超分子2層カーボンナノチューブの構築 〜結晶化溶媒を鍵としたベルトinリング複合体の配列制御〜
【概要】
理化学研究所(理研)開拓研究本部伊丹分子創造研究室の伊丹健一郎主任研究員(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の八木亜樹子特任准教授、名古屋大学大学院理学研究科の井本大貴博士後期課程学生らの共同研究グループは、直径の異なる2種類の短いカーボンナノチューブ分子(カーボンナノベルトとフッ素化カーボンナノリング)が、溶液中で混ぜるだけで瞬間的に結び付くことを見いだしました。また、この会合体は結晶中で一直線上に整列し、超分子2層ナノチューブを形成することを明らかにしました。
さまざまな応用が期待されている2層カーボンナノチューブの超分子版といえるこの新物質は、構造の定まった2層カーボンナノチューブの前駆体となり得るだけでなく、ユニークな超分子材料としての応用が期待されます。
本研究は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版(10月23日付)に掲載されました。
【背景】
カーボンナノチューブ(CNT:Carbon Nanotube)は、1991年に飯島澄男博士らにより初めて発見された筒状炭素物質です。その中でも同軸の2層のナノチューブから構成されている2層CNTは単層CNTよりも熱的・化学的に安定で、多層CNTよりも柔軟であることが知られています。アームチェア型CNTの断片として、リング構造を持つシクロパラフェニレン(CPP:Cycloparaphenylene)やベルト状構造を持つカーボンナノベルト(CNB:Carbon Nanobelt)などの炭素原子から成るベルト状分子(ナノベルト)[1]やナノリング[1]の分子群が合成されています。これらのCNT断片のホスト-ゲスト複合体[2]は、最小の2層CNTと見なすことができるため、近年、このような複合体の合成と物性評価も盛んに行われています。これら複合体を一直線上に配列させたナノチューブ(超分子2層CNT)は2層CNTを構成する全ての炭素原子を有するため、2層CNTのボトムアップ合成のための潜在的なプラットフォームとして機能する点も大きな期待を集めています。
伊丹主任研究員らは、独自に開発した環状分子である「ペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)」注1)および「(6,6)カーボンナノベルト((6,6)CNB)」注2)に着目し、そのホスト-ゲスト複合体の合成および結晶化条件を徹底的に検討し、超分子2層CNTの構築に挑みました。
注1)"Perfluorocycloparaphenylenes" Hiroki Shudo, Motonobu Kuwayama, Masafumi Shimasaki, Taishi Nishihara, Youhei Takeda, Nobuhiko Mitoma, Takuya Kuwabara, Akiko Yagi, Yasutomo Segawa, Kenichiro Itami, Nature Commun. 2022, 13, 3713.
注2)"Synthesis of a carbon nanobelt" Guillaume Povie, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Yuhei Miyauchi, Kenichiro Itami, Science 2017, 356, 172-175.
【研究手法と成果】
超分子2層CNTを構築するためには、ホスト-ゲスト間の結び付きを強固にし、さらにその複合体の配列を制御する必要があります。そこで今回、ゲスト分子とホスト分子の間に電気的な相互作用を働かせ、ホスト-ゲスト間の結び付きを強くする方法を考案しました。ゲスト分子としては比較的電子豊富で剛直な筒状分子である(6,6)CNBを、ホスト分子としては電子不足で、さまざまな環サイズを一挙に合成することができるフッ素化CPPであるペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)を用いることにしました。
種々の検討を行った結果、ベンゼン環12枚から成るPFCPPであるPF[12]CPPが(6,6)CNBと最も強く複合体を形成すること(PF[12]CPP⊃(6,6)CNB)が分かりました(図1A)。複合体の構造はX線結晶構造解析[3]によって確認し、PF[12]CPP中に(6,6)CNBが位置する二重丸(◎)のような構造(「ベルト in リング」複合体)を取ることを明らかにしました(図1B)。またこの複合体形成は瞬間的に起こり、しかも従来の100倍以上という強い会合定数[4]を有することが分かりました。続いて複合体の安定性を検証した結果、単体の(6,6)CNBに比べて熱安定性や化学的分解反応に対する耐久性などが向上していることも明らかにしました(図1C)。
(A)PF[12]CPP⊃(6,6)CNB(ベルトinリング複合体)の合成スキーム。室温、空気中でそれぞれを混合したところ即座に複合体が形成された。
