研究ハイライト

金と白金元素を含む王冠状金属ナノ集合体の精密合成に成功 ~異種金属ナノ集合体の新機能開拓への足がかり~

【研究概要】

・金と白金元素を含む王冠状金属ナノ集合体(金属ナノクラスター)の精密合成

・含窒素ヘテロサイクリックカルベン(NHC) 注1)配位子注2)によるクラスター構造の安定化

・金属ナノクラスター形成に金ヒドリド種注3) が関与


【研究概要】

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の大井 貴史 教授、南保 正和 特任准教授、Cathleen Crudden(キャサリン クラッデン) 主任研究者/客員教授、Joseph F. DeJesus (ジョセフ F. デヘイスース)JSPS外国人特別研究員、大学院工学研究科の荒巻 吉孝 助教らの研究グループは、金と白金元素を含む王冠状金属ナノ集合体(金属ナノクラスター)の精密合成に成功しました。

 金属ナノクラスターは原子数個から数百個から成るナノサイズの集合体であり、一般的な金属材料とは異なる光学特性や触媒活性を示すことから近年注目を集めている物質群です。しかしながら、金属ナノクラスターは一般的に不安定で、容易に分解または凝集してしまうことが課題であり、異種の金属元素を含む安定な金属ナノクラスターの精密合成の報告例は非常に限られていました。

 本研究では、金-白金元素を含む王冠状の金属ナノクラスターの精密合成に成功しました。成功の鍵は金原子と強固に結合する嵩(かさ)高い含窒素ヘテロサイクリックカルベン(NHC)配位子を用いる点であり、これにより安定な金属ナノクラスターが得られました。また質量分析による反応追跡によって、金属ナノクラスターの形成には金ヒドリド種が関与していることを明らかにしました。

 今後本合成法を活用した未知の異種金属ナノ集合体の合成やその新機能開拓が期待されます。

 本研究成果は、2024年8月14日付アメリカ科学誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版に掲載されました。


【研究背景と結果】

 金属ナノクラスターは原子数個から数百個から成るナノサイズの集合体であり、一般的な金属材料にはみられない光学特性や触媒活性を示すことから近年注目を集めている物質群です(図1)。様々な大きさや形状の混合物として得られる金属ナノ粒子とは異なり、金属ナノクラスターは明確に分子式で表すことができる最大の金属化学種といえます。これまでに硫黄やリン配位子を用いることで金、銀、銅などをはじめとする多様な金属ナノクラスターの単離・構造決定がなされてきましたが、金属ナノクラスターは一般的に不安定で容易に分解または凝集してしまうことが課題でした。さらには異種の金属元素を含む安定な金属ナノクラスターの精密合成の報告例は非常に限られていました。


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図1 多様なサイズの金属種


 これまでにCathleen Crudden(キャサリン クラッデン) 主任研究者/客員教授、南保 正和 特任准教授らの研究グループは金ナノクラスターの精密合成に成功してきました。成功の鍵は嵩(かさ)高い含窒素ヘテロサイクリックカルベン(NHC)を配位子に用いる点です。NHC上の炭素原子は金属原子と強固な結合を形成することが知られており、これによって本来不安定な金属ナノクラスターの構造を安定化できることを見出しました。またNHCは分子修飾が容易であり、用いるNHC構造に応じて、ナノクラスターに含まれる金原子数や形状を制御できることを明らかにしています。例えば、メシチル基を有するNHC-金化合物からは金原子10個または25個から成る金ナノクラスターが選択的に形成することが分かりました(図2)。このNHCを用いる戦略を展開することで、これまでに合成自体不可能であった未知の金属ナノクラスターの合成が可能になると期待できます。


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図2 これまでの研究:NHC-金ナノクラスターの合成


 今回、研究グループは、NHCを用いて異種の金属元素を含む金属ナノクラスターの合成に取り組みました。金属元素として金と白金を選択し、メシチル基を有するNHC-金化合物と白金化合物共存下で水素化ホウ素ナトリウムを用いた還元反応を行ったところ、金原子8個と白金原子1個、NHC配位子を8つから成る金属ナノクラスター(Au8Pt(NHC)8)が選択的に形成していることが分かりました(図3)。得られた金属ナノクラスターの単結晶X線構造解析注4)を行ったところ、白金原子が8つ金原子で取り囲まれた対称性の高い構造をしており、金原子は王冠のような形で配置されていることが分かりました。この構造はエレクトロスプレーイオン化注5)による質量分析(ESI-MS)および核磁気共鳴スペクトル測定(NMR)によって支持されました。


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図3 本研究:金-白金を含むNHCナノクラスターの精密合成


 次に2種類の金属元素を含む金属ナノクラスターがどのように形成したかを調べるために、ESI-MSによる反応追跡を行いました(図4)。その結果、反応初期の段階で金化合物に含まれる臭素元素が水素に置き換わった金ヒドリド種が形成していることが分かりました。金属ナノクラスターの形成反応において、金ヒドリド種を直接質量分析にて観測できたのは本研究が初めての例です。時間と共に金ヒドリド種が消失し、金属ナノクラスターが形成したことから金ヒドリド種が重要な鍵中間体であることが示されました。


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図4 ESI-MSを用いた金属ナノクラスターの形成過程の追跡


【成果の意義】

 今回、金と白金を含む異種金属から成る金属ナノクラスターが効率的かつ選択的に得られたことは、NHC配位子が金属ナノクラスターの合成に極めて有効であることを示すものです。今後、本合成法を活用した異種の金属を含む未知の金属ナノクラスターの合成やその新機能開拓が期待されます。


本研究は基盤研究B(JP21H01949:Cathleen M. Crudden)の支援のもとで行われたものです。


【用語説明】

注1)カルベン:

炭素の4つの結合のうち2つが欠損した化学種。反応性が高く不安定であるが、本研究で用いる含窒素ヘテロサイクリックカルベンは比較的安定で、金属に強固に結合する配位子として活用することができる。


注2)配位子:

金属に結合(配位)する分子や陰イオン。


注3)金ヒドリド種:

金原子と水素原子との間に結合を有する化学種


注4)単結晶X線構造解析:

結晶化した化合物(単結晶)から、その化合物の三次元構造を決定する手法。


注5)エレクトロスプレーイオン化:

質量分析の際、化合物を効率的にイオン化させる手法。