研究ハイライト

ミトコンドリア内膜の特性を蛍光寿命で解析する新技術を開発 ~細胞へのストレスにより膜の流動性が変化することを発見~

【本研究のポイント】

・耐光性に優れ、かつ極性変化に敏感な応答を示すミトコンドリア内膜で特異的な蛍光を発する標識剤を開発した。

・脂質組成によってミトコンドリア膜の特性が異なり、細胞の種類だけでなく、同じミトコンドリア内でも膜特性が不均一であることを明らかにした。

・細胞が酸化ストレスを受けると、ミトコンドリア内膜の特性が変化し、膜の秩序性が向上することを示した。


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の多喜 正泰 特任准教授、山口 茂弘 教授らの研究グループは、高い耐光性と優れた環境応答性を兼ね備えたミトコンドリア内膜で特異的な蛍光を発する標識剤を開発し、内膜特性の違いを蛍光寿命の違いとして観察する新たな技術を開発しました。

 細胞には数万種類を超える脂質が存在し、主な脂質成分は生体膜の構成要素として利用されています。脂質組成の違いが細胞間や細胞小器官(オルガネラ)間での相互作用や、タンパク質の機能制御と深く関連していることが知られています。一般的に脂質構造の多様性を理解するには質量分析による解析が有用ですが、質量分析では試料が破損してしまうために生きた細胞内における膜動態を観察することができません。一方、蛍光イメージングは生きた細胞内のオルガネラ動態の観察に適した技術ですが、脂質は既に手法が確立しているタンパク質とは異なり遺伝子工学によって直接蛍光標識することができません。そのため、脂質組成によって変化するオルガネラ膜の特性を蛍光イメージングによって評価することは困難でした。

 本研究では、優れた耐光性を有し、かつ色素周囲の極性環境に応答して蛍光特性が変化するミトコンドリア内膜標識剤を開発しました。ミトコンドリア内膜はヒダ状の折りたたみ構造を形成しており、特有の脂質特性を有していることが知られています。今回開発した化合物を用いて細胞を標識し、蛍光寿命顕微鏡(FILM注1)で観察したところ、ミトコンドリア内膜には流動性が高い領域と低い領域があることを発見しました。ミトコンドリア内膜の特性は、細胞種や培養条件によっても異なり、特に細胞をストレス下で培養すると、膜の流動性は著しく低下することを生細胞中で観察することに成功しました。

 本研究成果は、2024528日付ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載されました。


【研究背景と内容】

 細胞内には多種多様な脂質が存在し、エネルギー代謝やシグナル伝達、タンパク質の機能制御など、細胞の生命維持活動に重要な役割を果たしています。これらの脂質の多くは生体膜の構成要素として機能しています。しかし、生体膜を構成する脂質の組成は細胞間だけでなく、同一細胞内の異なる細胞小器官(オルガネラ)間でも異なることが知られており、これらの違いが生体膜の物理化学的特性に大きな影響を与える要因となります。

 中でも、ミトコンドリアは外膜と内膜の二層構造を持ち、内膜はクリステと呼ばれる折りたたまれたひだ状の構造を有しています。カルジオリピン(CL)はミトコンドリア内膜特異的なリン脂質であり、特に哺乳動物細胞のミトコンドリアには多価不飽和脂肪酸2を含むCLが多く存在することが知られています。不飽和脂肪酸が多いほど、生体膜の流動性が高くなり、この流動性がタンパク質の発現やミトコンドリアの機能など、様々な細胞現象と密接に関連しています(図1)。これまでミトコンドリアの脂質組成は細胞からミトコンドリアを取り出した後に質量分析法で解析されてきましたが、生きた細胞内でのミトコンドリア内膜の特性を検証した例はありませんでした。


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図1.ミトコンドリアの構造と膜特性


 研究グループはこれまでに、リンと炭素原子によって構造が強化された蛍光色素骨格が顕微鏡の光を当てても褪色しない極めて高い耐光性(超耐光性)を持つことを発見しています。そこで、この知見に基づき、研究グループは超耐光性と色素近傍の極性環境に応じて蛍光特性が変化する環境応答性を兼ね備えた色素骨格bis-P=Oを開発し、適切な官能基修飾を施した環境応答型ミトコンドリア内膜標識剤MitoPB Redを開発しました(図2a)。

 MitoPB Redは、二重膜を構成する脂質組成によって生じるわずかな膜極性の違いを、蛍光寿命の違いとして感知できる性質を持っています。例えば、DPPCやスフィンゴミエリン(SM)などの飽和脂肪酸から構成される人工膜小胞(リポソーム)では膜極性が低くなり、長い蛍光寿命を示します。一方、DOPCCLなどの不飽和脂肪酸を多く含むリポソームでは二重膜の流動性が高いため、細胞内の水分子が脂質膜内部に浸透しやすくなり、極性が高まる結果、色素の蛍光寿命が劇的に短くなることが分かりました(図2b)。この人工的な試料での測定結果から、実際の細胞内でも不飽和脂肪酸が多く極性が高い膜では、蛍光寿命が短くなることが予想されます。また、超解像顕微鏡技術の一つであるSTED顕微鏡3を用いることで、明瞭なクリステ構造4が観察されたことから、MitoPB Redがミトコンドリア内膜を特異的に標識していることが確認されました(図2c)。これらの結果から、MitoPB Redで標識した細胞をFLIMで観察することで、ミトコンドリア内膜の膜特性の違いを検証できることが示されました。