(B)X線構造解析で明らかにしたPF[12]CPP⊃(6,6)CNBの分子構造。(6,6)CNBがPF[12]CPPの中心に位置することで"◎(二重丸)"のような構造を取っている。
(C)(6,6)CNB、PF[12]CPP、および複合体の熱安定性試験。複合体ではそれぞれの単体に比べて分解が始まる温度が上がっており、熱安定性の向上が示唆される。
合成した複合体を結晶中で配列させて超分子2層CNTを構築するためには、複合体同士をつなぐように内部空間を埋める「接着剤」として働く分子が必要です。そこで長い鎖状の分子を用いることで、二つ以上の複合体を貫くようにしてつなぎ合わせ、超分子2層CNTを構築できると考えました。初めに長さの異なる2種類の直鎖状分子を溶媒として用いて結晶化を行ったところ、複合体から溶媒分子が飛び出してしまい、それぞれの複合体がぶつからないようにずれながら積層するような構造を有することが分かりました(図2A)。そこでサイズの小さな溶媒を用いれば複合体から溶媒分子が飛び出すことなく内部空間を埋めることができるため、複合体同士を一直線上に配列させられると考えました。実際にサイズの小さなクロロホルムを溶媒として用いて結晶化を行うことでクロロホルムが二つの複合体をつなぐ接着剤の役割を果たし、複合体が一直線上に配列した超分子2層CNTの構築を達成しました(図2B)。
(A)直鎖アルキルを用いた際の結晶構造。複合体から飛び出したアルキル鎖がチューブ上パッキングを阻害している。
(B)クロロホルムを用いた際の結晶構造。クロロホルムが複合体同士をつなぐ接着剤として働き、チューブ状に配列させることで超分子2層CNTを構築できた。
【今後の期待】
本研究で、破格の会合定数を持つベルトinリング型の複合体を合成しました。また、複合体形成に伴う(6,6)CNBの安定性向上を明らかにするとともに結晶化条件を慎重に検討することにより世界で初めて超分子2層CNTの構築を達成しました。この超分子2層CNTの構築には複合体同士をつなぐ接着剤分子が鍵であることをX線結晶構造解析から解き明かし、超分子ナノチューブ形成に新たな知見を与えました。
また、今回合成した超分子2層CNTは構造が明確に定まった2層CNTを構成する全ての炭素原子を含んでいます。そのため、高い構造均一性と構造回復力を持つ超分子材料としての応用のみならず、2層CNT合成の足掛かりにもなると期待されます。
【用語説明】
[1] 炭素原子から成るベルト状分子(ナノベルト)、ナノリング
ナノベルトはベンゼンなどの芳香環が縮環構造を形成しながら筒状に連結された分子群の総称。対して、ナノリングは芳香環同士が一つの単結合を介して環状に連結された分子群を指す。
[2] ホスト-ゲスト複合体
種々の分子間相互作用によって、大きな分子(ホスト)が小さな分子(ゲスト)を捕捉する反応によって生じる複合体のこと。
[3] X線結晶構造解析
単結晶中では分子が規則正しく配列しているためX線を照射することで回折像を得ることができる。X線結晶構造解析は、この回折データから結晶中の原子の配置や分子構造を決定する解析手法である。
[4] 会合定数
ホスト-ゲスト複合体の形成しやすさ、結び付きの強さを表す数値であり、大きいほど複合体を形成しやすい。
【共同研究グループ】
理化学研究所 開拓研究本部 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹健一郎 (イタミ・ケンイチロウ)
(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)
研究員 天池一真 (アマイケ・カズマ)
名古屋大学
トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)
特任准教授 八木亜樹子 (ヤギ・アキコ)
大学院 理学研究科
博士後期課程学生 井本大貴 (イモト・ダイキ)
博士後期課程学生(研究当時)周戸大季 (シュウド・ヒロキ)
(現 琉球大学 日本学術振興会(JSPS)特別研究員)
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「未踏分子ナノカーボンの創製(研究代表者:伊丹健一郎)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究(研究代表者:山口茂弘、研究分担者:八木亜樹子)」、住友財団(研究代表者:八木亜樹子)による助成を受けて行われました。
Information
論文タイトル | A Double-walled Noncovalent Carbon Nanotube by Columnar Packing of Nanotube Fragments |
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著者 | Daiki Imoto, Hiroki Shudo, Akiko Yagi, Kenichiro Itami |
雑誌名 | Angewandte Chemie International Edition |
DOI | 10.1002/anie.202413828 |
発行年月 | 2024年10月 |