研究ハイライト

硫黄とホウ素を活性中心とする光触媒の開発 ~1分子で3つの触媒機能を実現~

【研究概要】

・硫黄とホウ素を活性中心とする新規光触媒を開発

・1分子で3つの異なる触媒機能(ブレンステッド酸注1)・一(いち)電子還元注2)・水素原子移動注3))を実現

・3つの触媒機能を活かして、従来合成が難しかった化合物群の簡便な合成法を提供


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・大学院工学研究科の大井 貴史 教授、荒巻 吉孝 助教、工学研究科の木倉 健翔 博士後期課程学生らの研究グループは、硫黄とホウ素を活性中心とする新たな光触媒を開発しました。

 この触媒は、ブレンステッド酸としての機能を果たすと可視光を吸収できる構造へと変化し、青色LEDの照射によって励起注4)され、一電子還元剤としての機能と、炭素―水素結合から水素原子を引き抜いて炭素ラジカルを発生させる水素原子移動剤としての機能を発揮するようになります。

 1つの分子が担う3つの機能が安価な非金属元素である硫黄とホウ素に由来していることから、元素戦略の観点からも重要な成果と言えます。さらに、本研究で提示した光触媒の設計指針は、硫黄とホウ素の組み合わせに限定されない拡張性の高いものであり、新しい光触媒を開発するための基盤になると考えられます。このようなユニークな触媒機能を活かして、従来合成が困難であった化合物群の簡便な合成法を提供できることも報告されており、今後様々な反応の開発に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、2024年7月8日付アメリカ化学会誌『Journal of the America Chemical Society』オンライン速報版に掲載されました。


【研究背景と結果】

 光エネルギーを利用した有機合成は、従来の熱エネルギーによる反応では困難な分子変換を実現できるため、近年盛んに研究されています。その際、光エネルギーを結合の開裂や形成に利用できる化学エネルギーに変換する重要な役割を担っているのが光触媒です。これまで有機合成に用いられてきた光触媒の多くは、逆方向のエネルギー変換、すなわち電気エネルギーを光エネルギーへ変換する有機EL(Electro Luminescence) 材料の中から見出されたものですが、その種類は限られています。また、イリジウムやルテニウムなどの希少金属を中心元素としてもつ分子が支配的でした。

 研究グループは、光触媒分子の新しい設計指針として可視光活性分子内FLP注5)を提示し、硫黄とホウ素を活性中心とする多機能な光触媒p-ジアリールボリルハロチオフェノール(図1)の開発に成功しました。

 この分子は、ブレンステッド酸として機能すると可視光を吸収できる構造(可視光活性分子内FLP)へと変化し、青色光のエネルギーによって励起されると一電子還元剤としての機能と炭素-水素結合を直接活性化して炭素ラジカルを発生させる水素原子移動剤としての機能を発揮するようになります。

 このように、1つの分子で3つの機能を同時に発揮できる触媒は非常に珍しく、既存の触媒では困難な分子変換法の開拓へとつながることが期待されます。実際に研究グループは、今回開発した光触媒を用いて青色LEDの照射下、これまで難しかった嵩高い非対称1,2-ジオールの原子効率注6)100%での合成を実現し、その有用性を実証しました(図2)。


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図1 p-ジアリールボリルハロチオフェノール触媒の構造と機能



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図2 p-ジアリールボリルハロチオフェノール触媒による嵩高い非対称1,2-ジオール合成


【成果の意義】

 本研究で提示した光触媒分子の設計指針である「可視光活性分子内FLP」は、硫黄とホウ素の組み合わせに限定されるものではなく、幅広い元素を活用した分子設計へと拡張できることから、今後多彩な光触媒分子の創製を促し、個々の光触媒の機能を活かした様々な物質生産法の開発につながると期待されます。


【付記】

 本研究は、主に日本学術振興会 科学研究費助成事業(学術変革領域A)『炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学』、(2023~2027年度)および(国際協働研究加速基金)『動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探求』(2022~2029年度)の支援のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1)ブレンステッド酸:

プロトン(H+)を渡すことができる分子。硫黄原子上のプロトンは、生体内反応でも働いている最も基本的な触媒の一つ。


注2)一電子還元:

物質が一電子を受け取るプロセスであり、触媒側から見ると反応相手に一電子を渡すプロセスを意味する。


注3)水素原子移動:

水素ラジカルが移動するプロセス。


注4)励起:

物質がエネルギーを吸収して、より高いエネルギー状態になること。


注5)FLP:

嵩高いルイス酸・塩基対 (Frustrated Lewis Pair) の略称。ルイス酸と塩基が配位結合をつくりにくいため、それらが協奏的に機能しユニークな分子活性化が可能になる。


注6)原子効率:

原料に含まれている原子のうち、目的生成物へと変換された原子の割合。原子効率が100%とは、原料の原子が全て反応生成物に組み込まれたことを意味する。