研究ハイライト

『主鎖むき出し』の芳香族ポリマーの合成に成功 ~長年の難溶性問題を解決~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎 教授、八木 亜樹子 特任准教授、藤木 秀成 博士後期課程学生らは、新材料の創製に寄与しうるポリマー主鎖注1)が修飾基で置換されていない「主鎖がむき出し」の芳香族ポリマーの合成に成功しました。

 ポリチオフェンやポリパラフェニレンなどの芳香族ポリマーは、様々な有機電子材料として活用されている機能性高分子です。それらは有機溶媒に対する溶解性が極めて低いため、一般的に長鎖アルキル基やアルコキシ基などの修飾基が多数導入された状態で合成されます。修飾基は分子の機能発現に重要な役割を担う一方で、望まない物性変化をもたらすこともあり、修飾基をもたない芳香族ポリマーを合成する一般的手法の開発が求められていました。また、そのような芳香族ポリマーの有する性質や応用にも興味がもたれていました。

 本研究では、デンドリマーという樹状分子を担体として用い、デンドリマー中心部を起点に触媒移動型連鎖重合注2)を行うことで、様々な難溶性芳香族ポリマーを合成しました。本手法では、巨大なデンドリマーが芳香族ポリマーの近接と凝集を阻害することで、溶液中での合成や性質評価が可能になったと考えられます。また、デンドリマーからポリマー鎖を切断し無機材料や生体材料へとポリマー鎖を繋ぎ換えることで、新たなハイブリッド物質を創製することにも成功しました。これにより、芳香族ポリマーの化学を進展させ、新材料の創製につながると期待されます。

 本研究成果は、2022年9月16日付イギリス科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版に掲載されました。


【ポイント】

・主鎖がむき出しとなった芳香族ポリマー注3)を溶液中で合成する方法論を開発。

・独自で設計したデンドリマー注4)を担体注5)に用い、様々な難溶性芳香族ポリマーを合成。

・溶液中での性質解明を行い、無機材料や生体材料とのハイブリッドを創製した。


【研究背景】

 ポリチオフェンやポリパラフェニレンなどの芳香族ポリマーは、有機電子材料として活用されている機能性高分子です(図1)。それらの性質は分子構造に大きく依存するため、精密合成法の開発が長く取り組まれてきました。一方でそれらは、多数の芳香環からなる巨大構造をとるため分子間での相互作用が強く働き、溶液中において凝集しやすく溶けにくいという性質があります。その性質により、精密合成や応用展開、ポリマー主鎖が本来有する性質の評価が阻まれていました。難溶性芳香族ポリマーは、一般的にはポリマー主鎖に対してアルキル基やアルコキシ基などの修飾基を多数導入することで合成されます。修飾基はポリマー鎖の溶解性を向上させ機能を付与させる効果もある一方で、合成を多段階化させることや望まない物性変化をもたらすことがあり、問題とされています。そのため、多数の修飾基の導入を必要としない合成法の開発が長年求められていました。また、修飾基をもたない芳香族ポリマーを溶液中で合成できれば、それらの未だ知られていない性質を調査できるほか、多様な応用展開を実施できると期待されます。


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図1:代表的な芳香族ポリマーであるポリパラフェニレンおよびポリチオフェンの構造(左)。 主鎖に多数の修飾基が導入された可溶性の芳香族ポリマー(右)。


研究の内容

 研究グループは、従来では困難であった「主鎖がむき出し」の芳香族ポリマーの合成に成功しました。また、合成したポリマーの溶液中での性質を調査したほか、無機材料や生体材料に結合させることで新たなハイブリッド物質を創りました。本研究の合成法は、難溶性であっても溶液中での挙動調査や分子変換が可能になることから、芳香族ポリマーのもつ難溶性問題の解決の一つとなり、芳香族ポリマーの化学を進展させる画期的な成果であると言えます。

 難溶性の芳香族ポリマーを溶液中で取り扱うためには、それらの凝集を防ぐ仕掛けが必要になります。そこで、樹状分子であるデンドリマーに着目しました。デンドリマーは巨大な三次元構造をもち、多様な分野で長く活用されてきた歴史をもつ分子です。その分子の構成要素を選んで合成することで、様々な機能を付与することができます。研究グループは、デンドリマーのコアと呼ばれる部分で目的の芳香族ポリマーを合成することができれば、デンドリマー骨格が「傘」のように振る舞うことで芳香族ポリマー間の距離を離し、その凝集を防ぐことができるのではないかと考えました(図2)。

