植物の「内と外」を最初に作る仕組みを発見 〜細胞はかたちを少し変えることで分裂の方向を決めている〜
【本研究のポイント】
・植物の胚の最外層で働く遺伝子が壊れると、内側と外側の組織の性質が混在する胚が作られることを発見しました。
・単細胞である受精卵の第一分裂から、内外軸が作られるまでの胚発生の様子を精緻に捉えることに成功しました。
・細胞分裂の方向は、第一分裂後の細胞のかたちや核の場所をもとに決まるという数学的なルールをシミュレーション計算によって特定しました。
【概要】
植物の基本的な構造は、茎や根のような円筒型です。内側の維管束と、外側の表皮とを繋ぐ平面的な内外軸をもつことが、植物のかたち作りにとって重要です。しかし、内外軸がいつ・どのように作られ始めるのかは長年の謎でした。
東北大学の植田 美那子 教授*、広島大学の藤本 仰一 教授、熊本大学の檜垣 匠 教授、東京大学の東山 哲也 教授*らの共同研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナにおいて、胚の最外層で働くHD-ZIP IV転写因子群を壊すと、内外軸がうまく作れなくなることを見出しました。また、受精卵から胚が次第に作られていく様子を、ライブイメージングによって詳細に追跡した結果、受精卵の第一分裂の直後から、この転写因子群の働きによって細胞が少し横に伸び、核が細胞の底面に位置することや、その後に細胞が左右に分裂し、内外分裂に至ることを発見しました。さらに、細胞のかたちと核の位置によって、数学的に最も安定な場所に分裂面が作られることを突き止めました。
この研究によって、細胞のかたちや核の位置という幾何学的な情報をわずかに変化させるだけで分裂方向が決まるという、精緻な戦略が明らかになりました。この発見により、植物の体軸形成への理解が進むと期待されます。
本研究成果はCurrent Biology誌に2024年9月19日付で掲載されました。
(* は名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所においても本研究を行なっています)
【詳細な説明】
研究の背景
植物には、花や葉、根や茎など、さまざまな器官があります。それらのかたち作りの基礎となっているのは、上下・左右・前後の方向性を決める「体軸」です。多くの植物の基本的な構造は同心円状(円筒型)なので、左右と前後の区別はなく、内側の維管束と、外側の表皮とを繋ぐ平面的な「内外軸」が作られます(図A)。しかし、植物のかたち作りの初期過程である胚発生において、内外軸がいつ・どのように作られ始めるか、全く分かっていませんでした。
今回の取り組み
東北大学大学院生命科学研究科の花木 優河 大学院生(修士1年生)と植田 美那子 教授、名古屋大学大学院理学研究科の田中 小百合 大学院生(研究当時)、広島大学大学院統合生命科学研究科の松下 優貴 研究員(研究当時)、松下 勝義 特任准教授、鎌本 直也 研究員、藤本 仰一 教授、熊本大学大学院先端科学研究部の檜垣 匠 教授、東京大学大学院理学系研究科の東山 哲也 教授らの研究グループは、実験に適したモデル植物であるシロイヌナズナを使って、内外軸が作られる仕組みを探りました。
まず、胚の最外層である表皮で働く HD-ZIP IV転写因子群が壊れたhdg11/12 pdf2三重変異体では、表皮の性質をもつ細胞が胚の内部にも現れるなど、内外の違いをうまく作れなくなることを特定しました(図B)。
さらに、いつ・どのような変化を経て内外軸が作られるかを調べるために、細胞の輪郭や核に蛍光タンパク質でマーカー(目印)を付け、かたち作りの開始点である受精卵から、胚が作られる様子をリアルタイムで観察しました(ライブイメージング; 図C)。その結果、受精卵の第一分裂によって上側に作られた小さな始原細胞(注1)が、横方向(内外方向)にわずかに成長してから左右に分裂し、その後しばらくすると内外を分ける分裂が起こることを見出しました。また、始原細胞では、核が細胞の底面の近くで保持されることにも気付きました。
この細胞形状や核位置のわずかな変化が、かたち作りにどう影響するかを調べるために、シミュレーション計算を行いました(図D)。その結果、始原細胞の細胞形状や核位置といった幾何学情報をもとに、「核の中⼼を通り、かつ⾯積が最⼩になる分裂⾯」を算出すると、⾼い確率で左右分裂する⾯が選ばれました。また、hdg11/12 pdf2三重変異体では始原細胞が適切に変形できず、異常な分裂面が選ばれてしまうことも突き止めました。
これらの結果から、始原細胞が形状や核の位置をわずかに変えることが内外軸を作る決め手になるという、植物の精緻な戦略が明らかになりました。
【今後の展開】
本研究では、植物の内外軸が作られ始める詳細な動態を世界で初めてリアルタイムで観察し、その過程に必要となる転写因子群や、数学的なルールも突き止めました。受精卵から作られる胚だけでなく、植物が成長する過程で茎から分岐する枝や花などの器官も、それぞれの内外軸を独自に設定することで、適切なかたちを生み出します。そこで今後は、本研究が明らかにした「内外軸を作る仕組み」が、ほかの器官にも共通した普遍的な機構かを調べる必要があります。また、育種の際に、有益な親株同士を掛け合わせて作った雑種胚が奇形になって育たない例が多くあり、植物のかたち作りの理解は農業研究にとっても重要です。したがって、今後は本研究をさらに発展させ、HD-ZIP IV転写因子群がどのように細胞の幾何学変化を引き起こすかを解明することで、植物のかたち作りをさらに深く理解できるだけでなく、農業研究にとっても有益な基盤情報を提供できると期待されます。
図. (A)植物の体軸の模式図。(B)表皮で働く遺伝子(緑)と胚全体で働く遺伝子(ピンク)の発現を蛍光標識したシロイヌナズナの胚。野生型と、HD-ZIP IV転写因子群が壊れたhdg11/12 pdf2三重変異体を示す。(C)細胞膜を蛍光標識した野生型胚のライブイメージング像。時間は時:分を示す。(D)コンピュータシミュレーションによる分裂方向の推定。左右分裂する直前の野生型胚の細胞形状と核の位置をもとに、「核の中心を通り、かつ面積が最小になる分裂面」を計算すると、実際の分裂面と同様に左右分裂することが分かる。スケールバーは10マイクロメートル(µm)を表す。
【謝辞】
本研究は下記の支援を受けて行われました。
日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業
新学術領域「植物の周期と変調」(JP19H05670・JP19H05676・JP22H04719)
新学術領域「先端バイオイメージング支援」(JP16H06280)
基盤研究(B)(JP23H02494・JP20H03289)
国際先導研究「植物生殖の鍵分子ネットワーク」(JP22K21352)
科学技術振興機構(JST)
CREST(JPMJCR2121)
財団助成金
サントリー生命科学財団(SunRiSE)
東レ科学振興会(20-6102)
【用語説明】
注1. 始原細胞
受精卵の最初の分裂によって作られる細胞で、活発に細胞分裂を続けることで、植物体のほとんどを作るもとになります。
Information
論文タイトル | HD-ZIP IV genes are essential for embryo initial cell polarization and the radial axis formation in Arabidopsis |
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著者 | 田中 小百合、松下 優貴、花木 優河、檜垣 匠、鎌本 直也、松下 勝義、東山 哲也、藤本 仰一、植田 美那子 |
雑誌名 | Current Biology |
DOI | 10.1016/j.cub.2024.08.038 |
発行年月 | 2024年9月 |