3種類以上の化合物を一挙に連結させる新反応 ~伝統的な反応剤に新しい価値、新薬候補品の探索加速へ~
【研究概要】
・3種類以上の化合物を一挙に狙ったとおり連結させる新反応を開発。
・合成化学で70年以上研究・汎用されてきた分子の新しい価値を創出。
・青色発光ダイオードと分子触媒を組み合わせた技術を活用。
・1工程で構造多様性・極性官能基に富む化合物を合成可能。
・新薬候補化合物の探索研究の効率化に貢献。
【研究概要】
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・大学院工学研究科の大井 貴史 教授、大松 亨介 特任准教授(現 慶應義塾大学理工学部 教授)、鈴木 隆平 博士、安藤 大雅 博士後期課程学生、Deufel Fritz(ドゥフェル フリッツ)研究留学生らの研究グループは、合成化学で70年以上に渡り汎用されてきたリンイリド注1)と呼ばれる反応剤を用いて、3種類以上の化合物を1つのフラスコ内で一挙に連結させる新しい化学反応を実現しました。
本研究の鍵は、ラジカルイオン注2)と呼ばれる化学種の性質を活かして、リンイリドの最も反応しやすい結合よりも先に、本来は反応しない炭素-水素結合を炭素-炭素結合に置き換えることに成功した点です。さらに、本来反応しやすい結合も活かすことで3つの分子を連結させる環化反応や、4つの分子の連結反応を実現しました。今回開発した反応を利用することで、多様なケミカルライブラリーを迅速に提供できることから、新薬候補化合物の探索の飛躍的な効率化が期待されます。
本研究成果は、2024年7月15日付英国科学雑誌「Nature Synthesis」電子版に掲載されました。
【研究背景と結果】
通常の化学反応では、2種類の化合物を反応させて新しい化合物を生成させます。医薬品のような複雑な化合物の合成を目指す場合には、2種類の化合物の反応を何度も行うのが一般的です。化合物Aと化合物Bを反応させてABを合成し、次の反応でABと化合物Cを反応させてABCを得るといった手順です。1つ1つの化学反応を行う際には多くのコスト・時間が必要であり、反応を行う度に多くの廃棄物も生じます。そのため、AとBとCを一挙に反応させて1工程でABCを合成するような技術開発が重要ですが、実際に3種類以上の化合物を一挙に反応させると、ABCのほかにAB, BC, AC, さらにはACBのような副生成物が生じる問題が起こります。化学反応の基質を2つから3つに増やすことは、効率化のメリット以上に、望みの化合物だけを生成させる化学選択性の制御が非常に困難になるというデメリットの方が大きくなります。
この問題に対して、研究グループは、特定の原子団と反応する性質をもつ分子と、光エネルギーを利用して電子を1つだけ出し入れできる触媒を組み合わせる戦略を考案しました。反応基質となる分子から電子を取り出して生成するラジカルイオンの性質と、電子を戻した際の性質の違いを活かすことで、3種類以上の化合物を化学選択的に連結させることができると考えました。反応基質としては、リンイリドと呼ばれる分子を利用しました。
リンイリドは、プラスの電荷をもつリン原子(P)とマイナスの電荷をもつ炭素原子(C)を隣り合う位置にもつ分子の総称です。リンイリドと、C=O配列(Oは酸素原子)をもつカルボニル化合物注3)を混合すると、C=C配列をもつアルケンが生成することが知られています(図1)。この化学反応は1953年に報告されたものであり、発見者である故ゲオルグ・ウィッティヒ先生の名を冠ウィッティヒ反応と呼ばれています。1979年のノーベル化学賞授賞対象研究でもあり、有機化学の教科書に必ず登場する反応です。アルケンが合成化学において非常に有用な分子ユニットであることに加えて、リンイリドが優れた化学選択性でカルボニル化合物と反応することから、ウィッティヒ反応は天然物や医薬品の合成に幅広く利用されてきました。
リンイリドのマイナス電荷をもつ炭素は電子豊富な性質をもち、カルボニル化合物の電子不足な炭素と選択的に結合をつくります。一方、リンイリドから電子を1つ取り出してラジカルカチオン(用語解説の注2)参照)に変換すると、もともと電子豊富であった炭素が電子不足になり、電子豊富な化合物と選択的に結合をつくるようになります。しかも、ラジカルカチオンと電子豊富な化合物との結合形成の後には、リンイリドのC-P結合が反応せずそのまま残ることになります。そのため、C-P結合とカルボニル化合物との反応を連続的に進行させることができれば、リンイリド・電子豊富な化合物・カルボニル化合物との3成分連結反応が化学選択的に進行すると考えられました(図2)。
研究グループは、光レドックス触媒反応注4)と呼ばれる光エネルギーを化学反応のエネルギーへと変換する技術を用いることで、リンイリドと複数の化合物を狙ったとおりに連結させる新反応を開発することに成功しました。研究グループは、青色LEDの照射下、低温で適切な光レドックス触媒を作用させると、リンイリドから電子が1つ取り出されて生成するラジカルカチオンが電子豊富なアルケンと結合をつくることを発見しました。さらに3成分目の基質としてC=C−C=O配列をもつカルボニル化合物を反応させることで、3つの化合物から一挙に複雑な環状化合物をつくり出すことに成功しました(図3上)。また、基質の組み合わせを変えることで4種類の化合物を狙ったとおりに連結させる反応も実現しました(図3下)。
【成果の意義】
今回、研究グループは70年以上研究がなされてきたリンイリドの反応性をアップグレードし、3つ以上の化合物を一挙に、しかも狙ったとおりに連結させて複雑な分子を簡便につくり出す新しい反応を実現しました。研究グループが開発した手法を活用し、多数の化合物からなるケミカルライブラリーを迅速に提供できることから、今後新薬候補品の探索研究の大幅な加速につながると期待されます。
本研究は、文部科学省学術変革領域研究(A)「炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学」(JP23H04901およびJP23H04907)の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注1)リンイリド:
プラスの電荷をもつリン原子とマイナスの電荷をもつ炭素原子が隣り合った構造をもつ化合物の総称。
注2)ラジカルイオン・ラジカルカチオン:
通常、分子を構成する電子は2つずつ対になって存在しているが(この状態が安定、全体として偶数の電子)、特定の条件下では不対電子(1つの電子、全体として奇数の電子)で存在する場合がある。この状態にあるイオン性の分子をラジカルイオンと呼び、プラスの電荷をもつラジカルイオンをラジカルカチオンと呼ぶ。
注3)カルボニル化合物:
炭素原子(C)、酸素原子(O)がC=Oと配列する部位をカルボニル基と呼び、カルボニル基をもつ分子をカルボニル化合物と呼ぶ。
注4)光レドックス触媒反応:
光エネルギーを吸収して反応基質との電子の授受が可能になる触媒(光レドックス触媒)により促進される反応。近年では、可視光を光エネルギー源としたクリーンな反応が主流。
Information
論文タイトル | Photocatalytic carbyne reactivity of phosphorus ylides for three-component formal cycloaddition reactions |
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著者 | 鈴木 隆平、安藤 大雅、Deufel Fritz、大松 亨介、大井 貴史 |
雑誌名 | Nature Synthesis |
DOI | 10.1038/s44160-024-00612-7 |
発行年月 | 2024年7月 |