 そこで、過去の合成法を参考に、独自に分子設計を行ったデンドリマーを合成し、そのコア部分において触媒移動型連鎖重合を行うことで、芳香族ポリマーの合成を行いました(図3)。その結果、芳香環が約17個連結したポリチオフェンや、ポリパラフェニレン、ポリフルオレンやブロック共重合体など、様々な芳香族ポリマーを合成することができました。また、得られたデンドリマーを保持した芳香族ポリマーが汎用的な有機溶媒に溶ける性質を活かし、吸収蛍光の特性を調べました。その結果、主鎖骨格が本来有する電子的性質が反映された性質がスペクトルとして確認され、これは主鎖に多数の修飾基をもたないためであると考えられます。デンドリマーを切り離すことのできる設計にしたため、芳香族ポリマーを合成したのちにデンドリマーを切り離すことで難溶性芳香族ポリマーそのものを得ることもできました(図4)。さらに、デンドリマーを保持した芳香族ポリマーをアミノシリカゲルと反応させることで、芳香族ポリマーが連結されたシリカゲルを合成したほか、ヒト血清アルブミン(HAS)と反応させることで芳香族ポリマーとHSAのハイブリッドタンパクを合成しました(図5)。このことから、デンドリマーを保持した芳香族ポリマーは、無修飾の芳香族ポリマーを導入するための「試薬」としても活用可能であると言えます。


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図2:本研究のコンセプト。デンドリマーという巨大分子を担体に用いて、その上で難溶性分子の合成を行う。



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図3:本研究で用いるデンドリマーの構造と設計指針(上)。デンドリマー上での重合反応によって、可溶性かつ主鎖がむき出しのポリチオフェンを得ることに成功(下)。また、ポリチオフェン以外の芳香族ポリマーも合成し、手法の一般性を証明した。



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図4:合成した芳香族ポリマー部位のデンドリマー担体からの切り離し。反応前は有機溶媒に可溶な赤色固体であるが、反応後には種々の有機溶媒に不溶な赤色固体が得られる。



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図5:主鎖むき出しのポリチオフェン(左)と反応してできた芳香族ポリマーが連結されたシリカゲル(右上)、芳香族ポリマーとHSAのハイブリッドタンパク(右下)。


今後の展開

 本研究は、デンドリマーを担体に用いることで、主鎖がむき出しの難溶性骨格であっても合成、性質評価、他の物質とのハイブリッド化を行うことができることを示し、難溶性分子の化学に新たな道を拓きました。また、本研究で創製したハイブリッド物質はこれまでにない新材料であり、芳香族ポリマーの多様な領域における活用を導くと期待されます。今後は、開発した方法論を活かしてさらに多様な分子合成を実現することや、そのハイブリッド物質を用いた新たな学理の確立が求められます。


【付記】

本成果は、以下の事業・共同利用研究施設による支援を受けて行われました。


日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(JP19H05463)

研究プロジェクト:「未踏分子ナノカーボンの創製」

研究代表者:伊丹 健一郎

研究期間:2019年4月~2022年3月


日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(JP19K15537)

研究プロジェクト:「固相合成法による難溶性ナノカーボンの合成」

研究代表者:八木 亜樹子

研究期間:2019年4月~2022年3月


日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(JP22K14677)

研究プロジェクト:「難溶機能性高分子の合成および異種材料とのハイブリッド化」

研究代表者:八木 亜樹子

研究期間:2022年4月~2024年3月


戦略的創造研究推進事業(CREST)(JPMJCR19R1)

研究プロジェクト:「レドックスメカノケミストリーによる固体有機合成化学」

研究総括:伊藤 肇

主たる共同研究者:八木 亜樹子

研究期間:2022年4月~2024年3月


【用語説明】

注1)ポリマー主鎖:

 ポリマーにおける最も長い一本鎖のことを指す。一方で、主鎖から分岐した部位は側鎖と呼ばれる。

 

注2)触媒移動型連鎖重合:

 芳香族ポリマーの合成に用いられる反応の一種。パラジウムなどの遷移金属触媒を用いて芳香環同士を繋げるカップリング反応が連続的に起こる。

 

注3) 芳香族ポリマー:

 ベンゼン環などの芳香環が連続して繋がった構造の高分子の総称。ベンゼン環が一直線に繋がったものは「ポリパラフェニレン」、チオフェン環からなるものは「ポリチオフェン」と呼ばれる芳香族ポリマーである。

 

注4)デンドリマー:

 規則的な分岐をもつ樹上構造分子の総称。

 

注5)担体:

 他の物質を固定する土台となる物質のこと。