなく、花粉管誘引シグナルは母体組織表面に沿って伸長することを促す「花粉管くっつきシグナル」としても働くことが分かりました。このシグナルは、これまで分かっていたよりもさらに長距離まで届くことが示唆されました(図3)。


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 さらに解析を進めることで、1対1誘引はこれまで分かっていた時期よりも前から始まっていることが示唆されました。花粉管は、珠柄と呼ばれる母体組織と胚珠をつなぐ茎のような組織の表面を伸長し、胚珠へと向かいます。1本の花粉管が胚珠へと誘引され、珠柄を登り始めた時点で2本目の花粉管を引き寄せないようにするしくみが備わっていることが明らかとなりました(図3赤の点線)。その後、1本目の花粉管が珠柄を登り始めてから45分後にさらに強いしくみが発動し、2本目の花粉管が強力に拒否されることが分かりました(図3赤の実線)。また、余分な花粉管を拒否する「反発シグナル」と思われる現象も、生きたまま捉えることができました。これらの余分な花粉管誘引を防ぐしくみは、母体組織と胚珠の細胞の両方に由来することが示唆されています。このように、花粉管の誘引と拒否は、オスとメス両方の組織によって、胚珠と花粉管1つ1つに対し時空間的に精密に制御されていることが明らかとなりました。



【成果の意義】

 本研究により、被子植物であるシロイヌナズナの花の中を生きたまま観察することが可能となりました。確立した「Single-locule法」や植物透明化、二光子励起顕微鏡による観察方法は、植物の生殖過程を解析する上で有用な手法となることが期待されます。また、花粉管が胚珠へと1対1で引き寄せられるしくみは単純ではなく、オスとメスの様々な細胞による多段階の複雑な制御であることが明らかとなりました。地上の様々なストレス環境のもと、被子植物はいのちを繋ぎ、子孫を残す必要があります。時空間的に花粉管の挙動を精密に制御することで、限られた条件下で確実に受精を成功させ、効率的に種子を作るしくみを進化させてきたと考えられます。今後は、本研究で明らかとなった「花粉管くっつきシグナル」や「花粉管誘引シグナル」、「反発シグナル」の分子実態を明らかにすることで、被子植物における1対1誘引のしくみの理解がさらに進むことが期待されます。

 植物が種子をより多く効率的に作るしくみを明らかにすることで、将来的には不稔の打破や種子増産、過酷な環境下でも種子生産を可能にするなど、農業育種分野や環境分野においても応用が進むことが期待されます。


【付記】

本研究は、JST ERATO(東山哲也:JPMJER1004)、創発的研究支援事業(栗原大輔:JPMJFR204T)、科研費 若手研究(水多陽子:18K14741)、学術変革(B)(水多陽子:20H05778、20H05779)、新学術(22H04668:栗原大輔、16H06465:東山哲也)、基盤(S)(東山哲也:22H04980)、研究大学強化促進事業若手新分野創成研究ユニット(水多陽子)、大隈基礎科学創成財団基礎科学助成(水多陽子)、住友財団基礎科学研究助成(水多陽子)の支援を受けておこなわれました。


【用語説明】

注1)花粉管:

植物が受粉した際に、精細胞をめしべの奥深くに存在する種子の元になる組織へと届けるための長い管状の細胞。花粉管の先端内部には2個の精細胞が含まれており、活発に先端成長することで胚珠へと到達する。胚珠に到達した後は、花粉管の先端が破裂することで内部の精細胞が胚珠内に放出され、受精できるようになる。


注2)胚珠:

めしべの奥深くに位置する種子の元となる組織。胚珠の中にある卵細胞と花粉管によって運ばれてきた精細胞が受精することによって、受精卵が作られる。その後、受精卵が分裂を繰り返すことで胚発生が進行する。


注3)花粉管誘引物質:

花粉管伸長の方向を制御する物質。2009年に本研究グループの東山哲也らによって発見された花粉管誘引物質の一つであるLUREは、胚珠の助細胞から分泌されるシステインに富んだペプチドである。培地上に胚珠と花粉管を取り出し、誘引活性を評価することで花粉管誘引物質が同定された。


注4)二光子励起顕微鏡:

蛍光タンパク質や蛍光色素を観察する蛍光顕微鏡の1つ。生体内での散乱の影響を受けにくい近赤外線超短パルスレーザーを用いているため、生体組織の深部を低ダメージで生きたまま観察するのに適している。


注5)Single-locule法:

シロイヌナズナのめしべは胚珠を含む2つの室から成る。2つの室のうち、片方を取り除いて一つだけを残し、切り口を培地で塞いで観察する方法を確立した。この方法を用いることで、これまで硬い組織に阻まれて見えなかっためしべの内部を生きたまま観察できるようになった。


注6)植物透明化試薬ClearSee®:

2015年に本研究グループの栗原大輔らにより開発された植物を透明化する試薬。植物を透明化することによって、組織を傷つけずに内部構造を保ったまま、1細胞レベルで蛍光を観察できる特徴がある。


【関連情報】

インタビュー記事「速いもん勝ちじゃない、成功するオスの意外な戦略を可視化」(名大研究フロントライン)