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図2.(a) MitoPB Redの構造。R1、R2は色素骨格を修飾する官能基を表し構造式は右下のとおり。R1のP+Ph3はトリフェニルホスホニウムという官能基で、ミトコンドリアに集積することが知られている。(b) 様々な脂質組成で構成されたリポソーム中におけるMitoPB Redの蛍光寿命。(c) MitoPB Redで染色した細胞のSTED顕微鏡画像。


 実際、FLIM画像では不均一な膜特性が観察されたことから、同じミトコンドリア内でも流動性の高い領域と低い領域が存在することが明らかとなりました(図3a)。また、膜特性は細胞のストレスにも敏感に反応し、例えばミトコンドリア膜電位の脱分極剤であるCCCP5やプロトンチャネル阻害剤であるオリゴマイシン6で細胞を処理すると、蛍光寿命の劇的な長寿命化、すなわち膜の流動性が低下することを発見しました。また、ミトコンドリアを強いレーザー光で照射し続けると、ミトコンドリア膜が光損傷を受け、膨潤する(ここでは、ミトコンドリア内部に細胞内の液体が浸透し、膨れ上がる)ことが知られています。この様子をFLIMで観察したところ、膨潤したミトコンドリア膜は流動性が著しく低下していることが分かりました(図3b)。

 この結果は、膨潤後のミトコンドリア内膜の構成成分に飽和脂肪酸が豊富に含まれる可能性を示唆しています。この変化の様子を経時的に追跡したところ、ミトコンドリア膜の光損傷は均一に起こるのではなく、膜の一部が損傷を受けると、膜特性の変化が単一ミトコンドリア全体に広がることを初めて可視化することに成功しました(図3c)。


 また、リポソームを用いた質量分析の結果から、光照射によって過酸化リン脂質7が生成されることも確認されました。したがって、ミトコンドリア内膜でも過酸化脂質が生成され、ミトコンドリア外膜との間でリン脂質の再構築が行われた結果、膜の流動性が低下したものと予想されます。耐光性と環境応答性を兼ね備えたミトコンドリア内膜標識剤の使用により、生細胞中でのこのような膜ダイナミクスのリアルタイムな観察に初めて成功しました。

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【成果の意義】

 本成果の意義は、強い蛍光色を発する特徴を持ったπ共役系に対し、不飽和脂肪酸と反応しやすい電子受容性官能基のホスホリル基を2つ導入することにより、優れた耐光性と環境応答性を示す蛍光色素骨格を開発した点にあります。これによって、蛍光寿命から膜特性の変化を画像化できるようになりました。

本研究では、ミトコンドリアに集積することが知られているトリフェニルホスホニウム(図2(a)R1)を色素骨格に連結させることで、ミトコンドリア内膜特性の不均一性およびストレス応答性をリアルタイムで観察することに成功しました。

 ミトコンドリアの膜特性は細胞種によっても大きく異なり、様々な疾病に加え、最近では老化との関連性についても興味がもたれています。したがって、本成果は、基礎生命科学分野のみならず、医学・創薬分野においても多大な貢献をもたらす技術を提供するものと考えられます。 また、本色素骨格に対して、トリフェニルホスホニウムの代わりに他の官能基を導入することにより、他の細胞内小器官(オルガネラ)に色素を局在させることも可能です。細胞内の脂質動態をオルガネラごとに解析できるようになれば、生命活動における脂質の機能や役割を解明することにも繋がるものと期待されます。


【付記】

本研究は、以下の事業・共同利用研究施設による支援を受けて行われました。

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR21O5)、ERATO (JPMJER2101)、日本学術振興会 科学研究費補助金 (19H02849、23K06101)


【用語説明】

注1)蛍光寿命顕微鏡(FILM):

蛍光分子が光により励起されてから、蛍光を発してもとの状態に戻るまでの平均時間を検出されるまでの時間を計測しマッピングする方法。蛍光波長の強度による解析の欠点を補うイメージング手法として注目されている。


注2)多価不飽和脂肪酸:

複数の二重結合を有する脂肪酸。多価不飽和脂肪酸から構成されるリン脂質を多く含む脂質膜は流動性に富む。一方、飽和脂肪酸が多い場合は、脂質膜の流動性は乏しくなる。


注3)STED顕微鏡:

超解像顕微鏡の一つで、誘導放出抑制という光学的な原理を利用することにより高い空間分解能で画像を取得することができる。


注4)クリステ構造:

ミトコンドリア内膜が折りたたまれることによって形成されるひだ状の構造。


注5)CCCP:

クロロフェニルシアノフェニルヒドラジンの略で、ミトコンドリアの膜電位を消失させる。


注6)オリゴマイシン:

ミトコンドリア内膜に存在するATP合成酵素の阻害剤。


注7) 過酸化リン脂質:

リン脂質が活性酸素によって過酸化されたもの。細胞の酸化ストレスや炎症反応に関与している。