研究ハイライト

脂質異常症を改善する新規化合物の開発に成功 ~副作用の少ない新たな治療薬としての応用に期待~

【研究概要】

・甲状腺ホルモン受容体β(THRβ) 注1) に選択的に結合する新規化合物ZTA-261を開発した。

・マウスへのZTA-261の投与により肝臓および血中の脂質が低下した。

・ZTA-261の肝臓、心臓、骨に対する副作用は既存の化合物と比べて大幅に軽減した。


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の南保 正和 特任准教授、佐藤 綾人 特任准教授、キャサリン クラッデン 教授、吉村 崇 教授、大学院生命農学研究科の大川 妙子 准教授らの研究グループは、脂質異常症を改善する新規甲状腺ホルモン (TH) 注2)の誘導体 注3)ZTA-261を新たに開発しました。

 甲状腺ホルモン (TH)は、甲状腺ホルモンβ受容体(THRβ)を介して脂質代謝を促進するため、高脂血症、脂肪肝などの脂質異常症の治療薬として期待されてきましたが、同時にα受容体 (THRα) を介して骨密度の低下、心拍数の異常な亢進など重篤な副作用を起こすことが問題となっていました。

 今回研究グループは、THRβに選択的に結合するTH誘導体ZTA-261を開発することに成功しました。またZTA-261を投与することによって、高脂肪食で飼育した肥満モデルマウスの肝臓および血中脂質が低下することが分かりました。さらにZTA-261は、天然の甲状腺ホルモンT3や既存のTH誘導体GC-1と比較して、肝機能障害、心肥大、骨密度の低下などの副作用が大幅に軽減されました。

 本化合物は脂質異常症の新たな治療薬として、今後の展開が期待されます。

 本研究成果は、2024年8月6日付イギリス医学雑誌「Communications Medicine」に掲載されました。


【研究背景と結果】

 現在、世界人口の約10%が肥満または過体重に分類されています。これらは脂質代謝異常と密接な関連があり、公衆衛生上の重大な課題となっています。肥満の治療薬として、肝臓でのコレステロールの生合成を抑制するスタチンや小腸からのコレステロールの吸収を抑制するエゼチミブなどが知られているものの、すべての患者に対して有効な治療法ではありません。そこで最近注目されているのが、甲状腺ホルモン(TH)の性質を利用した治療法です。

 THは代謝を活性化するホルモンであり、その受容体にはαおよびβの2種類 (THRαおよびTHRβ)が存在します。THはTHRβを介して脂質代謝を促進しますが、過剰量のTHはTHRαを介して心臓、骨、筋肉に悪影響を及ぼすことが知られています。したがって、THRβに選択的に結合する化合物が開発できれば、脂質異常症に対する新たな治療薬となることが期待されます。

 本研究グループは、THに類似した構造を持つ新規化合物(TH誘導体)ZTA-261の開発に成功しました。ZTA-261のTH受容体への結合を調査したところ、THRβへの結合のしやすさを示す親和性 注4)はTHRαへの親和性の約100倍であることが明らかとなりました。代表的なTH誘導体であるGC-1の親和性の差が約20倍程度であったことからも、ZTA-261がTHRβに高選択的に結合することが分かります(図1)。

fig1.png

 次に、高脂肪食を与え肥満を誘導したマウスにZTA-261を投与したところ、血中および肝臓の脂質を減少させること、とくに中性脂質(トリグリセリド)注5) を減少する効果が極めて高いことが明らかとなりました(図2)。


fig2.png

 さらに、化合物の毒性を評価するため、血中のアラニンアミノトランスフェラーゼ (ALT) 注6)量を測定したところ、ZTA-261を投与したマウスと生理食塩水を投与したマウスとで、ALT量の有意な差は認められませんでした。また、THにより心拍数の異常な亢進(こうしん)が起きると心臓に負担がかかることで心肥大が起きますが、T3を投与したマウスでは生理食塩水を投与したマウスと比較して心重量が有意に増加したのに対し、ZTA-261を投与したマウスでは増加は認められませんでした (図3)。


fig3.png

 過剰量のT3は、THRαを介して骨に作用し、骨量を低下させることが知られています。本研究においても、T3の投与によって大腿骨の海綿骨部分の骨体積率 (BV/TV) 注7)や、骨梁数 (こつりょうすう, Tb. N) 注8)が低下し、骨梁間隙 (こつりょうかんげき, Tb.Sp) 注9)が増加することが明らかになりました。一方、ZTA-261はGC-1よりもさらに骨に対する副作用が小さく、ZTA-261を投与したマウスと生理食塩水を投与したマウスの間でこれらの値に有意な差は見られませんでした (図4)。


fig4.png

【成果の意義】

 今回、研究グループによって開発されたZTA-261は、THRβに対して高い選択性注10)を持つため、THRαによって引き起こされる心肥大や骨量低下といった副作用が大幅に軽減されたと考えられます。本化合物は、肥満、非アルコール性脂肪肝炎、心血管疾患などの様々な疾患の要因となる脂質異常症の治療薬として臨床応用が期待されます。


【付記】

本研究は、特別推進研究 (JP26000013:吉村崇)、基盤研究S(JP19H05643, JP24H00058:吉村崇)、基盤研究B(JP19H03178:大川妙子)、公益財団法人 中富健康科学振興財団、薬理研究会、小野医学研究財団(南保正和)の支援のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1)甲状腺ホルモン受容体β (THRβ):

核内受容体スーパーファミリーに属するタンパク質で、THが結合すると、様々な遺伝子の転写を促進する。THRβのほかに、THRαの2種類が存在する。

注2)甲状腺ホルモン (TH):

甲状腺から分泌され、主に細胞の代謝を高めるホルモン。高活性のトリヨードサイロニン (T3)、低活性のサイロキシン (T4)の2種類の分子が存在する。甲状腺ホルモン受容体を介して作用する。

注3)誘導体:

ある化合物の構造を、化学反応により部分的に変化させた化合物。

注4)親和性:

物質同士が結合する性質ないしはその程度のこと。本研究では、THRαおよびTHRβにあらかじめ結合させたT3の50%を受容体から放出させるために必要な物質の濃度(IC50)を用いて評価している。一般的に、このIC50の値が小さい化合物ほど、その受容体に対する親和性が高いと判断される。

注5)中性脂質 (トリグリセリド):

1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸が結合したもの。動物体内では脂肪細胞に蓄えられエネルギー源として利用される。過剰な中性脂質が肝臓に蓄積すると、肝機能の低下や動脈硬化、糖代謝の異常など様々な疾患を引き起こす。

注6)アラニンアミノトランスフェラーゼ (ALT):

アミノ酸代謝に関わる酵素で、肝臓に多く含まれる。肝細胞が破壊されると血中のALT濃度が上昇するため、化合物の肝毒性の指標としてもよく利用されている。

注7)骨体積率 (BV/TV):

骨の全体積に対する、骨内部のスポンジ状の構造である海綿骨の体積の割合。骨密度とよく相関する。

注8)骨梁数(こつりょうすう, Tb. N):

海綿骨における、単位長さあたりの骨梁(海綿骨を構成する網目構造)の数。

注9)骨梁間隙(こつりょうかんげき, Tb.Sp):

骨梁間の平均距離

注10)選択性:

ある分子が特定の分子とより強く結合する程度。本研究では、化合物のTHRβに対するIC50の値がTHRαに対する値より小さく、かつその差が大きいほどTHRβに対する選択性が高いと判断される。